第五十話
[第五十話]
”知識の悪魔”から情報を得た俺は、王都北門でフランツさんと世間話をしてから荒野を急いだ。
そして、時刻は十八時半。ついにランディール鉱山の入口に到着した。
夕日を受けてオレンジ色に輝く岩肌の中で、一切の光が届かない大穴は異質な存在を放っている。
「よし、行くぞ」
ここでレベリングをして、フォクシーヌを倒す。
幽霊だろうがなんでもこい。『ゴースト・メカトニカ』みたいに魔法が通用する相手なら、水魔法で倒せるだろう。
俺は自分を勇気づけるように意気込んでから、黒く塗り潰されたトンネルの中に足を踏み入れる。
途端、周囲の空気が五度下がったような気がした。
「幽霊が出る場所は少し寒いって言うしな…」
まあ、生まれてこの方心霊スポットに行ったことはないので真偽のほどは分からないが、未知のものに対する恐怖心は俺にもある。
石室の幽霊のような、もや状の正体不明な魔物が大量にいる光景はできれば御免願いたい。
肌で感じるものではなく、内側から湧いて出てくる嫌悪感に似た寒気を少し覚えつつも、俺はずんすんと廃坑の中を進んでいく。
すると案の定、現れた。
「あああああああっ!」
低く、地の底から溢れ出るがごとき呻き声に、水色に近い半透明の体。
ゴーストのお出ましだ。
こんなに浅いところから出るのか。
アイアンゴーレムとアイアンリザードの二種類しか魔物がいなかったし、本来はこのゴーストも含めて三種類の魔物が現れるフィールドだったんだろうな。
そう思いながら、俺は杖を構える。
「ああああああっ!」
こちらに気づいたゴーストは、その透明で細い腕をこちらに伸ばして飛びかかり攻撃をしてくる。
だが、その動きはひどく緩慢。
憑依には注意しなければならないが、見てからでも反撃できる!
「『アクア・ボール』」
「あっ…、ああ!」
俺は素早く魔法を唱え、発動。
水の玉を胸付近の部位に当てると、ゴーストは大きく怯んだ。
やはり、霊体には魔法が有効みたいだな。
「『アクア・ボール』」
動けない間にもう一度、水の玉を放つ。
「…ああああっ!」
弱っているところにトドメの一撃が入り、難なくゴーストを討伐できた。
この魔物はおそらく、物理が完全無効なのと引き換えに体力と耐久が低いといった感じだろう。
後は、とにかくうるさいのが難点だ。
「レベルは間に合っているな。問題は深部のカナリアスケルトンか…」
実は、ランディール鉱山に生息する魔物のレベルはそれほど高くない。精々俺のプレイヤーレベルである30か、少し上くらいだ。
ではなにがきついのかと言うと、やはり出てくる魔物の種類がきつい。
物理、魔法ともに効きづらい、硬い皮膚を持つロックゴーレムとロックリザードだけならいいんだが、集団を呼び寄せるカナリアスケルトンが厄介すぎる。
やつはランダムに岩壁から突き出た突起に停まっているので、見つからないように廃坑を歩くことも、応援を呼ばれる前に倒すことも難しい。かと言って、呼んだ後に倒しても意味がない。
本当に、どんな策を講じればいいのか見当がつかない。特にソロの場合は。
俺は魔物の群れにひき殺されないか憂鬱になりながらも、奥へ奥へと進んでいった。
※※※
ついに、メカトニカのあった広間まで到達した。
これより奥に進むとカナリアスケルトンが出る。ここからが本番だな。
あの魔物の軍勢をどう凌ぐか。
それはある意味、フォクシーヌの連撃を交わすことに通じるものがあると、俺は考える。
さあ来い、カナリアスケルトンや。その美しい鳴き声を聞かせてくれ。
そう思いながら進むこと数分。
いた!
「ピピピピピピピピピピピッ!」
魔物の大群が来るぞ!
規則的な地鳴りを伴って、ゴーレムの足音が近づいてくる。
周りの気温の低下がかなり顕著になってきた。ゴーストも誘われてくるのか?
「キラアアアアッ!!」
閉ざされた岩がひしめく空間に、爬虫類特有の叫び声が響き渡る。
一番最初に押し寄せてきたのは、最も機動力のあるアイアンリザードの群れだった。
地面から、壁から、天井から、夥しい数が押し寄せる。
「キラアッ!!」「キュルア!?」「キリイアアアッ!」
まず初めに、地面を這う一行が迫る。
俺はたたらを踏むようにして、鋼鉄の爪の一撃を、長い舌による絡め取りをよけ続ける。
「『アクア・ソード』」
杖を軸とした水の刃を展開する。
準備は万端だ。
「……」「あああああああっ!!」
続けて、足の遅いアイアンゴーレム、ゴーストが追いついてくる。
さあ、一騎当千となるのか。それとも、無様に犬死するのか。
「来い!」
俺は威勢のいい声を上げ、魔物の群れに突っ込んでいった。
※※※
集中しろ。
「キュルアアアアッ!!!」
初めに来たのはやはり、リザードたちだった。先ほどと同じような攻撃を直線的に繰り出してくる。
幸い、通路の正面側からしか魔物が来ないので、後ろを気にする必要はない。
前だけを集中しろ。
「キシャッ!」
「よっ」
かけ声を上げ、足首を狙う舌を避ける。
カウンターはしない。舌を切ってもリザードの致命傷にはならないばかりか、別個体に付け入る隙を与えてしまうからだ。
「キュルアアアッ!」
続いて、別の個体による爪の攻撃。
「っ…、はあっ!」
こちらはしっかりとカウンターを決める。硬い爪の引っかき攻撃をよけ、返す刀で柔らかい腹を掻っ捌いた。
「……!」
そうしているうちに、ゴーレムの右ストレートが飛んでくる。
重い一撃だ、当たればひとたまりもない。
俺は余裕を持って、転がって回避する。
「あああ…!」
ここで、転がった先にいたゴーストと目が合ってしまった。
「…ああああああっ!!」
「甘い!」
先ほど見た、大げさな飛びかかり攻撃をしてきたので、カウンターで顔面に突き攻撃を放つ。
『アクア・ソード』は物理由来の斬属性と魔法由来の水属性の性質を併せ持っている。水属性成分(?)はゴーストに有効だ。
「キシャラアアッ!」
さらに、さっき舌を伸ばしてきた個体が突っ込んでくる。
「くっ!」
カウンターを入れようと思ったが、奥で先ほどパンチしてきた個体が再び構えているのが見えた。
「数が多いな!」
ので、リザードと位置を入れ替わるようにして前に転がる。
そのまま前転を続けてゴーレムの懐に転がり込み、腹を切りつける。
「あああああ…!」「……!」
次いで、ゴーレムの後ろにいたゴーストが突っ込んでくる。それと同時に、腹を切られたゴーレムもこちらを振り返ってくる。
「もう読めてる」
だが、取り乱さない。
俺は冷静にゴーストの首を刎ね、ゴーレムとの距離を詰める。
もう二回ほどゴツゴツとした腹を切りつけると、巨体はガラガラと崩れ落ちた。
前にどこかで言ったかもしれないが、火、水、風、土の基本四属性の魔法のうち、水属性の魔法はゴーレム種に対して通りが良い。
全身が無機物で構成されているこいつらに弱点はなさそうに見えるが、頭や胴体に何度か魔法を与えれば呆気なく倒せることが多い。
「キシャアアッ!」
今度は、後ろに行ったリザードが目の前に近づいてきていた。
回避が間に合わないので、渋々ソードで受ける。
そこまで大きくない衝撃を受け止めたらソードを解除し…。
「『アクア・ボール』」
至近距離で『アクア・ボール』を放ち、頭に炸裂させる。
「なんだっ!?」
が、背中に大きな衝撃。
数メートルくらい吹き飛び、通路の壁に激突する。
どうやら、ゴーレムのスマッシュを食らったみたいだ。
「なるほど…?」
急いで体勢を立て直して周囲を確認するが、背後は切り立った壁。
後ろに逃げることはできない。
しかし、まだ魔物はたくさん詰め寄ってくる。
「上等」
全員かかってこい。
集中力を研ぎ澄ませた頭に戦いの熱が流れ込んできて、ちょうどいい気分にでき上がっている。
第二ラウンド、スタートだ。
※※※
「…!」「ああああああっ!」
「グアアアッ!!」「キアアアアッ!」
正面からゴーレムとゴーストが、壁と天井からはリザードが近づいてくる。
「はあああっ!」
舌で絡め取られると致命的なので、俺は迷わず正面に突っ込む。
そして杖を掲げ、一言。
「『アクア・ランス』っ!」
最大火力の水魔法をゴーレムにぶち込む。
「……っ!?」
岩でできた人型は両腕をクロスさせてガードするが、貫通して頭が粉砕される。
「『アクア・ソード』」
「キシャアァアアッ!?」
続いて『アクア・ソード』。
ランスの技後硬直を突いて伸びてきた舌を根こそぎ切り取る。
「キシャアアッ…」「グララアアッ!?」「グルゥアアア…!」
さらに三匹が地面に落下してきたので首を切りつけてとどめを刺すと、やっとゴーストの群れが追いついてくる。
「ああああっ…、あああ…!」
もはや脅威にもならない。
ソードを横薙ぎに振って三体の胴をまとめて掻っ捌く。
だがその隙に、天井にいたリザードがダイブしてくる。
「くっそ…!」
対応しきれずにのしかかられる。
また正面からは、ゴーレムの奏でる地鳴りが聞こえてくる。
「まずい…、『アクア・ランス』!」
踏み潰される!
リザードを切っていては間に合わないと感じた俺は、ゴーレムの軸足があるであろうところに向かって『アクア・ランス』を放つ。
「……!」
結果は成功。
片足立ちをしていたゴーレムはバランスを崩し、壁にぶつかりながらよろける。
「『アクア・ボール』…」
そこに『アクア・ボール』をぶつけて倒したら、最後にのしかかっているリザードの処理だ。
杖に付与されている『アクア・ソード』を思いっきり振り抜き、喉を真っ二つにした。
「はあ、はあ、はあ…」
視界に移る魔物を全て片づけ、ゆっくりと起き上がった俺は肩で息をする。
しかし、そんな余裕はなかった。
「キシァッ…!」
天井から伸びてきた舌に首を絞められる。
瞬時にソードで切り取るが、隙が生まれてしまう。
「あああああ…!」
ゴーストの、枯れ枝のような腕が俺の頭にまとわりつく。
近づいているのに全く気づかなかった。
この魔物、壁をすり抜けられるのか!?
「うっとうしいっ!」
視界が鮮やかな黄色一色に染まり、思わず叫んでしまう。
急いで倒すも、ロックゴーレムが予備動作を終えるのには十分な時間を稼がれてしまったみたいだ。
「……!!!」
ゴーレムの強烈な踏みつけ攻撃が、俺の体をぺしゃんこに…。
「まだまだ!」
する寸前で、大きくサイドステップを踏んでかわす。
ここまでの戦いで魔物の殺気を敏感に感じ取れるようになった俺に、遅い攻撃は通用しない。
「『アクア・ランス』!『アクア・ボール』!」
ランスでゴーレムの頭部を粉砕しつつ、ボールでさっき首を絞めてきたリザードを落下させる。
そのままとどめを刺そうとするが…。
「キシュアラアアアッ!」
他のリザードの飛びかかり攻撃に阻まれる。
視界外からの奇襲が慣れないな!
「ぐうっ…!よっ、はあっ!」
「キシュラアア…」「キシュゥ…!」
俺は鋭利な爪に切り裂かれないように取っ組み合いながら、腹をソードで突き刺し絶命させた後、首を絞めてきたリザードにもしっかりとトドメを刺す。
「他には…、いないか」
改めて周りを確認すると、魔物の群れはこれで終わりみたいだ。
「これ、で…!」
魔力がもったいないので、羽根がなく羽ばたけずにトコトコと歩いて逃げ出そうとするカナリアスケルトンを踏み潰し、俺は戦闘を終えた。
アイアンリザード八体、アイアンゴーレム四体、ゴースト六体、カナリアスケルトン一体。
これだけの魔物たちを、ソロで倒してみせた。
つい先日複数人でひーこら攻略していた頃と比べると、大きな進歩を歩んだと言ってもいいのではないだろうか。
「はあ、はあ…。ふう、少し小休止だ」
肩で息を切りつつ、早速ステータスを確認してみる。
プレイヤーレベルが36、職業レベルが33となっており、体力が190、魔力が215となっていた。
「あれ」
クールダウンしていく脳内でふと、疑問に思う。
同格のレベルを持つ二十体近くの魔物を倒しただけで、いくらなんでも上がりすぎだ。
これって、もしかして…。
またもや変なことを思いついた俺は、邪悪な笑みを浮かべるのであった。
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