第四十二話

[第四十二話]


「ああああぁぁぁぁぁっ…!」


 『エンシェント・ゴースト・メカトニカ』が発する怨嗟の声が徐々に小さくなり、やがて消えた。


 ガラ、ガラガランッ!


 同時に霊体が支えていた大きな機械の体がバランスを崩し、地面に落ちる。


 赤紫色のもやが、空気に溶け込むようにじんわりと霧散していく。


「はあ、はあ、はあ…」


 幽霊の習性は分からないが、もしメカトニカへの憑依を解除されていたら、逃げられていたかもしれない。


 なので、あの場面での『アクア・ランス』の一撃は絶対に外せなかった。


 万が一外したら…、と気を病んでいた俺は肩で息をつき、その場にへたり込んでしまう。


「よくやったよ、トールくん。これで、きみの不法採掘もお咎めなし!」


 さっきまでメカトニカのところにいたはずなのに、いつの間にか背後にいたフランツさんが陽気に声をかけてくる。


 びっくりした。


 戦闘と関係ないところで機動力を活かさないでくださいよ。


「まさかきみに、囮呼ばわりされるなんてね」


「いや、それはなんというか、言葉の綾というか…」


「分かってるよ。…それにしても、あの短時間で弱点を見抜くきみの目、純粋にすごい。冒険者ランクはいくつだい?」


「まだEですけど…」


 少し恥ずかしいので、俺は伏し目がちに言う。


 違法な採掘などという大それたことをやっておいて、冒険者ランクがEというのはちょっと恥ずかしい。


 まあ、冒険者ランクは単に依頼の数をこなすだけでなく、冒険者ギルドへの貢献度で判定されるから、迷惑行為をしているという観点でみると最低ランクの名に恥じないのかもしれない。


 いや、嫌すぎるわ。恥じろ。


「なるほど。まだあんまり依頼やってない感じだね。でも、伝え聞く話によると『フライ・センチピード』でも功績を上げていたみたいだし、僕としてはAランクに推薦したいところだけど、きみはどうしたい?」


 おそらく、一息に飛び級をして満足か、ということだろう。


 つい先ほど冒険者ランクは貢献度で決まると言ったが、これは裏を返せばギルドのお墨付きさえもらえれば飛び級も可能ということだ。


 フランツさんのような重役のNPCに気に入られたり、[AnotherWorld]での活動歴が長い先輩プレイヤーに推薦してもらえれば、Aランクくらいまでなら昇格できる。


 『きみはどうしたい?』という言葉は、『その推薦をしてもいいよ?』と言われていることと同義だろう。


 そんなの、もちろん…。


「ありがたい話ですけど…、俺はコツコツやっていきたいので、推薦は結構です」


「きみならそう言うと思ったよ」


 俺はきっぱりと断る。


 するとフランツさんは細目のしわを厚くして、ニッコリと笑った。


「…さて。さしずめ、きみの本当の目的はこのメカトニカの残骸だと思うんだけど、あってるかい?」


「正解です。どうして分かったんですか?」


「新しく見積もっても古代の時代に作られた機械だ。修復は不可能だとしても、素材は貴重でしょ?」


「はい」


 その通りです。


「それに、この鉱山で採掘が禁じられていることを知らなかったんだ。目的は鉱石の採取ではなく、別にあった」


「はい」


 その通りです。


「にもかかわらず、トールは採掘に来たとごまかした。僕にそうやって嘘をついた以上、持ち物を確かめられたら一巻の終わり。よって、ピッケルを持っているということは推測できる」


「なるほど」


 その通りです。


 …としか、言いようがないな。


「ピッケルを持ってるけど採掘しに来たわけじゃない。ってことは、魔物の皮膚を削るために来たとしか考えられない。確かに、ロックリザードやロックゴーレムにピッケルを振るえば、効率よく鉱石系の素材が手に入る。採掘師としての能力は必須だけど」


「ですよね…」


 推理を披露するついでに、改めて見通しの甘さを指摘された。


 フランツさんが言う『採掘師としての能力』というのは、つまるところ採掘師という職業に就いているか否かという意味だ。


 プレイヤーが特定の職業を務めていると、その職業に応じた行動にプラス補正がかかる。


 が、別に対応した職業に就いていなくてもその行動はできる。


 分かりやすいのが調薬だな。俺は調薬師ではなく水魔法使いだが、道具と手先の器用さ、それと根気で薬を作れている。


 ただ、収穫や漁、採掘といった採取系の行動は個人の技量が介在する余地がほとんどないので、職業という肩書きによる恩恵が大きくなっているわけだ。


「でも、トールくんはメカトニカのことも話していた。そういえば、魔物以外にも採掘できそうなものがあったなって思って、ピーンときたのさ」


「そうだったんですね…。最初からお見通しだったと」


「ま、そういうことだね」


 フランツさんはあっけらかんに言う。


 やはり、王都北門で事の顛末を話したときから、俺の目的に気づいていたのか。


 それなら、普通は即逮捕で事情聴取ものだと思うが…。


「いやあ、街の外とはいえ、自分が管轄する方角で起こった事件には上もうるさいんだよ。騎士団長ってなにかと責任取らされるし」


「なるほど」


 騎士団長とはいえ、序列のしがらみがあるんだな。


「騎士団としても今回の件はなかったことにしたいから、ね?トールくんも今日のことは黙っておいてもらえると…」


「当然です。むしろ、ありがとうございました。協力して頂いて」


「いいのいいの!あの幽霊とメカトニカを放置してた僕たちの責任でもあるんだしさ」


 気の抜けたように見えて、目のつけどころが鋭い。


 軽薄そうに見えて、どこか情に厚い。


 フランツ・マクシードという人物は、良い意味でつかみどころのない存在といえる。


「よしっ、交渉成立!きみは今夜の件について口をつぐむ代わりに…」


 なんて思っていると、フランツさんの姿が一瞬にして消える。


 シャ……、キンッ!


 ガラガラ…ガラガラガラッ、ガラガラガランッ!


「…細切れにしたメカトニカの残骸を持って帰れる。いいかい、こんな落としどころで?」


「俺としては最高です!」


 彼は目にも止まらぬ斬撃で、機体を小さく切り刻んだ。


 これなら、アイテム扱いでインベントリにしまえるだろう。


 一個で装備重量が限界を迎えるから、何往復かする必要はあると思うが。


「じゃ、今日はお散歩お疲れさまでしたってことで。じゃあね~」


 そしてピュンッと、風を切る音。


 こちらが挨拶を返す間もなく、フランツさんは闇の中に溶けていったのであった。


 どこまでも自由だなあ。


「あ、そういえば…」


 どうして、ローズが[マカイコウタン]を使っちゃいけないのかの理由を聞いてなかった。



 ※※※



 あの後、アイテム化したメカトニカの残骸を収納し、無事王都の”工房”に戻ってきた。


 時刻は二十二時。


 もっと遅くなると思っていたが、フランツさんの助力でなんとかなったな。


「やあ。今日頼んだばっかりなのに、もうヨクナレ草と砂を集めてくれたんだ。ありがとう、トール」


 工房内には、フクキチの姿があった。


 手持無沙汰な様子だ。俺を待ってくれていたのだろうか。


「それだけじゃないぞ。メカトニカの残骸も持ってきた」


 それなら、朗報は早く届けた方がいい。


 第三の目標であった残骸の回収も完了したことを言うと、彼は目を輝かせて…。


「本当かい!?でも、よく採掘できたね。採掘ポイントじゃなくて魔物扱いになってた?」


「いや、直接採掘はできなかったから、細かく切断して持ってきたんだ」


「切断って、どうやって?」


「話せば長くなる。明日の朝会えないか」


 もちろん、[AnotherWorld]の中で、という意味だ。


 明日は土曜日だから、午前中からのログインも可能となる。早起きできれば。


「うん、時間があるから大丈夫だよ」


「じゃあ、そこで詳しく話す。今日はもう疲れた。ログアウトして寝るよ」


「わかった、突っ込んだことは聞かない。また明日ね」


「ああ、また明日」


 俺は挨拶もそこそこに、メニューをぱっぱと操作してログアウトするのだった。



 ※※※



 ふー、疲れた。


 俺は『チェリーギア』をサイドテーブルに置き、深呼吸しながら軽く腕を回す。


 面白すぎて、つい熱中してしまうな。


「金曜日だからといって、夜更かしのし過ぎはよくないよな」


 あらかじめ寝間着に着替えているので、このまま眠れる。


 俺はのそのそとかけ布団を持ち上げ、下半身を中へと潜り込ませる。


 すぐに[AnotherWorld]にはない、毛布の感触と暖かさが伝わってくる。


 これもまた、素晴らしいものだ。


「……」


 目を閉じ、リラックスして眠気を受け入れる。


 それにしても、今日は激動の一日だった。


 現実では学校の授業、そして[AnotherWorld]では採取と戦闘。


 どれも楽しかったが、特にフランツさんとの連携プレイが一番面白かった。


 明日も、これくらい充実した日になるといいな。


 そう思いつつ、俺はベッドの上で夢の中に誘われるのだった。

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