第三十四話 『エンシェント・エマージェンシー』前編
[第三十四話] 『エンシェント・エマージェンシー』前編
時は進み、四月十一日木曜日の放課後。時刻は十六時。
ついにこのときがやってきた。
『エンシェント・メカトニカ』の復活のときが。
[AnotherWorld]にログインした俺は早速、中央広場へと急ぐ。
今日はライズたちと鉱山に向かう前に、中央広場に集合する手はずになっている。
「ショートカットも、問題ないな」
腰の試験管ホルダーには、ヨクナレ草から煎じた体力回復ポーションを五本、セットしてある。
肝心の回復量の検証は済んでいないが、万が一の体力回復もこれで安心だろう。
噴水に到着すると、既に他の四人は集まっていた。
「おう、トール!ちょっと遅いんじゃねえか?」
剣士のライズ。
「まあまあ、ライズも今さっき来たところじゃない。……今日はよろしく、トール!」
商人のフクキチ。
「ごきげんよう、トール。死に戻りする覚悟はできましてよ?」
槍使いで魔物使いのローズ。(死に戻りって、やっぱりひどい体験をさせられるんじゃ…)
そして…。
「こんにちは、トール」
同じく水魔法使いのシズクさん。
「これで全員揃った。今日は、この五人でランディール鉱山を攻略する。…えい、えい、おー」
「おー!」「おー!」「おー!ですわ」「おー?」
皆、やる気は十分。今日はなんだかいけそうだ。
これはフラグじゃなきゃいいんだが。
※※※
「お行きなさい、ウルファン!」
「グラウゥゥゥッ!」
小慣れた様にローズが指示を出す。
するとウルファンと呼ばれた従魔のファングウルフが、壁面に張り付いているアイアンリザードに飛びかかる。
「キルルッルルアアッ!?」
変な叫び声を上げながら、リザードが怯んでひっくり返りながら地面に落ちる。
硬い皮に噛みついたのでダメージはないだろうが、このフィールドに存在しないはずの魔物に襲われたので、仰天しているのだろう。
その隙にライズが距離を詰め、スキルを発動する。
「はああああっ!『スラッシュ』!」
弱点部位である、柔らかい腹を狙った一閃が見事にヒット。
アイアンリザードはうめき声を上げて倒れ、アイテムを残した。
「見事な連携。これなら、四人でも楽々狩れる」
シズクさんの太鼓判をもらう。
まずは腕試しといった感じで、鉱山の浅いところで狩りをしている。
「『あの作戦』も通用すると思う」
表情が分かりづらいが、彼女はおそらく自信満々に言った。
『あの作戦』というのは、披露するときのお楽しみだ。
「『アクア・ボール』」
「『スタンプ』」
こんな調子でアイアンゴーレムとアイアンリザードを倒しながら、進むこと数十分。
俺たちはついに、壊れたメカトニカの鎮座する広間まで到着した。
「ここからが本番。気を引き締めて」
「はいっ!」「はい!」「はいですわ」「はい」
シズクさんの注意に、口々に了解の合図を示す一年生組。
「行こう」
俺たちは五つある深部への入口のうち、一番左側の通路に向けて足を進めた。
※※※
「ピピピピピピピピピッ!」
「きましたっ!先輩!」
カナリアスケルトンに見つかったときの音が鳴り、再前衛のライズがシズクさんに知らせる。
今こそ、『あの作戦』だ。
「了解。奥義[タイカイノシズク]」
彼女が奥義を発動した。
瞬間、杖から迸る激流が、俺たちもろとも魔物の群れを押し流す。
「すげー!」
ライズが目を輝かせる。
狭い廃坑内の通路に、鉄砲水のように水が奥へ奥へと流れていく。
だが、俺たちはそれを利用する。
激流に対して変に逆らおうとはせず、むしろ自ら流れに乗って奥へ奥へと流されていく。
「上手くいきそうだな」
手に持った杖を話さないように強く握りながら、俺は思わずしたり顔になる。
荒野でも鉱山の道中でも、シズクさんは戦闘に参加せず、連携して戦う俺たちを後ろから見ているだけだった。
それはなぜか。
答えは、奥義を撃つための魔力を温存する必要があったからだ。
この『ウォータースライダー作戦』を使えば、魔物の群れと相対することなく深部を進めるのではないか。
こう提案したのは、フクキチだった。
「きんもちいいなああ!これ!!」
ライズが意気揚々とはしゃいでいる。
「名案ですわ!魔物だけがダメージを受ける激流に乗って、奥に行こうですなんて!」
「センチピードのときにハエだけが一掃されて、僕たちがノーダメージで流されたのを見て思いついたんだ!ひゃっほう!」
ローズもフクキチも浮かれている。
しかし、俺も相当楽しい。
深部の通路は曲がりくねっているものの、一本道らしい。
さながら、リアルのウォータースライダー。
壁に打ちつけられないように、重心を移動させて体の位置を調整するだけでよさそうだ。
「でもこの流れ、一体いつまで続くんだ!?」
水を口に入れながら、ライズが当然の疑問を口にする。
「それはね…」
フクキチが答える。
と同時に、ふと、俺たちの体を包んでいた流れが瞬時に消える。
慣性でけがをしないよう、俺たちは思い思いに受け身を取って着地する。
「…ゴーレムと接敵したときだよ」
通路の行き止まり。
そこにいたのは、『エンシェント・シールド・ゴーレム』と同じような大きさのゴーレムだった。
だが、手には盾の代わりに大きな剣が握られている。
さしずめ、『エンシェント・ソード・ゴーレム』といったところだろうか。
「フクキチはメカトニカ自身じゃなくて、このゴーレムたちが奥義を無力化していると考えたんだな」
前を睨みつつ、答え合わせを願う子どものように、俺はフクキチに質問する。
俺たちがダイナミックに到着したせいで、起動したようだ。
「……」
ゴーレムは剣を地面に突き刺し、支えにしてゆっくりと立ち上がった。
「うん。機体が壊れているのなら、メカトニカに無力化する効果はないのかな、と思っただけだよ。そうじゃなかったら、僕たちは激流でこのゴーレムにぶつかって死に戻りしてたから、分の悪い賭けではあったけどね」
なるほど、やっぱりフクキチは頭が冴えるな。
彼はここの攻略に当たり、鉱山とメカトニカに関する文献や資料を調べてくれただけでなく、得られた情報を基に『ウォータースライダー作戦』やゴーレムとの戦い方まで考えてくれた。
ひょっとすると、魔法使いの俺より賢いんじゃないだろうか。
「くるぞっ!」
ゴーレムが両手に持つ剣を真上に構える。
そのまま、振り下ろすつもりだ。
「よけろっ!」
ライズのかけ声とともに、全員が回避行動を取る。
刃渡り五メートルはあろうかという刃が、右の空を切り裂くブウンッという音が聞こえる。
「…それで、この機械人形を倒す妙案はありますの!?」
剣が地面に叩きつけられ、轟音とともに土砂が跳ねる。
それを両腕で防ぎながら、ローズが大声で質問する。
「ないよっ!四人でがんばろう!『スタンプ』ッ!」
そう言って、フクキチが振り下ろした剣に向かって槌を振り下ろした。
「……ッ!」
刃が地面に深く食い込んだせいで、ゴーレムは剣を抜くのに手間取っている。
ナイス。
「今だ!今のうちにありったけの攻撃を!!!」
「おうっ!『スティング』『スティング』『スティング』ッ!!!」
「『アクア・アロー』『アクア・アロー』『アクア・ボール』!!」
「行きなさいっウルファンっ!『スティング』っ!ですわ!!」
ライズの突き攻撃を三発腰に受け、俺は低くなった頭に魔法を放つ。
そしてさらに、ダメ押しの従魔による攻撃とローズの突き。
「………」
急所に何発もの攻撃を受けた『エンシェント・ソード・ゴーレム』。
太く短い手足の力がふっと抜けたかと思うと、ガラガラと大きな音を立てて崩れ落ち、完全に沈黙するのだった。
※※※
「この『ウォータースライダー作戦』の悪いところって、大広間に帰るときに魔物がリポップしていたら最悪ってところだったんだけど…」
あれから少し時間が飛んで、約十分後。
俺たちは揃いも揃って、王都の中央広場でぐったりとしていた。
「見事にリポップしていたな」
ライズが後を続ける。
あの後俺たちは、『エンシェント・ソード・ゴーレム』を倒した後の帰り道に、リポップしたカナリアスケルトンに見つかって死に戻りしたのであった。
「気づけなかった。カナリアの湧きがあんなにも早かったとは…」
俺は、作戦立案をフクキチに任せきりにしていたことを反省する。
『ウォータースライダー作戦』の致命的な欠点は、復路にあった。
メカトニカのある広場に戻るときは、[タイカイノシズク]を打ち消してくれるゴーレムがいないため、使うにはリスクが高すぎるというわけだ。
「一体倒してパーツが手に入ったとはいえ、これをあと四回繰り返さなければならないのですわ?」
またもや魔物に襲われてデスしたローズは、落ち込んでいる。
日本語がおかしいし、よほど大群に引き潰されたのがトラウマなのだろう。
その気持ちはすごく分かる。
アイアンリザードはまあいいとして、アイアンゴーレムが通路を埋め尽くして鉄の壁のごとく迫ってくるのは、誰だってトラウマになる。
「戦力は足りてる。でも、処理しきれない量の魔物は大変」
シズクさんも困っているようだ。
[タイカイノシズク]は魔力消費が激しく、そうそう連発できるものではない。
かといって、数十、下手したら三桁はくだらない量の魔物を一体一体、通常の魔法で倒すというのも現実的じゃない。
「ここまできたら見てみたいが…」
メカトニカの起動に必要な残りのパーツは、四個。
『ウォータースライダー作戦』を使えばショートカットが可能だが、ほぼ確実に帰りに死に戻りする。
時間はあるが、タメルとアイテムのロストがきつい。
ここは一度解散して、判明した情報を活かして新たに攻め方を考えるか?
「や、きみって透くんだよね!」
どうしようかと悩んでいた俺たち五人の背中に、投げかけられた声があった。
「周りの三人はお友達かな?どうした、たそがれて?死に戻りでもした?」
まさか、この声は。
「あれ?…や~だっ、本当にそうなの!?ごめんごめん!」
俺の肩をバンバン叩きながら、あすか先輩が颯爽と現れたのだった。
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