第六十一話
[第六十一話]
なんだ、今のは。
なにか大きな口を持った魚に飲み込まれたのか、俺は?
「……」
俺はふと、思い出したかのように自らの足を見る。
死に戻りしたから当然、今は棘が刺さっていない。
だが、あの生々しい感触は忘れられない。いや感触というか、感触が消え失せた感触というか。
説明しづらいな。つまり、急に体の自由が利かなくなる感覚ってことだ。
「もう二度と味わいたくないな……」
海の魔物はチェックしていなかったから、やつの名前は分からない。ログアウトしたら公式WEBサイト、『魔物図鑑』で確認しておこう。
なんて思っていたら、死に戻り先の東門の主(?)、ミューンさんが正体を教えてくれた。
「わけが分からないといった顔をしているね!もしかして海に入ったのかい!?あそこで素潜りはやめた方がいいよ!ココデダルマオコゼを踏んづけるか、ココデミズダコに引きずり込まれるからね!」
ココデダルマオコゼ!聞くからに物騒な名前だ。
多分、ダルマオコゼがモチーフ元の生き物だよな。現実世界に戻ったら要確認だな。
ココデミズダコというのも気になる。初めて聞く名前だが、おそらくタコだろうというのはわかる。
この二つは後で調べてみよう。
納得したところでミューンさんにお礼を言い、東門を後にする。
時刻は十七時半。まだまだ時間はある。死に戻りしてアイテムは減ってしまったが、工房で調薬しようか。
そう思いながら歩き、工房に着く。
扉を開けると、予期せぬ人物が二人いた。
「トール。これはどういうこと?」
「ごめんなさいですわ、トール……。お姉さまにばれてしまいましたの」
シズクさんとローズの二人だった。
なぜか”知識の悪魔”が器用に触手を折りたたんで正座(?)させられている。
なにがあったんだ。
「ほらローズ、テイムしていいから」
「あの、お姉さま。わたくしが魔物をテイムできるのは、わたくし自身がその魔物を瀕死まで追い込んだときだけですわ」
「そうだった。じゃあこんなに痛めつけなくてよかった。ごめん、”知識の悪魔”」
「今さら謝るのかシズクよ……。私はお前が怖いわ。魔界代から生きる私を、赤子の手をひねるように追い込みやがって」
”知識の悪魔”より強いのか、シズクさんって。いったいなんレベルあるんだ。
「乙女の秘密(はあと)」
さ、さいですか。思考を読まれるのはいつものこととして、そのかわい子ぶった仕草はなんですか。
「……かわい子ぶったとは、どういうこと?」
まずい。ポーカーフェイスをするのを忘れていた。
「トール、契約で私の居場所をばらさないといったはずだが?」
「それは知らん。ローズには工房の存在を教えただけだし、シズクさんにはローズ伝手でばれただけだ」
”知識の悪魔”の詰問には強気に答える。
よし、この問答のどさくさに紛れて……。
「どういうこと?」
ダメでした。
俺は、無表情のまま近づいてくるシズクさんに対しての言い訳を必死に考えるのであった。
※※※
結局、お小言のついでにシズクさんにアラニアを目指す旅のことを話してしまった。
「とにかく、トールはなにをしでかすか分からない。土曜日の旅には私も同行する」
「旅?どこか行くのか?そこには本があるのか!?」
「黙ってろ」「真剣な話をしてるから、静かにしてて」
急に声のトーンが上がった”知識の悪魔”に対して、俺とシズクさんが冷たく言い放つ。
彼(?)はふてくされて隅っこで本を読み始めてしまった。
「アラニアには行ったことがあるから、道案内ができる。監視もできて、我ながら理想的で合理的な判断」
シズクさんは訳知り顔で、一丁前にふんぞり返っている。
目的地に一度行ったことがある人が案内するっていうのは普通の考えなんじゃ……、とはとても言えない。
「ああ、その旅について言っておきたいことがあるんだが……」
「なんですの?」
「読書部の同僚で四組の子を同行させてもいいか?生産職で、新天地に行きたいらしい」
俺はローズに向き合って、かしこまった様子で言う。
メールで伝えてもよかったんだが、対面したならこの機会に聞いておかないとな。
「もちろん。トールのお友達なら、何人でもよろしくてよ」
「何人でも?ライズやフクキチも、何人追加しても了承してくれると思うか?」
「ト、トール?顔に悪い笑みが張りついていましてよ……」
「完全に、悪だくみしている顔」
まずい。二人に見透かされている。
俺は黒い笑顔を揉み解してポーカーフェイスを作る。
「実は、さっき言った四組の子以外に、今日知り合ったユーヤっていう読書部の同僚とその友達のステムとブルームも一緒にどうかと思ったんだが…」
あの三人には、恩を売れるときに売り尽くしておきたい。
旅は道連れ世は情けという言葉があるし、航海で旅をともにするなら、アラニアへの旅で一緒に冒険しても楽しいだろう。
「じゃあ、私たち四人とお姉さま、生産職の子とその三人で、九人の大所帯というわけですの?」
「そうなるな。皆が賛成してくれるなら」
「私は大賛成ですわ!ちょっとした大人数プレイになって面白そうですわ!」
「私も賛成。全員とフレンドになれるし」
あっ、もしかして(シズクさんフレンド少ない?)。
「もしかして、なに?」
あ、また読まれた。
「い、いや、その……」
再び訪れた人生の危機を前に、俺はまともな言葉を発することができないのであった。
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