第六十話

[第六十話]


「えっと……どういうことだ?」


 突然投げかけられた意味不明な問いに、クエスチョンマークが浮かんでいる。


「つまりだな……、えーとなんだっけ、ブルーム」


 意見がまとまっていないのか、ユーヤが応答不能になっている。


 結論しか言わないステムといい、まさかブルームが一番まともなのか……?


「ふたりともっ、せっかくお願いするのにそんな調子じゃダメですっ!……ごめんなさいですっ、トール。お二人が失礼したですっ」


「い、いや別にいいが。こんなところじゃなんだし、安全な松林の中で話さないか?」


「賛成ですっ」


 リーダー(と俺の心の中で決まった)の了解が得られたので、さっさと移動する。ココデヤドカリにどつかれてしまうのはめんどくさい。


「それで、海に出てくれとはどういうことだ?」


「率直に言うと、戦力の青田買いですっ。今私たちは船を買うためのお金を貯めていて、もう少しで最低グレードの魔導帆船に手が届きそうなんですっ。さっきのは私たちが船を買ったら、戦力として同乗してくれませんか、っていうお誘いですっ!」


 魔導帆船とは、魔力を原動力として自動で操縦してくれる帆船のことだ。一般的な帆船の運用に必要な人員が要らなくて済むが、定期的に魔力を供給しなければならないという制約がある。


 あと、人員が少なくて済むからと言って数人で海に出られるかというと、そんなこともない。ココデオオシャチのような獰猛な魔物が海にはうじゃうじゃいるので、きちんと戦える人が必要だ。


 俺はその、戦える人に適任だと言われたってことでいいんだよな。


「なるほど、俺としては嬉しい誘いだが、いささか俺に都合のいい話じゃないか?そもそも、普段から組んでるパーティなら海でも余裕だろ?」


「オオシャチを一撃で倒せる水魔法使いなんて、見たことも聞いたこともないですっ!それにもし同行してくれるなら、トールさんには戦闘だけでなく魔力の供給も手伝ってほしいので、条件としてはイーブンだと思ってほしいですっ」


 なるほどなるほど。


「魔力を供給してたまに戦闘するだけで済むなら魅力的だが。……それで、あといくらなんだ」


「はい?ですっ」


「あといくらで帆船が買えそうなんだ」


「えっと、十万タメルほどですっ。けど、トールさんにそこまでしてもらうつもりは……」


 よかった。ちょうどそれくらいある。


「十万ならあるぞ。今取ってくるからここで待っててくれ」


「えっ!?ですっ」


 借金持ちの俺が言うのもなんだが、それくらいの額なら容易い。


 呆けているブルームと、話の展開についていけてないユーヤとステムを置いて、俺は工房を目指して全速力で走るのだった。



 ※※※



 はい。途中の魔物は全部スルーして、ココデ海岸と工房を往復してきた。


 俺はどこらへんだったかなと周囲を探していると、ポカンと口を開けたままのブルームを発見した。


「おーい」


 彼女の目の前に手をかざし、左右に振ってみる。


「……はっ!ですっ。あれ、トールさん、もう帰ってきたんですっ?さっき出ていったような気がしたんですけど……」


 このザマってことは、三十分くらいぼーっとしてたのか。比較的安全な場所とはいえ、魔物に襲われてたらどうするんだよ。


「とにかく、これ。十万タメル。これで足りるだろ」


 俺は軽い調子で言い、十万タメルをドロップする。


 借金は400万タメルに戻ってしまったが、十万タメルで夢とロマンを買えると思えば安いもんだ。


「ううっ……、ぐすっ………うわーんっ!」


 ブルームはタメルを受け取ると、泣き出してしまった。


「ど、どうしたんだ!?」


「だって、ぐじゅ……、トールもタメル集めるの大変だったですっ!それをぽんっとくれるなんて、……ぐすっお人好しが過ぎるですっ!」


「この十万タメルか?全然苦労してないから気にしなくていいぞ」


「え?そうなんですっ?」


「ああ、そうだ」


 俺がそっけなく返すと、彼女は……。


「あーん!泣いて損したですっ!女の涙は高くないんですっ!!」


 と今度は怒り始めた。


 ブルームももしかして、まともじゃないのか?


 まあ、つんけんされるよりかは受け答えしていて楽しいが……。


「私は別にどっちでもいいんだけど。今の戦いぶりを見られたら魅力的っていうか、いやトールが魅力的ってことじゃなくて……、はっ!」


 ブルームの百面相を楽しんでいると、ようやくステムが自分の世界から帰ってきた。


「ブルームはこうなるとコントロール不能になるのよ。ここからは私が担当するわ」


 ”担当”がころころ変わるって窓口の手続きみたいだなと思いつつ、今度はステムの譲歩と平謝りを取り合わなければならなかったのだった。



 ※※※



「そ、そこまで言うならもらっちゃうわね。返してって後から言っても遅いわよ」


「請求するですっ!ざっとこれくらいですっ!……」


「十万タメル?これは俺たちが稼いだのか?今?俺たちが?……」


 なぜか悪役の捨て台詞のようなものを残し、ステムは癇癪を起こしているブルームと、未だ状況についていけていないユーヤとともに王都の方へ帰っていった。


 で、えーと、なにをしてたんだっけ。


 そうだ、シャチ狩りだ。


 といっても生態系の面もあるし、どんな魔物も狩り過ぎてはいけない。もうやめようと思ってたから、帰るか?


 時刻は十七時。もう少し時間はあるが、さてどうしようか。


「……」


 ふと、気になったことがある。俺はシャチを倒せるくらい強いのだから、海の中をダイビングしてみるのはどうだろうか?


 このゲームには酸欠の概念があるが、少しくらいなら大丈夫だろう。


「いち、に、さん、し……」


 俺は砂浜に出ると、準備運動をし始める。両腕を大きく広げる運動から、最後は深呼吸まで。


 俗に言うラジオ体操を終えた俺は海に足を着けた。


 冷たい、まとわりつく水の感触が伝わってくる。


「動きづらさはそんなにないな」


 海の中は遠浅のようで、腰まで浸かる深さまで行くのに結構岸から離れてしまった。


 帰りのことも考えて、体力管理もしないとな。


「『アクア・ランス』」


 スオオオッと襲い来るシャチを魔法で返り討ちにしながら、そんなことを考える。


 そう、考えごとをしていたからいけなかったのだろうか。


サクッ


 なにかを踏んでしまった。


 瞬間、右足が痺れる。


「なんだっ!?」


 なにが起きたか分からないまま、右足首から下の感覚が消失する。


 俺は足首を押さえて蹲る。


 頭が水に浸かり、視界が海水で歪む。


 そんな中、最後に見えたのは……。


「ごばばばああぶっ……」


 大きく開かれた口が作り出す、真っ黒な闇だった。

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