第四十一話『シークレット・エクソシズム』

[第四十一話] 『シークレット・エクソシズム』


「はっ!」


 死に戻りを経験させられた俺は、王都の中央広場で目覚める。


「……」


 確かに、棺の中は空っぽだった。


 それにあの赤紫色のもやは、幽霊でいいんだよな?


 混乱する頭の中でああだこうだ考えながら、俺の足は北の方角へ伸びる。


「……」


 中途半端に刺激された焦りと知識欲で、自然と早足になってしまう。


 だんだんと思考の海に沈んでいき、周りの喧騒が耳に入らなくなっていく。


 頭部を切断されたメカトニカに幽霊が宿り、『エンシェント・ゴースト・メカトニカ』に変化を遂げてしまった。


 これはまさしく、緊急依頼案件だ。


 他のプレイヤーかNPCにこのことがばれれば、タメルの支払いが発生するめんどくさい事態になりかねない…。


「やあ!」


「えっ!?」


 俺は素っ頓狂な声を上げて、真横にいたフランツ騎士団長の方に顔を向ける。


 無心で歩くうちに、いつの間にか騎士団の詰め所に着いていたようだ。


「街の方から来たということは、力尽きたのかい?なにかあった?」


 糸目の間から覗く灰色の瞳が、こちらを伺うようにじっと見ている。


 嘘は…、通用しそうにない。


「はい、実は…」


 俺は正直に、事の顛末を話した。


 いや、正直にっていうのは違うか。ポーション密造のために色々と動いているってところは隠しておく。


「つまり、なにかいいものが掘れないかと思ってメカトニカの広間を採掘しに行ったら、石室を見つけた、と」


「はい…」


「で、その中にある棺を開けたら、悪霊が出てきてメカトニカに憑依されちゃった、と」


「そういうことになります…」


 フランツさんが要約したことに対して、俺は大人しく首を縦に振るしかない。


 大昔に、いたずらをして父親から静かに怒られたときのことを思い出す。


「まずいねえ、実にまずいねえ…」


「まずい…、ですよね」


「いやね、この状況自体もまずいんだけど、きみもまずいんだよねえ…。あそこ、本来は落盤の危険性が高くて採掘禁止だから」


「あ、そうだったんですか…」


 それは初耳だ。だから、採取目的のプレイヤーがいなかったんだな。


 誰も教えてくれなかったが、もしかして周知の事実だったのか?


「きみ、このままだと捕まっちゃうかも…」


「お願いします。なんとかならないでしょうか!なんでもします!」


 『捕まる』というワードが出た途端、俺は腰を直角に曲げて許しを乞うた。


 捕まるのは嫌だ。


 たとえ相応の罰を受けた後でも、前科者になると街の出入りに必要な確認作業が厳しくなるし、各種ギルドの利用も制限されてしまう。


 しかも、おそらくNPCから向けられる心象が著しく悪くなる。仮想の世界とはいえ、人に疎まれるというのは避けたい。


 なんとか…!


 なんとかなりませんでしょうか!?


「身の振り方が正直すぎるね、きみは…」


「捕まりたくは、ありません」


「そうねえ、今このことを知っているのは僕ときみだけだからなかったことにできるんだけど、メカトニカがねえ…」


「はい…」


「トールくん、だっけ。きみレベルいくつ?」


「22です」


「よし、十分!囮くらいにはなるかな」


「囮、ですか?」


「うん。行こうっ!僕ときみで『エンシェント・ゴースト・メカトニカ』をぶっ壊しにね!」


「は、はい…」


 拒否権はない。


 囮にする予定の人を前にして、よくそんなに軽い気持ちで言えるなあと思いながら、俺はフランツさんについていくしかなかったのだった。



 ※※※



「まずは肩慣らし」


 速い!


 攻撃のスピードが段違いだ。


「っ!」


 注意深く観察していても剣筋が見えない。


 ここはランディール鉱山に向かう道中に当たる、ランディール荒野。


 立ち塞がるロックリザードとロックゴーレムたちを、フランツさんは淡々と切り刻んでいく。


「……」


 加勢しようにも、俺が魔法を唱えるよりも速くフランツさんが倒してしまう。


 なにもすることがない俺は、彼の戦いぶりをぼーっと眺めていた。


「トール、これくらいで驚いてちゃダメだよ?」


「…は、はい」


 重量のある甲冑を身につけていながら、走り出しの加速力、トップスピード、直剣を振るう速度が異次元だ。


 装備に特殊な効果があるのかもしれないが、同じく剣士であるライズも、突き詰めればこういう動きができるのだろう。


「着いたね」


 なんてことを考えながら数分後、俺たちは鉱山の中腹に空いた、鉱山の入口に到着した。


 のは、いいんだが…。


「聞こえるかい?」


「はい」


 ドシンッ、ドシンッ、ドシンッ。


 入口にいても分かる。


 内部で地鳴りのような、中ですごい暴れている音が響いている。


「ずいぶん活きがよさそうだね。復活でご機嫌なのかな?」


「うっ。…フランツ団長はご存じなんですか?あの幽霊の正体を」


「フランツでいいよ。……人から聞いた程度だけど、少し知ってる。古代よりもずっと昔、魔界代の頃に跋扈していた霊体らしい」


 魔界代?知らない単語だ。


 古代と同じように扱われているということは、現実における古生代や新生代のような、時代を表す言葉なのか。


 いや、それは後からでも調べられる。


 今大事なのは、霊体が憑依したメカトニカを倒せるかどうかということだ。


「フランツさんはあの幽霊を、俺と二人で倒せると思いますか?」


 恐る恐る聞いてみた俺の質問に、彼は…。


「正直に言うと、分からないね」


「分からない?」


「精神は魔界代の代物で、肉体は古代の合金でできた化け物。しかも、首が飛んだ状態でも動いているときた。もはや、どこを攻撃すればいいのか」


「ですよね…」


「ちなみに、なぜメカトニカの頭がないのかについては知っているかい?」


 こんな聞き方をしているが、フランツさんは俺のことを完全に疑っているだろう。


 観念して素直に話す。


「…なるほど。パーツを集めて復活させたはいいが、暴走したので仲間の奥義で倒した、と」


「はい。まあ、その友達は秘密主義なので、奥義の詳しいところまでは分からないんですが…」


「ちなみに、その奥義はどんなものなんだい?一撃で古代の機械を切断できる攻撃があるのなら、こちらにも勝機がある」


「はい、ローズが使った奥義は[マカイコウタン]…」


 NPCで、騎士団長という由緒ある役柄の人だ。ローズの個人情報(?)を話しても吹聴することはないだろう。


 そう思って、俺がローズの奥義の名前を出した瞬間…。


 フランツさんの細い目が、大きく見開かれる。


「ダメだ」


「はい?」


「二度と彼女にその奥義を使わせるな。二度とだ」


「…分かりました」


 今までのちゃらんぽらんな態度とは一転し、彼は真剣な面持ちを作って言う。


 わけが分からないが、素直に従うしかないな。


「理由は…、こいつを倒してから話そう」


 俺たちが話している間に、ぬうっと、大きく無機質な体がトンネルから出てきた。


 悪意を持った幽霊が操る鋼鉄の機械が、ついに荒野に進出してきてしまった!


「まずい…」


 頭部のない大きな機械はそれでも俺たちを認識しているのか、高速で腕を突き出してくる。


 ドガァァァァァァンンッ!


 と、鼓膜が破れるような荒野の硬い地面に腕が激突する。


「くうっ!!」


「すごいパワーだね」


 俺とフランツさんはそれぞれ、左右に跳ねて攻撃をかわした。


 鉱山内部より広いここなら、来ると分かっていれば十分に対応可能だ。


「とりあえず、僕が右足を攻撃する!トールは左足を頼む!」


「はいっ!」


 フランツさんの簡潔な指示に威勢よく答えた俺は急いでバランスを整え、その場で膝を突く。


 そのまま、肩幅の広さで構えているメカトニカの左足に向かって杖を構える。


「……」


 『エンシェント・ゴースト・メカトニカ』の実力は未知数だ。


 そもそも、『エンシェント・メカトニカ』すら裏技で倒したようなものだからな。


 巨体を活かした近接攻撃のみを使うのか、霊体に由来するポルターガイストやエクトプラズムといった絡め手を使ってくるのかも、全く分からない。 


 それに、フランツさんはこの世界の住人だ。


 俺と違って、命が一つしかない。


「……」


 だったら、せめて…。


 何度でも死に戻りできる俺が、囮としての役目を全うする!


「『アクア・アロー』、『アクア・アロー』、『アクア・アロー』!」


 ピシャッ、ビシャッビシャン!


 硬いものに流水が当たる非力な音とともに、三本の水の矢が丸太のごとき左足に衝突する。


 だが、まるで効いている様子がない。


「……!」


 メカトニカは右腕を地面にうずめたまま、左腕を使ったパンチを繰り出してきた。


「くっ!」


 次の攻撃へのスパンが短いっ!


 魔法を撃った後の硬直で、俺は攻撃をよけきれない。


 なので、顔の前で両腕をクロスし、せめてもの防御姿勢を取る。

 

 しかし、到底防ぎきれるとは思えない。


 一度食らったから分かる。やつの攻撃は、一人の人間の身には有り余るほど重すぎる。


「……」


 ここまでか。


 俺はメカトニカの拳を再び全身で味わい、死に戻りするのだった。


 ………。


 って、あれ?


「囮が力尽きちゃ、ダメじゃないか」


 フランツさんの一閃が、メカトニカの右膝に走り…。


 やつの右足が切断された。


 ドグシャアアアアアアッッッ!!


 一瞬遅れて、機械仕掛けの左腕が地面に衝突する。


「…ぐううっ!」 


 が、それは俺の目の前を占める地面を抉るだけだった。


 俺はちょうどいい高さに置いていた両腕を、飛んでくる土煙をガードするのに使う。


 どうやら、メカトニカがパンチを振り切る寸前にフランツさんが右足を切断したことで、踏ん張りがきかなくなってパンチの軌道がずれたみたいだ。


「……っ!」


 九死に一生を得て、俺は額の汗を拭う。


 あわや死ぬかと思ったが、フランツさんのおかげでやつの頭部と右足が欠損した。


 両腕は地面に埋まり、左足だけが自由な状態だ。


「休んでる暇はないよ!」


 すかさず、フランツさんの𠮟咤が飛んでくる。


 さらに、彼は空中を舞うようにジャンプすると、メカトニカの右腕が彼のいたところを薙ぎ払った。


「魔法を絶やさないで!」


「はい!『アクア・アロー』っ!」


 俺は四本目の矢を射出しながら、今の攻防で生じた疑問点に思いを馳せる。


 なぜ、やつは機械の体に効きもしない魔法を放つ、俺を攻撃するのだろう?


 俺のことを無視し、戦力として圧倒的に高いフランツさんを狙えばいいはずだ。


 だが、それをせずに、メカトニカは俺とフランツさんを平等に狙ってくる。


 それはなぜか。


 答えは…。


 ビシャンッ!!


「……!」


 メカトニカの頭部があるであろう位置に放った『アクア・アロー』を、やつは左腕を無理やり持ち上げてガードした。


「っ!?」


 分かった!


 霊体には俺の攻撃が通る、のか?


「どういうことだ!?メカトニカが防御体勢に入った?」


「ごめんなさい!フランツさん、囮になってください!」


「…それはまた急に、なんで?」


「俺の魔法は機体には通りませんが、霊体には通るようです!本来メカトニカの部位があった空間に魔法を当てれば、やつにダメージを与えられます!」


「……なるほど、だから囮と分かっていてもきみを攻撃していたんだね」


 俺がいきなり話し始めた仮説を、瞬時に理解してくれたフランツさん。


 魔法使いの俺が脅威だったんじゃない。


 魔法使いの俺と、容易に機体を切断できるフランツさんのセットが、メカトニカにとって脅威だったんだ!


 彼が無理やり作った弱点に、俺の魔法を注ぎこまれるから!


「なるべく派手に動く、よッ!」


 フランツさんは全身の筋肉と心肺のギアを上げ、残像すら残さずに消えた。


「ああああああああああああああああああああああっ!!」


 そんなことも露知らず、メカトニカの頭部(のあった部分)から恨めしそうな声が聞こえる。


 やつが嫌がっている証拠だ。


 これも推測でしかないが、実体を持たない幽霊相手には魔法がよく効くのだろうか。


「『アクア・アロー』『アクア・アロー』…」


 俺は弧を描くようにメカトニカの左側に回り込みながら、魔法を唱え続ける。


 二発は頭部に。


「……ッ!!」


 ビシャビシャッと、メカトニカの左腕で弾かれる。


 しかし、最後の一発は…。


「…『アクア・アロー』!」


 さっきまで、やつの右足があったところに!


「……!」


 今度は、右手で守ろうとするメカトニカ。


 ただ、なにか忘れてないか?


「連携ばっちり!」


 シャキンンンンッッ!!


 時代劇でよく聞く小気味のいい音とともに、メカトニカの右手首が両断される。


 俺が左に回り込んだのは、機体のない右足を狙いやすくするというためもあるが…。


 一番の理由は、フランツさんが右から接近しているのを悟らせないためだ! 


「あああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


 ビシャッと、乾いた地面に水の矢が着弾する。


 機体のあるはずだった右手の甲と右脛辺りを魔法が通過し、メカトニカは絶叫を上げた。


 同じ『あ』の連続なのに、今度は悲痛の叫び声に聞こえる。


「あああああっ……、あああ…!」


 しかし、やつも賢い。

 

 両腕で、おそらく致命傷となり得る頭部(のあった空間)を押さえて離さず、完全に防御の構えを取っている。


 が…。


「勝負あった、ねッ!!」


 シャキン、シャキンンンンッ!


 その両の腕を、無慈悲にもフランツさんが切り落とす。


「ッ!?」


「意外といけるもんだね、古代の鋼でも。…トール!ひと思いにやっちゃって!」


「はいっ!」


 明確な隙ができた。


 フランツさんのかけ声を合図に、俺は最大威力の魔法を放つ。


 それは、レベル20で覚えられる水魔法。


 その名も…。


「『アクア・ランス』」


「あ…、ああ…、ッ…ああああああああああああああっ!!!!!!」


 俺の杖から放たれた大きく太い水の槍が、『エンシェント・ゴースト・メカトニカ』の左肘、頭部、右二の腕の順に貫いていくのだった。

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