第五十一話

[第五十一話]


 これもしかして、他の多くの魔物と戦う前提があるから、カナリアスケルトンの経験値がものすごく高いんじゃないか?


 そう思いついた俺は、次の戦闘で新たな作戦を試してみる。


 それは、カナリアスケルトンを真っ先に倒して逃げるという作戦だ。


「仮説を立証するためにも、やってみる価値はあるな」


 仲間を呼ぶ魔物を倒すとボーナスがもらえるというのは、RPGでは割とありがちな仕様だ。


 レベル差ができてしまうと得られる経験値が減ってしまうが、試して損はない。


「今度こそ生態系を崩さないように、狩りすぎには注意しないとな」


 [AnotherWorld]では、魔物たちで構成された生態系の概念が存在する。簡単に言うと、食物連鎖のピラミッドみたいな関係だ。


 上位の消費者が増えたり減ったりするのに応じて、下位の消費者または生産者、分解者の個体数が増減し、逆もまた然りだ。


 俺はすでにガルアリンデ平原のキャンユーフライや、アヤカシ湿原のフライドラゴンで痛い目に遭っているので、気をつけなければならない。 


「お…」


 そんなことを考えながら数分ほど薄暗い坑道を注意深く進んでいくと、いた。


 カナリアスケルトンだ。


 俺は極力足音を立てないよう、地面を一歩ずつ踏みしめながら距離を詰めていく。


「……」


 よし、ここまで来たら鳴かれても大丈夫だな。


 岩に擬態したゴーレムやリザード、それと岩壁をすり抜けてやってくるゴーストがいないことをしっかり確かめてから…。


 俺は静かに魔法を発動する。


「『アクア・ボール』」


「ピピピピピピピッ!?」


 かなり体力が少ないのか、『アクア・ボール』を受けたカナリアスケルトンはそのまま倒れた。


 しかし鳴き声を聞きつけ、奥からドシン、ドシンという音が聞こえてくる。


「倒したら、逃げる!」


 俺は後ろを振り返ることなく、全速力で鉱山の入口まで逃げる。


 俺がやってきた方向、鉱山の浅い方の通路はしばらく魔物が湧かないから安心して駆け抜けられるし、数回訪れた経験から、ここの地理はある程度頭に入っている。


 追手の足がそれほど速くないこともあり、逃げるのは余裕だ。


「ふう、ここまでくれば十分だろう」


 スタミナ切れを起こさないように一分間くらいランニングし、入口まで戻ってこれた。


 ココデ海岸の松林の場合は例外だが、通常は、アクティブな魔物はフィールドを隔てても襲いかかってくる。


 なので、完全に撒けるであろう荒野の方まで戻る必要があったというわけだ。


「途中で転ばなかったのは運が良かったな」


 安全を確保できたところで、ステータスを確認してみると。


 やっぱりそうか。


 キャラクターレベルが3上がって39、職業レベルが2上がって35になっていた。体力、魔力は196、221だ。


 そもそも、鉱山がパーティプレイ前提なんだろうな。加えて、カナリアスケルトンは群れを倒した後のボーナスみたいな感じなんだろう。


 それをソロで全て吸収してたら、そりゃこんなにレベルも上がるわけだ。


「だが…」


 これじゃあ戦闘の訓練にならないな。


 カナリアスケルトンの個体数は少ないだろうし、これを続ければ生態系が壊れるのも時間の問題だ。


「フランツさんに本気で怒られそうでもある。…やめとくか」


 この裏技は胸の内に封印しようと思いながら、俺は再び鉱山の中に入っていくのだった。



 ※※※



 時刻は二十時。


 あれから一時間ほどレベリングをしてから、王都に戻って北門でログアウトした。


 お腹が空いたから、流石に晩ご飯にしたかった。


「肉も野菜も新鮮だな」


 そりゃ、今日買ってきた食材だからな。


 今日の晩ご飯は野菜炒め。キャベツ四分の一個とナス一個とピーマン二個を短冊切りにし、ひき肉と一緒にソースを加えて炒める。


 強火でさっと火を通したら、大きめのお皿に盛りつけて完成だ。


 それでは、温めたご飯とお味噌汁と一緒に…。


「いただきます」



 ※※※



 時刻は二十一時。


 晩ご飯を食べ終え、皿洗い、歯磨きなどなどを済ませた俺は再び[AnotherWorld]にログインした。


 では、本日のレベリングの結果を報告する。


 キャラクターレベルが50、職業レベルが47、体力が223、魔力が268となった。


 さらにアイアンリザード、アイアンゴーレム、ゴースト、カナリアスケルトンの素材がいっぱい。


 以上、報告終わり。


 他には、様々な水属性魔法を覚えた。お披露目する機会があったら詳しく紹介しよう。


「うーん…」


 俺は中央広場の噴水側にあるベンチに座り、一人考える。


 しかし、予想以上に速くレベルが上がってしまった。


 これくらいの”格”まで至れたのなら、悪魔に成り上がりたての彼女と肩を並べられるくらいになったかもしれない。


「トライしてみるのも、いいかもしれないか?」


 そうと決まれば、行くしかないな。


 彼女の元へ。



 ※※※



 アヤカシ湿原に足を踏み入れると、ランディール鉱山とは打って変わってやけに蒸し暑く感じた。


 彼女の悪魔としての特性なのだろうか。それとも、俺を誘っているのだろうか。


 なんにせよ、俺は彼女に向き合うだけだ。


 彼女を倒して、『フォクシーヌの加護』を解除して二属性目の魔法を覚える。


 それか、加護をなくさなくてもいいようにしてもらう。


「ここ、か」


 マップを確認すると、湿原のほとんど中央部、大きな池のほとりに彼女はいた。


 俺が初めて湿原に来たとき、フォクシーヌと出会った場所だったか。


「ずいぶん待たせたな。始めようか」


『今来たところだ、と言った方がいいか?人の子よ』


 ジョークに似た意味合いで独り言を言ったつもりだったが、なんと返事が返ってきた。


 白い毛並みをした狐の魔物は身じろぎ一つしないものの、聴き心地の良い低めの女性の声で人語を介している。


 ”知識の悪魔”も当たり前のように話していたし、悪魔になった影響とみていいだろう。


「いや、正直に言ってくれた方がいいな。その方が俺の好みだ」


『分かったよ、覚えておこう』


 言い終えるとともに、俺に向かって真っ直ぐ突っ込んでくるフォクシーヌ。


 俺と彼女との『ラスト・ワルツ』が今、幕を開けるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る