第五十九話
[第五十九話]
学校からの帰り道、歩きながら要さんから聞くところによると、要さんは[AnotherWorld]で服飾装備を作る生産職をしているらしい。
しかし、王都周辺の素材だと服飾に使えそうなのがアヤカシ湿原のイッタンモメンだけなので、新しい素材のある新天地を目指したいとか。
「なるほどね。そういうことなら俺はもちろん、皆だって歓迎すると思う」
「やったあ、ありがとうございます!」
俺が大丈夫だろうということを伝えると、要さんが顔を綻ばせる(その笑顔が見られて、俺は幸せです)。
「三人には俺から言っておくから。念のため聞くけど、土曜日の夜は空いてるか?」
「大丈夫です。本当にありがとうございます」
それほど大したことを話していないのに、あっという間に着いてしまった。
丁寧にお礼を言ってくれた要さんと別れて、俺は寮のエレベータに乗るのだった。
※※※
時刻は十六時。
課題は夜にやるとして、今日も[AnotherWorld]にログインしよう。
「なんだ、もう立ち直ったのか」
「……」
なにか言ってくる”知識の悪魔”を無視し、俺は工房を出る。
さて、今日はココデアサリの砂抜きをするために、海水を取ってこよう。それから調薬の続きだ。
「こんにちは」
東門に着いたら騎士さんと二言三言話し(今日はミューンさんじゃなかった)、フィールドに出る前の検問を済ませて平原東部に出る。
そのまま、ココデ海岸へ直行だ。
「おお……」
海岸に着くと、早い時間のためか、何人かの冒険者が狩りをしていた。
見たところ、打属性のハンマーを使う槌使いや魔法使いっぽい人が多いな。ココデヤドカリの弱点だから当然か。
そんなことを考えながら、俺は海水を採取するために波打ち際へと進む。
ただなぜか、海に入って狩りをしようとする人がいない。どうしてだろう。
「……」
俺は無言で歩く。
海まであと五メートル。
四メートル、三メートル、二メートル。
バシャアアアッッ!!!
海の輪郭まであと一メートルといったところで、突然大きな波しぶきとともに、大きな白と黒の巨体が迫ってきた。
なんだこいつ!?
もしかして、シャチか?
「『アクア・ランス』!」
とりあえずカウンターで、シャチのような魔物が大きく開けた口内にランスを放つ。
ドバンッ!
瞬時に大きな体が爆ぜ、魔物は肉塊になるとともに消滅した。
少し期待のような不安があったが、やっぱり一撃だったな。早くアラニアに行きたいものだ。
〇アイテム:ココデオオシャチの牙
ココデ海岸に生息する魔物、ココデオオシャチの牙。鋭利で、どんなものも刺し貫く。
〇アイテム:ココデオオシャチのひれ
ココデ海岸に生息する魔物、ココデオオシャチのひれ。柔軟で強靭。波を効率よく生み出せる美しい形をしている。
〇アイテム:ココデオオシャチの肉 効果:疲労回復:中
ココデ海岸に生息する魔物、ココデオオシャチの肉。滋養強壮に優れる。
〇アイテム:ココデオオシャチの骨 効果:魔力回復:小
ココデ海岸に生息する魔物、ココデオオシャチの骨。オオシャチが水の中で推進力を生み出すための水魔法の触媒の役割を果たしている。
ココデ海岸にいる大きなシャチだから、ココデオオシャチか。
中々に興味深いアイテムが取れたな。何匹か倒して持ち帰ろう。
※※※
十五分くらい経っただろうか。
シャチ狩りを終えた俺に向かって、話しかけてくる一団があった。
「あの、もしかして透か?」
「そういうお前は、勇也か?」
聞き覚えのある声色で俺の名を呼んできたのは、現実とそっくりな容姿をした勇也だった。両隣に見知らぬ女性を連れている。
一人は、ロングヘア―の金髪がよく似合う長身の人物。背中に大きな槍を背負っている。もう一人は反対に小柄で、おかっぱの黒髪と着物のようなアレンジの和装がマッチしている。
「なに、もしかしてユーヤの知り合い?私が知らないってことは読書部の人でしょ」
「きっとそうです!『俺知的です』オーラがビンビンですっ!」
なんだ失礼な。
小柄の女性には遠慮が要らないみたいだ。
「ちょっとブルーム、失礼でしょ!例えその通りだからって、言って良いことと悪いことがあるでしょ」
訂正。長身の女性にも不要なようだ。
「二人とも漫才はそれくらいにして、自己紹介をしてくれないか」
「は~い」
「はいですっ!」
勇也には素直なんだな。
露骨な態度の変化が分かりやすすぎて、逆に珍しいぞ。
「じゃあ私から。私はステム。槍使いをしているわ、よろしく」
最低限の挨拶だな。でも、それでいい。
俺が基本ソロで楽しくやっているように、彼女も二人と一緒にプレイしているのだろう。
勇也、いやユーヤから話しかけたとはいえ、俺みたいな邪魔者はいらないということだ。
「それだけですかあ、ステム。次は私ですねっ!私はブルームです!風魔法使いをしているのですっ!」
風属性か!初めて見たな。
といっても、他の属性もないのだが。
「よろしく。俺は水魔法使いをしているトールだ。お察しの通り、読書部に入っている」
「あったりー」
俺も自己紹介すると、ステムが感情のない喜びを見せる。
全く歓迎されていないのが彼女の全身から伝わってくる。
「最後に俺だな。俺はユーヤ。剣士をしているな。レベルは……」
「ユーヤ!」
ユーヤも自己紹介を始めたが、途中でステムのお叱りが入る。
「初対面の人に安易に情報を渡さないほうがいいですっ!」
その一言を、初対面の人の前で言うか?
まあ、いいが。
「俺は初対面じゃないが……」
「そこ、現実と[AnotherWorld]の中を一緒にしない!」
「その方がいいのか」
「そうですっ!」
なるほど、中々面白い三人組だ。
夕飯どきに横で流し見する分なら退屈しなさそうだな。
「ってえ、こんな漫才を見せに来たんじゃないのよ……トール、あなたにお願いがあって来たの」
嫌々な素振りを見せている、ステムの方から切り出すのか。
そう思ったが、まあ他の二人に話させても長くなりそうだし、適任か。
「お願い?なんだ、それは」
「実は……」
彼女の遠慮がちに閉じられた口から放たれた言葉とは……。
「私たちと一緒に、海に出てほしいの!」
「え?」
今日は突飛な言葉に振り回される日だなと思いながら、俺はステムからそんな言葉が出た理由を問い質すのだった。
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