第三十九話
[第三十九話]
俺はアヤカシ湿原を出て平原に入った後、王都には戻らずにガルアリンデ平原の東部へ向かった。
その方が時間的効率がいいからな。
「こういうときに火属性魔法があると便利そうだが…」
昨日、火属性魔法使いのナギさんと出会ったが、彼女が魔法を使う場面はなかった。
もっとも、酸素が薄く、可燃性ガスが充満するおそれのある鉱山内では使用が憚られるし、[フシチョウノス]で手一杯だったのもある。
魔法使いが二つ目の属性を覚えるのは至難の業らしいが、面白そうだからどんな魔法があるのか見てみたかった。
今度会ったらお願いしてみようか。
「早くも成長を感じる…」
街の外壁から拝借した松明を片手に、夜の平原をトコトコと歩いていく。
アヤカシ湿原でのレベリングと鉱山でのパーティプレイで、キャラクターレベルも職業レベルもかなり上がっている。
もはや、ここら辺の魔物は相手にならない。
ちょっかいをかけてくるファングウルフも、たかってくるキャンユーフライも、いたずら心で突っついてこようとするシャドウレイヴンも、『アクア・ボール』一発で倒せる。
特に魔物に苦労することもなく…。
「あっ」
という間に王都東のフィールド、ココデ海岸に到着した。
「おお…」
[AnotherWorld]で始めて見た海に、感心のため息が漏れる。
このココデ海岸には遠浅の砂浜が南北に広がっており、貝やヤドカリといった種類の魔物が出現する。
また、砂浜と草地の境界線にはココデマツという松が何本も生えており、松林がフィールドの境界線になっているようだ。
海岸側でヤシヤドカリのヘイトを買ってから松林を越えて平原側に移動すると、見事にパッシブ化したことからも、このことは間違いなさそう。
「いや、こんなことしている暇はないな」
変なことを試した後。
俺は再び砂浜に移動して、一人黙々と砂を採取する。
スコップで砂を掘ると、時折アサリやハマグリといった貝類が採取できた。
〇アイテム:ココデアサリ 効果:睡眠回復:微
王都東のフィールド、ココデ海岸でとれるアサリ。睡眠を回復する効果がある。お味噌汁にするとおいしい。
〇アイテム:ココデハマグリ 効果:麻痺回復:微
王都東のフィールド、ココデ海岸でとれるハマグリ。麻痺を回復する効果がある。バター焼きがおいしい。
…どちらも最後の一文は、テキストを考えた人がリアルで思っていることだろ、と突っ込んでおく。
しかし、アサリもハマグリも回復効果が優秀に見える。
今度、調薬で使ってみよう。
そういえば、どれくらいの量を採取すればいいのだろうか。
とりあえず砂を掘り続けていると…。
「シャアアアアアアッッ!」
背中にヤシの木を背負ったバカでかいヤドカリの見た目をした魔物、ヤシヤドカリが俺の方を見て威嚇していた。
まずい。無心で穴を掘り続けていたせいで、接近を許してしまった。
「シャッ!!」
「ほっ」
あぶなっ。
俺はやつの鋏を避けつつ、松林の中に移動する。
「シャアアッ!?」
ココデマツの木々の中に身を潜めると、ヤシヤドカリが俺のことを見失った。
見たか。
これが俺の作戦、『松林の近くで砂採取』作戦だ。
たとえ作業中に魔物に気づかれたとしても、松林に逃げ込んでしまえばパッシブ化するので戦闘にならない。
ふっ、我ながら上手く考えたものよ。
「…よし、これくらいでいいか」
スコップで穴を掘って砂をアイテム化し、魔物が寄ってきたら松林に逃げ込んでやり過ごすこと、数十分。
かなりの量を採取できたので、俺は砂を採取するのをやめ、松林に戻った。
「現実なら筋肉痛ものだな…」
そしてスコップからハチェットに持ち替え、木こりを開始した。
「………」
かこーん、かこーん、かこーん。
夜の砂浜に、木を伐採する音が響く。
本当は砂浜特有のさざなみの音もするんだろうが、ハチェットを木に打ち付ける音がうるさく、ろくに聞こえないのが悲しい。
「………」
これも、何本くらい採ればいいのだろうか?
疑問に思いつつ、俺はとりあえず五十本くらい採集しておいた。
「今日の採取はこれくらいかな」
ハチェットをインベントリにしまい、ココデ海岸を後にする。
夜も更けてくる。本格的な探索は次の機会だ。
「海水浴は、易々とはさせてもらえないだろうな」
きっと海の中にも、魔物がひしめいていることだろう。
水中は水属性魔法使いの独壇場だが、呼吸の問題もある。装備か、便利な水魔法を覚えるまでお預けだな。
そんなことを考えながらトコトコ歩き、平原東部を王都に向かって戻る。
「ふう」
目立ったことは起こらず、十分ほど歩いて王都東門に到着した。
王都→ガルアリンデ平原南部→アヤカシ湿原→平原東部→ココデ海岸→平原東部→王都というルートで、採取ツアーが完了した形だ。
「こんばんは」
東門の門をくぐると、勝気そうな女性騎士が応対してくれた。
「やあ、見ない顔だね!南部か北部で狩りして、こっちに帰ってきたのかい?」
「そうです。水魔法使いのトールって言います。よろしくお願いします」
「水魔法使いで新人…。となると、あの緊急依頼で活躍したトールだね!噂はこっちまで轟いてるよ!シズクのやつが来るまでハエの群れを引きつけておいて、さらには巣まで見つけていたそうじゃないか!」
そんな感じで噂が広まっていたのか。
いや、事実は事実だが、美化された形で人に伝わるのは本意じゃないな。
「いやあ、そんな大したことはしてないですよ。ほとんど魔物を倒せませんでしたし」
「魔物を倒すだけが貢献じゃないよ!特に緊急依頼のときはね!……おっと、自己紹介が遅れたね。私の名前はミューン!ミューン・デラヘルトだよ!よろしくね!トール!」
ミューンさんね、覚えておこう。
新参者の俺に対してフランクでありながら、常に一定の距離を保ち、下手人でないかを警戒している。
この人、中々にできるな。
「ちなみに、四門防衛隊東部の騎士団長もやってるよ!悪いことするんじゃないよ、とっちめてやるからね!」
ほらやっぱり。
マルゲイさんといい、なんでこう俺の周りに騎士団長が出てくるんだろうか。
それとも、騎士団長という職が暇なのか?
「気をつけておきます。ありがとうございました」
俺は無難に感謝の意を述べて、東門を通過した。
それから、せっかく集めたアイテムをロストしてはいけないので、一度”秘密の工房”に戻る。
「ただいま…、いない」
石段を下って扉を開けると、フクキチの姿はなかった。
時刻は十九時半だし、ログアウトしたのだろうか?
彼の知り合いでここの管理者だろう、イケてるおじいさんもいない。
「まあ、いいか」
わざわざ連絡するほどのことじゃないし、進捗の報告はいつでもできる。
俺もお腹が空いてきたから、一度ログアウトして晩ご飯にしよう。
そうと決まれば、俺はおそらくアイテムボックスらしき、扉脇にある大きなチェストの前に移動する。
「おお…」
今度は、便利な機能を持つ家具に驚く。
チェストは予想通り、アイテムを収納できるボックスであるアイテムボックスだった。そのまんまだな。
アイテムボックスは物にもよるが、メニューにあるインベントリの数倍の量を収めることができる。
なのでとりあえず、今回の探索で入手したアイテムを全てぶち込んでおく。
これで、ナオレ草、アヤカシ葦、イッタンモメン、ネムレ草、ヨクナレ草、ココデ海岸の砂、ココデマツがロストの危険から免れた。
「倉庫代わりにできて便利だな」
[AnotherWorld]では、家具は家の中にしか置くことができない。
というか現実世界と同じく、屋外に置くこともできるが劣化が早まるし、安全が保障されていないのでそもそも誰もやろうとしない。
これはアイテムボックスの場合も同様だから、収納が欲しいのなら家か部屋が要る。
やっぱり、自分の住まいが欲しくなってきたぞ。
「こうやって、安全にログアウトできるしな」
俺は、あとやり残したことはないかとメニューを確認し、夢のマイホームに思いを馳せながらログアウトするのだった。
流石に、遊び始めて一週間ちょっとで住まいは早すぎるか。
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