第四十話
[第四十話]
よし、晩ご飯を頂くとしよう。
本日の献立は、ピーマンの肉詰めだ。
ひき肉と刻んだタマネギをこねて作ったハンバーグの生地を、ヘタをくり抜いたピーマンに入れ込む。
入れ込む、入れ込む。ひたすら入れ込む。
その後、フライパンで豪快に焼く。
中まで火が通るように、中火でじっくりと。あんまり火入れが足りないと、肉の内部が生のままになってしまう。
ひき肉でレアなのはまずいので、俺は少し焦げてでもしっかり焼く派だ。
「これくらいだな」
充分焼き目がついて、いい匂いが漂ってきたら出来上がり。
お皿に盛って、市販のソースを少しかけて、ご飯と一緒にいただきます。
※※※
時刻は二十時半。再び[AnotherWorld]にログインした。
「お腹いっぱいだ…」
やはり、肉はおいしい。食べ過ぎは健康によくないが、たまの贅沢にガッツリ食べるのは幸せな気分になる。
さて、ゲームの話に戻ろう。
「ええと…」
晩ご飯前の攻略で、ヨクナレ草と砂の調達は終わった。
残るは、メカトニカの遺骸の発掘だな。
「となると、直線距離で言った方が速いな」
工房を出た俺は、まずは中央広場を目指す。
南の大通りの活気はすさまじいものだが、どの店に寄る時間もないので、むず痒い刺激として俺の中の好奇心がくすぐられるだけだった。
入口に吸い寄せられてしまうので、あんまり見ないようにしよう。
「相変わらず混んでるな」
五分ほどで着いたら、今度は北の大通りを進む。
ここもまた、煌々と明かりの灯った店舗が多い。
レストラン、雑貨屋、魔道具の販売店、薬屋(ポーションや丸薬を販売している店)などなど、どこもオシャレで魅力的だ。
決めた。まとまったお金が入ったら、絶対にお店巡りしてやるぞ。
「やっとだ…」
それから、さらに十分ほど歩くと北門が見えてくる。
外壁に密着する形で建てられた詰め所には、初対面の男性の騎士がいた。
「ふぁああ、こんばんは。夜にお出かけかい?」
開口一番、あくびである。
やる気のなさが滲み出てしまっているが、大丈夫なのだろうか。
「はい、少し夜の狩りに行こうかなと」
「そっか。それならロックリザードに気をつけてね。見たところ水魔法使いだろうし、心配は無用かもしれないけど」
だが、この人も中々にやりそうだ。
水属性魔法使いである俺を見ても偏見を持たず、的確なアドバイスをくれる。
まさかこの人も…。
「一応、自己紹介をしておくね。四門防衛隊北部の騎士団長、フランツ・マクシードだよ。よろしくね」
やっぱり騎士団長だった。
これは、俺の中で騎士団長=暇人説がほぼ完璧なものになってしまう。
いっそ、なんで検問なんかしているんだ?とでも聞いてみたいものだ。
「日中は訓練やらお偉いさんとのお話合いとかがあるけど、夕方から夜にかけては団長も暇だからねえ…。でもなにかしてなくちゃいけないから、こうして検問しているのさ」
なるほど。
というか、もうナチュラルに頭の中を読まれてるな。
「特に顔に出やすいねえ、きみは」
「そ、そうですか。…俺の名前はトールって言います。水魔法使いやってます」
これ以上、心を読まれるのは御免だ。
なので、俺は二言三言あることないことを話してから、北門を後にした。
※※※
適当に魔物を相手しつつ、めんどくさいときは走って逃げる。
これを繰り返して、なんとかメカトニカのある広間までやってきた。
俺はピッケルを装備して、崩落した壁際に横たわる胴体へ向かう。
「まさに処刑だな…」
昨日倒されたメカトニカは、見事に頭部が切断されていた。
魔界の住人というのは、一体どれほどの強さなのだろう?
発狂していたとはいえ、シズクさんをも一撃で倒すほどの実力。
そして死ぬ間際に見た、大きな鉤爪を持った獣のような姿。
「………」
頭を振り、思考を掻き消す。
やめよう。
おそらく、フォクシーヌに匹敵するほどの強さの魔物のことを考えるのは。
どうせ、ローズの[マカイコウタン]の影響下じゃないと出会えない相手だ。
勝てる勝てないを議論する意味は、多分ない。
「さ、仕事だ」
そんなことを考えていると、あっという間にメカトニカの胴体部分にたどり着いた。
俺は右手に握ったピッケルを振り上げ、そして下ろす。
ガキンッという鈍い音が、薄暗い空洞内に響き渡った。
「……」
続けて削る前に…。
俺はメニューを開き、インベントリを確認する。
無事、メカトニカの一部をアイテムとして入手…、できてない!
残骸から剥ぎ取った瓦礫はアイテム化しておらず、元の形状が分からない金属くずのような形で地面に散乱してしまった。
「あーあー、もったいない」
こうなるともはや、素材としての価値は限りなく低いはず。頑張って搔き集めても、二束三文の売値にしかならないと見た。
やはり、高レベルの採掘師じゃないと採取できないみたいだ。
多分、鉱床や大きな機体など、対象がなんであったとしても、ピッケルを振ることで入手するアイテムの採取には採掘師の職業ボーナスが必要なんだろうな。
まあ、薄々そんな気はしてたが。
「はあ…、骨折り損か」
俺は諦めて、ピッケルをしまう。
いくら大きいとはいえ、メカトニカの機体は有限だ。素人の俺が乱暴にピッケルを振るうより、腕利きの採掘師にお願いした方が有効活用できるだろう。
しょうがないから、フクキチにはポーションの売り上げを金策に当ててもらうとしよう。
緊急依頼の返済期限が間に合うかどうかは、知らない。
間に合わなかったら俺も一緒にギルドの人に謝って、別のことで埋め合わせをして許してもらおう。
そんな無責任なことを思いつつ、広間の入口に引き返す。
「…ん?」
すると、ふと、一つの閃きが頭をよぎった。
そういえば、メカトニカはパーツが欠損していて故障していたが、それは誰の手によって壊されたのだろう。
掘削作業が中断されていたとメカトニカが言っていたので、古代の採掘師が壊したってことも考えづらい。
じゃあ…、誰がメカトニカを壊したんだ?
「……」
俺は振り返り、やつが掘ろうとしていた壁を見てみる。
メカトニカが起動して、手始めに掘り始めたのがあそこの辺りだが…。
もしかして、あの先になにかあるのか?
「…っ!」
俺は生唾を飲み込んで、しまっていたピッケルを握り直す。
あの機械が掘っていた地点にたどり着くと、ゆっくりとピッケルを持ち上げ…。
「ふう…」
と一息吐く。
「はああああああっっ!」
そして、思いっきり振り下ろす。
ガアアアンッッ!!
なにか、硬いものに当たって砕けた音がする。
ん?
鉱石にしては音が軽いような…。
「なんだ、これ?」
現れたのは、石室だった。
どうやらメカトニカが広場の壁を削っていたため、石室との距離が近くなり、俺の一撃で石室側の壁をぶち抜いたようだ。
だから、手応えが半端によかったんだな。
「うーん…」
中は真っ暗だった。ただ、広さがそこまでないので、松明があれば問題ない。
石室の壁の表面には意味不明な紋様がびっしりと描かれており、部屋の中央には古めかしい石棺が置かれている。
これはもしかして…、ミイラの墓というやつか?
リアルの画面越しで見たことのあるツタンカーメンの墓は、大体こんな感じだった。
[AnotherWorld]の世界の歴史背景は調べていないからなんとも言えないが、古代のやんごとなき人を祀っていたのだろうか?
「いや、鉱山に墓というのはちぐはぐすぎるか」
怖いものは嫌いではない。むしろ、未知のものに出会って好奇心が掻き立てられる方だ。
あの棺の中にはなにが収められているのか?
本当にミイラなのか、それとも財宝か。
気になって仕方がなくなってきた。
「……っ」
俺はお試し気分で、石室に足を踏み入れてみる。
たちまち、淀んだ空気が体にまとわりつく。
まあ、触角がないから正確には分からないんだが、前に進むのに抵抗がある感覚がする。
長年密閉されていたせいだろうか。
「…!」
じりじりと警戒しつつ歩き、やがて棺の前にたどり着く。
棺にも、壁と同じような模様が綴られていた。
ラーメンを食べる丼に書いてよく書いてある、卍という字の枝が何回も直角に折れ曲がったマーク、アルファベットのXに見えなくもないマーク、人間を象ったとも受け取れる象形文字のようなもの、などなど。
[AnotherWorld]はめちゃくちゃ作り込まれてるからな。現実世界の言語体系に属さない、独自の言語を開発して導入したという可能性も大いにあり得る。
大変興味深いが、解読は後回しだ。
「…っ」
鬼が出るか蛇が出るか。はたまたドッキリか。
俺は念のため、白い巻貝の杖を構える。
そして棺の縁に手をかけ、ゆっくりと蓋を開けると…。
「あああああああああああああああああ!!!」
「っ!!」
大きな金切り声が轟き、俺は耳を塞いでしまう。
同時に、赤紫色をしたもやが棺の中からあふれ出す。
もしかしてこれは…、幽霊か!?
「…あああああああああああああああっ!!!!」
もやから発せられる明るい光に松明の炎が反射し、室内が妖しく照らされる。
俺が呆気に取られている間に幽霊は石室を出ていき、視界から見えなくなった。
やばい。
俺また、なにかした気がする!
「嫌な予感しかしない…!」
急いで石室を出ると、そこには…。
「……」
赤紫のオーラに包まれながら、ゆっくりと立ち上がる、頭部のないメカトニカの姿があった。
「は、ははは…」
もはや、渇いた笑いしか出ない。
違った。
誰かが幽霊だった人物を祀り、メカトニカを壊したのではない。
メカトニカがこの幽霊に乗っ取られそうだったから、古代の人々が幽霊を封印し、パーツを抜いてゴーレムに隠したんだ。
そう、思い至った刹那…。
以前のメカトニカとは比べ物にならないくらい、俊敏な一撃が飛んできた。
「えっ───」
俺は『エンシェント・ゴースト・メカトニカ」のパンチをその身に受けて、文字通り全身を粉々にされたのだった。
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