第五十二話 『ラスト・ワルツ』
[第五十二話] 『ラスト・ワルツ』
さあ、踊ろうか。『ラスト・ワルツ』を!
そう言わんばかりの笑みに似た表情を覗かせ、『九尾の悪魔・フォクシーヌ』が猛突進してくる。
「『アクア・ソード』」
俺は水の剣を展開し、彼女の体を半身になって避けるが…。
続けて、九本の尾が迫る。
体勢が悪いな。
体力が削られてしまうが、水をまとった杖で受ける。
「くうっ!!」
ギイイイイイイインッッ!!
鈍い音を立てて、白い尾の束と水の刃が接する。
俺は上手く尾をいなしつつ、素早い動作で後ろを振り向く。
次の行動は多分…。
来た!
案の上、フォクシーヌは朱の前足を突き出す直前だった。
『読まれているか…!流石人の子だ』
「自己紹介が遅れたな。俺は水魔法使いのトールだ」
ギイイイイインッッ!!!
一言ずつ言葉を交わすや否や、今度は前足と刃が相交わる。
するとなぜか、彼女の方から鍔迫り合いの続行を避け、前足を引っ込めて大きく後退した。
なるほど。
今、俺は大きな池とフォクシーヌに挟まれる形になっている。背後には深い水をたたえた池があり、地形は圧倒的に不利だ。
ならば…、突っ込む!
『アクア・ソード』の持続時間はまだ残っているので、俺は刃を中段に構えながら突進する。
『魔法使いが近接戦か!!やはり面白いな、トールは!』
これに対して彼女は、尾の一本を差し向けて大きく薙ぎ払ってくる。
朱の墨汁にちょんと付けたような穂先の部分ではなく、白く太い部分をこちらに叩きつけるとようにして。
「少し、痛いかもしれないぞ」
俺はそう言うと、急停止して半歩ほどバックステップを取る。
そしてそのまま、水の剣を横に振り払う。
スパッと驚くほどきれいな音を立て、朱色をした尾の先端が切断された。
途端…。
『きゅるるるるるるっっ…!』
悲痛な叫び声が湖畔に響き渡る。
同時に、彼女から発せられる殺気が増した気がした。
「朱の毛並みをした部分には水魔法が通る。そうだろう、フォクシーヌ?」
『きゅるるるっ…。ああ、この体になってから弱くなった。その通りだ」
朱の毛並みをした部分とは、彼女の目の周り、四本の脚の先端、そして九本の尾の先っぽだ。
先ほど『アクア・ソード』を尾の中ほどで受けたのにもかかわらず、前足では受けるのを避けた。
この行動の違いで、ピンときた。
以前のレベルでは無理だったが、現在のレベルでは朱の部分にダメージを与えることができる。
つまり、これらの部位に水魔法で攻撃し続ければ、彼女を倒せるかもしれない。
『こちらも本気で行かせてもらう』
彼女はそう言うと、先端を切られた尾以外の八本の尾を含め、朱の毛並みが赤く灯る。
以前の戦いで熱線を操っていたから、おそらく火属性を付与したのだろう。
「『アクア・ソード』」
相対する俺は、水の剣を再び張り直す。
明確な弱点が判明した今、正真正銘、これが最後のワルツだ。
終わった後に立っているのは、俺だ。
※※※
来る!
『ナインテイル・ワルツ』が。
彼女は一息に俺の目の前まで距離を詰めると、しっぽをしならせて連撃を放ってくる。
一本目。
白く太い部分の尾を利用した薙ぎ払い攻撃。朱の部分を内側に折り込んで斬られないようにしている。
「なら…!」
その分、リーチは短めだ。
少しバックステップして避けつつもカウンターを尾に打ち込むが、効いている様子はない。
二本目。
ぴんと張った尾を使った真一文字のたたきつけ攻撃。
「来たな!」
さらにバックステップで後ろに下がり、先端を切りつける。
水と火という相性の関係もあって柔らかく感じるのだろうか。みごと切断に成功した。
三本目。
今の攻撃の技後硬直を狙った突き攻撃。前の二本よりも速い。
意図的に緩急をつけてきている?
対応しきれず、もろに腹に食らう。
「んぐうううっっ!!」
俺は焼けるような痛みとともに、大きく吹っ飛ばされた。
まずい、こっちには池が…。
「っ!!」
どぼおんんっという小気味のいい音を立て、池へと落ちる。
俺はすぐに臨戦態勢を取り、潜ったまま池の中央の方へ泳いでいく。
「ごああ…」
水中で話すことはできない。
なので、言葉にならない呻き声を発しながら、俺は突然やってきた数秒間の猶予で頭を働かせる。
考えろ。
相手の次の行動を、予測しろ!
彼女はきっと、熱線攻撃をでたらめに撃ってくる。
なら、次に俺が取るべき行動は…。
「ぶううう…」
俺はありったけの力を振り絞り、底に向かって沈み込むように水をかく。
ジュン!ジュアアアアア!ジュアアア!ジュアアア!ジュン!ジュウアアアアアア!ジュアアア!ジュアアアアア!
その瞬間、七本の尾の先端から発せられたであろう熱線が池の表面を焼く。
あのまますぐに水面に顔を出していたら、一瞬で熱線に融かされていた。
「っぷはあっっ!」
俺は水中を前方上方向に向かって泳ぎ、浮上しつつ岸から上がる。
気づけば、夥しい量の水蒸気が池と岸辺を包み込んでいた。
これで都合よく、俺のことを見失ってくれてるといいんだが。
しかし、そんなことはなかった。
四本目。
蛇のように低い薙ぎ払いのしっぽ攻撃が突然、白い煙の中から這い出てきた。
「うわっ!」
俺はまともに受けてすっ転ぶ。
そこに、五本目。
斜めがけの一撃。
「ぐううぅぅ…!」
とっさに左腕を上げて、座り込んだ体勢でガードする。
熱く、身も心もなにもかも焼けるような一撃を浴びながら俺は…。
腕を翻し、五本目の尾を掴んだ。
『やめろおっ!』
六本目、七本目の追撃がすぐさま飛んでくる。
「ぐううっ、がああああっっ!!!」
俺は側頭部と右肩に飛んできた尾を体で受け止める。
関係ないな。
この五本目の尾に、全力の一撃を叩き込む!
「『アクア・ランス』」
至近距離から放たれた水の槍が、フォクシーヌの五本目の尾を刺し貫く。
『きゅるるるるるううるるるるるっっっ!!!』
絶叫を上げる彼女。
仕留めたか?
いや…。
『まだだ。まだ終わらせてなるものか!!!』
八本目。
横一線に放たれた一撃。
俺は『アクア・ランス』の硬直で動けない。
「っ、ぐううわああっ!!」
右の脇腹にもろに食らう。
熱い鉄の棒を思い切り、叩きつけられたかのような熱と痛みだ。
だが、前のように無様に倒れたりしない。
脇腹と二の腕で、がっちりと八本目の尾を押さえ込む。
『やめろおおおおおっ!!!』
先端を失った九本目の尾を叩きつけてくるが、お構いなしだ。
「『アクア・ソード』!」
逆手に持った杖から、水の刃を伸ばす。
ブスリッ!
『きゅううるっるるるるるるっっ!!』
尾の先端に突き刺さり、湿原に悲鳴が響いた。
動きに対応できている。もう、防戦一方だった以前の俺とは違う。
水蒸気の霧が晴れた。
「どうだ、フォクシーヌ。前までの俺とは違うだろう?」
『…ああ、どうやらそのようだ。こちらも遊んでいる余裕がなくなった』
そう言うや否や、猛然と突進してくる彼女。
「来い!」
俺は水の刃を振りかぶり、応戦しようとするが…。
スカッ。
全く手ごたえが感じられずに杖が彼女の体を通り抜け、空回りしてその場でよろけてしまう。
『蜃気楼だ』
蜃気楼!
俺の目には彼女が飛び出してきたように見えたが、実際はその場にとどまっていたのか!?
まずい。彼女は先端が健在の五本の尾を中心に集め、こちらに向けている。
前に俺を灰にした、あの技を撃つつもりだ!
『さようなら』
おそらく胴を狙ってくる。と思っている間に発射された。
放たれた熱線たちがすぐそこまで伸びる。
俺は慌てて、水の刃を滑り込ませる。
「はああああああああっっっ!!!!」
『きゅるるるるるるるっっっ!!!!』
俺の十八番とも言える水の剣、『アクア・ソード』と。
フォクシーヌの切り札とも言える灼熱の熱線。
俺の技の方が相性が良く、しかも彼女はこの技に使える尾の本数が減っている。
こちらに分がある、と思いたい。
耐えろ。耐えるんだ、俺!
「あああ、あああああああっっ!!!」
数秒とも数十分とも思える時間の後、ふいに熱線の照射が終わった。
喉はからから、先ほど池に落ちて濡れていたはずの全身はいつの間にか乾いている。
それほどまでに、彼女の熱は凄まじいものだった。
「はあ、はあ、はあ…」
『きゅううう…』
前方を警戒しつつ、息を整える。
フォクシーヌも肩を揺らし、こちらを警戒している。
『みごとだ、トール。貴様はよくやった』
姿はある。声も聞こえる。
でも、前方のこれも蜃気楼かもしれない。
急いで辺りを見回すが、本体の姿はどこにも見当たらなかった。
『ふふ、そんなに慌てなくてもいい。あの技は反動が大きくてな、動けない』
半ば諦観したかのような口調で、彼女は話を続ける。
『私の負けだ、トール。哀れな女狐にとどめを刺すといい』
「ああ、楽しかったよ。お前との『ラスト・ワルツ』は」
そう言って、俺は彼女に近づく。
一歩。また一歩。
これで彼女の加護を消せる。二属性以上の魔法を習得できる。
俺は浮足立って、彼女との距離を安易に詰めてしまった。
それが敗因だった。
『キツネというのは…』
突然肩を持ち上げ、前に飛びかかってきたフォクシーヌ。
『…人をだますのが得意な生き物なんだ』
俺に向かって噛みつき攻撃をしかけてくる。
「っ!?」
『人が一番油断するのは、勝利を目前としたときだ!見損なったぞトール!お前がそんな型にはまる人間だったとはな!!』
シャープに尖った美しい顎が迫り、俺の体を食いちぎる…。
ガチンッ!!
…ことはなく、牙と牙が打ち合わさる気の抜けた音が響き渡った。
フォクシーヌの頭と重なった俺の姿が歪み、空中に溶けて消える。
『っ!?』
「捕食者が一番油断するのは、今まさに獲物を食らわんとするときだ」
俺はさっきやられた意趣返しに、格好つけてみる。
「『アクア・ミラージュ』」
『なにっ!?』
蜃気楼が使えるのは、彼女だけじゃなかったってわけだ。
『アクア・ミラージュ』。水と空気の屈折率の違いを利用して、十メートル前方に幻影を作り出す魔法だ。
つまり、熱線をしのいだ直後に発動したこの魔法で、俺の実体は幻影の十メートル後ろにあった。
映像の投影だけなので鼻が利く魔物には通用しないが、熱で嗅覚が鈍ったのか、今回は上手くいった。
「それじゃあな、フォクシーヌ」
無防備な状態を晒した彼女に、別れの挨拶を済ませる。
俺はすぐに魔法を発動できるし、彼女は顎を前に突き出した体勢のまま硬直しているため避けることができない。
今度こそ、チェックメイトだな。
『…またどこかで踊ろう、トール』
「ああ…。『アクア・ランス』」
静かに放たれた水の槍がフォクシーヌの右目を抉り、頭を突き破る。
こうして『九尾の悪魔・フォクシーヌ』は、その息の根を完全に止めたのであった。
VRMMO [AnotherWorld] @LostAngel
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