第五十五話
[第五十五話]
部活も終わり、寮の部屋に戻ってきて、時刻は十七時半。今日も学校の授業に読書部の活動に、つつがなく終えることができたな。
さて。ということで、自分へのご褒美として今日も[AnotherWorld]にログインしようか。
「来たな、トール。魔法についてだったな」
工房にログインすると、早速”知識の悪魔”が出迎えてくれた。
「教えてくれ、”知識の悪魔”。俺はこれで二属性以上の魔法を覚えられるのか?」
「ふむ……そうだな。”九尾の悪魔”を倒し、”格”も十分に上がっている。今のトールなら、魔法を新たに覚えることができるだろう」
単刀直入に聞くと、色好い返事が返ってきた。
やった。俺は心の中でガッツポーズをする。
「それで、なにを覚えたい?トールなら、水属性と相性の良い属性を覚えられるぞ」
「相性の良い属性?」
”知識の悪魔”の含みを持たせた物言いに、俺はオウム返しで質問する。
属性だったらなんでも覚えられるというわけじゃないのか?
「ああ、そのことか。相性の良い属性というのはまさにその通りで、互いに打ち消し合わない属性どうしのことを言う。水属性なら土、風、氷、木属性あたりが挙げられるな。必然的に、水属性魔法使いのトールもこれらの魔法しか覚えられない。それでもいいか?といっても、納得してもらうしかないのだが」
平坦な口調で早口に、”知識の悪魔”が説明していく。
「なんだ、火属性とか雷属性は相性が悪いのか」
「ああ、水は火を消し、雷の餌食になるからな。その辺りの高火力の属性とは相性が悪いな」
ちっ。漏電とか狙えたらさらに高威力の魔法を撃てると思ったのに。そう上手くはいかないか。
「それで、なにを覚えたい。土か風か、氷か木か。今のお前が覚えられるのは一つの属性だけだ」
「なんだ、そうなのか」
「全部覚えようとしたのか、強欲なやつめ」
悪魔は器用にも、目だけを使って呆れてみせる。
土、風、氷、木属性の魔法は、炎や雷属性に比べると威力に劣る。だから、”知識の悪魔”に上手いこと言って全部覚えさせてもらおうとしたが、駄目みたいだ。
『覚えられる』という言い方からして、やはり俺の”格”、すなわちレベルが足りないんだろうな。
「さらに、お前が魔法を覚えるためには、もう一つやることがある。私との正式な契約だ」
「契約?」
「ああ。正直、口約束だけで私の居場所をばらさないというだけでは、私が魔法を伝授することとは釣り合わないのだ。トールには、なにか他に対価を準備する必要がある」
「なにがいいんだ?やっぱり、知識か?」
「そうだな。私は”知識の悪魔”。本のような知識の塊が欲しい。できれば禁書のような、珍しい本がな。その点、ゲラルトは理想の契約相手だったというわけだ」
「なるほどな」
図書館の司書と知識を欲する悪魔。前の契約相手は色々噛み合っていたというわけだ。それを俺がめちゃくちゃにしてしまったと。
「なんだか、申し訳なかったな。その理想の契約を反故にさせてしまって」
「まったくくだ。さらにこんな、地下室よりも狭いところに押し込めおって」
まずい。説教が始まりそうなので、話題を戻さなければ。
「契約の話に戻ろう。俺は本を持っていないから、出世払いということでいいか?いずれ他の街に行く予定があるから、そこで本を買ってくるということで」
「本当か?信用していいんだな?」
俺の日頃のお行いと態度が悪いせいか、いや~な目をこちらに向けてくる知識の悪魔。よくもまあ、一つ目だけでそんな芸達者なことができるな。
「ああ任せろ。必ず持ってくるさ。禁書レベルは難しいかもしれないけどな」
「嘘はついていないな。……よし分かった。これにて契約締結だ」
そう言うと”知識の悪魔”は、なにかを唱え始めた。
「なにぶつぶつ言ってるんだ、気持ち悪い」
「にたにたと気色の悪い笑みを浮かべているお前に言われたくないわ!……いいか、これは契約の呪文だ。宣言した内容を破れば厳しいペナルティを受けるというものだ。私も、トールもな」
「そうやって過去の契約者も縛りつけていたのか」
「人聞きの悪いことを言うな!……とにかく、この呪文の効果で私はトールに魔法を教えなければならず、トールは私の居場所を口外することはできない。また、お前は私に書物を捧げなければならない」
”知識の悪魔”が契約の内容を説明してくれる。
「それで、なんの属性を覚えたいのだ。トールよ」
続けて、彼(?)が聞いてくる。三回も同じ質問をさせて悪かったな。
では、改めて。
「そうだな、じゃあ……」
俺は、土、風、氷、木のうち、ある属性を宣言するのだった。
※※※
無事二属性目の魔法を習得した俺は、メニューを開いてログインしているフレンドを見てみる。
するとフクキチの名前が光っていたので、彼に連絡して工房に来てもらうことにする。
「おい、早速契約を破ろうとするな!ここに人を呼んでどうする!?」
「俺は別にお前の居場所を暴露するつもりはない。ここで商談をするだけだ」
「それでは結局、その人物に私の居所がばれるじゃないか。屁理屈を言いおって」
「現在、俺は厳しいペナルティとやらを受けていない。ということは、契約は順守されているということだな」
問答の末、俺は若干誇らしげに言う。悪魔の目が苦々しげに細められる。
「まさか私が言い含められるとはな……」
そう言い合っているうちに、フクキチが工房にやってきた。
「うわっ!その化け物!……まだいたのかい?」
「なんだ、昨日殺してやった男じゃないか。今さらなんの用だ」
「商談だって言ってるだろ」
「なんか、完璧に御してるね…その悪魔」
今のやり取りを見て、フクキチは妙に納得していた。
フクキチも肝が据わってるな。こんな化け物を見たら、普通腰を抜かすぞ。
「まあ、特に気にしないでくれ。それより、商談と行こうか」
「いいねえ!!なにか新しい薬でも作ったのかい!?それとも、狩りで手に入れた素材アイテムかい?」
さっきまで若干遠慮がちだったフクキチが、一転して目を輝かせる。
ほんと、お金に目がないな。
「ランディール鉱山の素材だ。ゴーストのぼろ切れや、カナリアスケルトンの嘴なんかもあるぞ」
「最高だよトール!ゴーストが出てから、鉱山の素材があまり出回らなくなってきてたんだよね。とっても助かるよ」
この辺りで”知識の悪魔”は隅っこに移動し、本を読み始めた。
「じゃあ、全部の素材を合わせて、これくらいでどうだ」
俺は、大量にインベントリに収められている魔物の素材の売値を提示する。
「だめだめ、それじゃあ安すぎるよ。需要はもっと高いから、これくらい値をつけてもいいよ!」
「そんなに高く買ってくれるのか!…じゃあ、それで頼む」
俺は鉱山のレベリングで得た素材を全て売って、約十万タメルを手にした。
調薬に使えない素材を持っていても宝の持ち腐れだ。高く買ってくれるフクキチを通してお金に変えた方が良い。
「ありがとう。これで借金返済の足しになる」
「がんばってね。残り390万タメル」
借金を押しつけてきた張本人に「がんばって」と言われるのはどうかと思いつつ、俺は商談成立の握手をフクキチと交わすのだった。
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