第五十四話
[第五十四話]
「そんなわけでさ、三人にもこの借金返済を手伝ってもらいたいんだけど…」
午前の授業を終えた昼休み、フクキチ、じゃなかった彰が突拍子もないことを言い出した。
どんなわけだ。話を聞いてしまったというわけ、ってことか?
「嫌だよ、なんだって500万タメルも…」
昇が全うなことを言う。
当然だ、彼は一秒たりとも工房を利用していないのだから。純粋な戦闘職である彼は、これから使う予定もないはずだ。
「いや正確に言うと、400万。70万はトールのあのポーションの売り上げで、30万は僕が商売で生み出した利益で補填した。だから後、400万なんだ!」
あれだけ立派な工房だったからまさかとは思っていたが、本当に借金していたとは。不思議と、彰が友達にお金を無心するクズに見えてきたぞ。
「嫌なものは嫌だ!400万なんて法外なタメル、準備できるか!」
「そうですわ!しかもわたくしたちは生産活動をしておりませんし!」
本当にその通りである。使わせてもらってる俺から見てもその通りだと思う。
しかし、彰はなかなか食い下がらない。どんなところで意地を発揮してるんだ、まったく。
「いいのかい二人とも、そんなこと言って。今後トールの支援を受けられなくなるよ」
「支援?」
急に脅すような口ぶりで言われ、昇が首を傾げる。
「そう!なんてったって、トールは調薬師でもあるからね!どんな薬でも作り放題さ。それらの薬はもちろん、問題の工房で作られているよ。もし、お金の援助を断るというのなら…」
彰の目が怪しく光る。
おい、作り放題ではないぞ。素材と俺の暇がないとできないんだぞ。
「もしかして、トールの作った薬を融通してあげないってことですの!?」
「言わせてよ、かっこいいキメ台詞だったんだから」
芝居のような能天気なやり取りだが、俺のいないところで勝手に盛り上がられても困る。
流石に話に割り込ませてもらおう。
「いいよ、そんなめんどくさいことにしなくても。借金の400万タメルは俺が全額背負うよ。二人は工房の存在を知ったわけだけど、直接利用はしてないんだから、そこまで求めるのは酷だろ」
彰が不退転の意志を見せているので、俺が譲歩する。譲歩というか、彰の説得だな。
なに、一晩の徹夜で70万稼げたんだ。あと400万なんて、一週間すれば……。
「よく言ってくれた、それでこそ透だよ!実を言うと、メカトニカの遺骸の売却額でちょうどセンチピードの依頼報酬が返金し終わってさ。今手元にタメルがない状態なんだよね。いやー、透がそこまで払いたいっていうなら、任せちゃおうかな!」
「おい!まさか、本気で言ってないよな…?」
「男に二言はないよね、透くん?」
なにが、透くん、だ。
始めから彰の罠だったのだ。俺に借金を肩代わりする発言を引き出して、実際にそうさせる。
「うわあああ…」
まんまと口車に乗せられた俺は、400万もの負債を一人で背負うことになったのだった。
※※※
そんなこんなで無事午後の授業も終わり、毎週水曜日にある読書部の活動の時間がやってきた。
「こんにちは」
図書室に入ると、やっぱり全員揃っていた。
皆いつもはやくないか?終業のホームルームが終わってからまっすぐ来てるのに、びりっけつだ。
「よし、それじゃあ全員集まったみたいだな。それじゃあBグループの発表を始めよう」
待ってましたと言わんばかりに、泰史先輩が司会を始める。
「まずは勇也くん。お願いできるかな」
「はいっ!」
促され、勢いよく席を立った勇也がプレゼンを始める。
彼は改めて見ても美男子だ。ラノベの中から出てきたかのような主人公スマイルを浮かべ、いそいそと居住まいを正した。
「俺が今回読んできたのは、『熱海エイリアン』です。熱海に温泉旅行に来た主人公が宇宙人のヒロインと出会ってしまうというあらすじで……」
ここから先は読んできた本の発表となるので、割愛。
少ししどろもどろな点もあったが、勇也の発表は素晴らしかった。なにより、イケメンが堅くなって発表しているというのも絵になる。
「……みなさんもぜひ読んでみてはいかがでしょうか。これで発表を終わります」
うん。一回経験しただけの俺が言うのもなんだけど、一回目のプレゼンにしては中々の完成度だと思った。
しかし、ディスカッションでは……。
「もっと伝えたいところをはっきり言った方がいいわね」
「抑揚をつけて話にテンポをつけた方がいいかも」
などと、様々なアドバイスをもらっていた。(主に、お近づきになりたい紅絹先輩から)
「続いて織内、頼む」
「はい、よろしくお願いします」
ひとしきり議論し終わった後、紅絹先輩の番になった。
やはりプレゼンのときには本気モードに入るのか、彼女も吾妻先輩のように雰囲気が変わる。
「私が紹介するのは、その名も、『結実』。結実(ゆみ)というヒロインが世界一周旅行のクルーズに乗船したところから話が始まります。……」
おお、やはり話に引き込まれる。
紅絹先輩の感情がこもったダイナミックな語りを聞いていると、実際に船の中に乗って、主人公と物語を共にしているみたいだ。
「結実に待ち受ける、まさかの結末とは!……以上で発表を終わります。ご清聴ありがとうございました」
今日に向けて、かなり力を入れてきたのだろう。非の打ちどころのない完璧な発表だった。
来るビブリオコンクールで良い結果を残すなら、彼女も目指すべき壁だ。盗めるところは遠慮なく盗んで自分のスキルアップに利用しよう。
「それじゃあ、ディスカッションに移るぞ」
ディスカッションパートでは細かい指摘があったものの、概ね良い箇所の感想がほとんどだった。
「少し大げさすぎんのよね~、紅絹って」
「ちょっと、個人批判はやめなさいよ」
「じゃあこれくらいで最後に俺だな。…えーと、こほん」
こうして、三番目にして最後のプレゼンが泰史先輩によってされたのだが、お世辞にもいい出来であるとはいえなかった。
「ほんと、上がり症だな、本多は。一体全体どうしてあの日はうまくできたんだ?」
皆の総意を吾妻部長が代弁してくれる。”あの日”とは、ビブリオコンクールの本番の日のことだろうか。
そう。泰史先輩は発表中、極度に緊張しており、まともに話すことができていなかった。話している内容は素晴らしかっただけに、余計にもったいない。
「そ、それはだな。……あ、もう十分経ったな。ディスカッションはこれまでだ。特に連絡がなければ、来週はCグループの倉持と石垣さん、よろしく頼んだぞ。それじゃあ、解散!」
きっとなにか事情があるんだろうが、タイムキーパーの役割を活かして都合よく逃げたな。
そう心の中で思いつつ、俺たちは渋々活動を終え、図書室を後にするのだった。
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