第三十五話 『エンシェント・エマージェンシー』後編
[第三十五話] 『エンシェント・エマージェンシー』後編
アイボリーのセミロングヘアに、紅葉のごとき真っ赤なジャンパー。内にはマスタードのシャツ、下は黒と白のチェック柄のミニスカートを纏った、全身派手派手人間。
間違いない、神薙あすか先輩だ。
「あすか先輩!?どうしてここに?」
「後輩のピンチに駆けつけてきたんだよ!…って言えればかっこいいんだけど、ほんとは違うから正直に言うね~!シズクに頼まれてやってきました~!」
「その通り」
まさかこの場にいると思わず、大げさに驚いた俺にあすか先輩は簡潔に教えてくれた。
そして、隣ではシズクさんが腰に手を当てて胸を張っている。
なるほど。
シズクさんは、帰りに『ウォータースライダー作戦』の欠点を見越していて、あすかさんを呼んだのか。
「あの、そちらのあすか先輩?という方は…?」
「ああ、こちらは読書部の先輩で…」
「透く~ん。ここでリアルの話はなしよ!」
す、すいません。
やらかした俺を叱るように、シズクさんのように腰に手を当て、胸を張るナギさん。
やっぱり、あすか先輩は頼りになるな。
「ごきげんよう。私は火属性魔法使いのナギで~す!一応、皆の先輩ってことになるのかな?」
「剣士のライズです!」
「商人のフクキチです」
「魔物使いのローズですわ」
「水魔法使いをやってるトールです」
とりあえず、俺たちはそれぞれ自己紹介をする。
厳密に言えば俺は初対面ではないが、職業とプレイヤーネームは知らないので伝えた方がいいだろう。
「んじゃ、さっそく戻りましょうか、ランディール鉱山に!」
「あらためて、がんばろう」
やっぱりそうか。
シズクさんはなんとしても、今日中に攻略するつもりだな。俺たちと一緒に。
「でも、俺たちさっきコテンパンにやられてきたばっかりですよ?なにか対策を考えた方がいいんじゃないですか?」
「そんな心配しなくても、だ~いじょうぶ!あっちで私の奥義を使えば、もうここに戻ってこなくていいんだから!」
「ナギがいれば百人力」
ライズが懸念点を申し出ると、ナギさんは力強く大丈夫だと言った。
奥義?
「ナギ様も奥義を持ってらっしゃるんですか!?」
「いかにも!けど、種明かしは現地で、だよ!!」
ナギさんの奥義とは一体、なんなのだろう。
俺たち四人は首をかしげながら、シズクさんとナギさんと一緒にランディール荒野に向かって進むのだった。
※※※
俺たちは数十分かけて、ランディール鉱山にあるメカトニカの広間に戻ってきた。
「ありがとう、ナギ」
「この借りは、後で薬でもちょうだいな♪」
(私たちのためにここまで来てくれて、)ありがとう。
そういう意図が込められたであろうシズクさんの感謝の言葉に、ナギさんはおどけて返してみせる。
お礼を言われると、照れてしまうのがあすか先輩の魅力的なポイントだ。
「それじゃあ、始めますか!…奥義[フシチョウノス]」
変にもったいぶらず、ナギさんが奥義を宣言して杖をかざす。
すると、暖かな空気が広がるとともに、オレンジ色のオーラが周囲を包み始める。
「なんですか、これは?」
一定の空間上に働く、バフのようなものか?
俺は質問してみる。
しかし、彼女は顔をこちらに向けず、声も発さない。
「ナギの奥義の代償。彼女は一言も話せないし、動くこともできない」
えっ?それじゃあ…。
「魔物にやられたい放題、って言いたいのかもしれないけど、大丈夫。その理由こそが彼女の奥義の真骨頂」
いつものように俺の心の家を読んだシズクさんが、先回りして答えてくれる。
真骨頂?どういうことだ?
「フィールド上の任意の地点に、安全でリスポーン可能な地点を生成することができる。それこそが、奥義[フシチョウノス]の効果」
「なんですか、それ!使いようによっては化けますよ!」
種明かしを聞いて、フクキチが驚きの声を上げる。
「でも、制約は多い。さっき言ったことに加えて、発動中は魔力が減り続ける。さらに自己、他者による回復が不可なので、時間が経過すると気絶してしまう」
魔力が枯渇すると『気絶』という状態異常に陥り、一定時間、プレイヤーはキャラクターを操作不能になる。
魔物がうろつくフィールドで『気絶』すると死に戻り確定なので、街の外で使うのは仲間の協力が必須ということになるか。
「話してる暇はない。こうしている間も彼女の魔力は減り続けている。だから四人には今から…」
だから、もったいぶらずにスラスラ話してたんだな。
俺は一人納得する。
でもこれって、話の流れからして…。
「ゾンビアタックをしてもらう」
そうですよね、やっぱり。
集めたパーツは二つ。残りは四つ。
少なくとも、あと四回はゾンビアタックをする必要があるということだ。
「ですわよね、やっぱり…」
俺の心情と共鳴して、ローズが悲痛な声を出すのであった。
※※※
「ひゃっほーい!」
行きはよいよい。
ウォータースライダーでひとっとび。
その後、最奥でゴーレムと対峙して…。
「今度はハンマー持ちか!」
「一撃の隙が大きいはず。……今だ!皆よけて!」
「『アクア・ボール』!」
「ナイス転ばしですわ!!行きなさい、ウルファン!『スティング』!」
「装甲の隙間を狙って!『スタンプ』!『スタンプ』ッ!!『スタンプ』!!!」
「『アクア・アロー』!」
「『スラッシュ』、『スティング』!」
タコ殴りで『エンシェント・ハンマー・ゴーレム』を倒して、メカトニカのパーツをゲットしたら…。
「ピピピピピピピピピピピピッ!!」
「こっちにいたぞ!」
「群れに飛び込め、死に戻りした方がはやい!」
「うおおおおおおっ、ですわ!」
「痛みに負けるな!」
帰りは恐い。
カナリアスケルトンがけしかけてきた魔物の群れにタコ殴りにされ、新たにリスポーン地点に設定された広場へと死に戻りする。
これの繰り返しを、計四回行った。
説明すると単調な文章の連続になるので、省かせて頂く。
多くは語りたくないが、本当のゾンビ(?)の気持ちを体感させられる経験だった。
「お疲れさま」
[タイカイノシズク]で広場から俺たちを射出してくれた、シズクさんが労ってくれる。
が、彼女も奥義を五回発動させている。相当疲れているだろう。
「はあ、はあ、はあ…」
「はあ、ですわ。はあ、ですわ。はあ、ですわ…」
「ひい、ふう、ふう…」
激流によるウォータースライダーに、ゴーレムとの戦闘。そして、望まぬ死に戻り。
俺、ローズ、フクキチの三人はすっかり、精神的にも身体的にも疲れてしまった。
「なんだ、皆まだ滑り足りなかったのか!俺はめちゃくちゃ楽しかったぜ!」
ただ一人、死への恐怖がないのか、鈍感なのか分からないが、ライズだけはケロッとしていた。
どうして?
なにが彼をエネルギッシュにしているのだろうか、ぜひとも知りたいところだ。
「はあ、はあ。…これで、メカトニカを起動させられるわね、シズク」
ナギさんが喋った途端、[フシチョウノス]が解除され、周りのオーラがすっと消えた。
これで、リスポーン地点の設定が終了したんだな。もう死なないようにしないといけない。
「うん、ナギもありがとう。…それじゃあこれから、全てのパーツをはめ、『エンシェント・メカトニカ』を起動させる。準備はいい、皆?」
「ええ」
「はい」
「はいよ!」
「うん、ですわ」
「大丈夫です」
リーダーのシズクさんが音頭を取り、ナギさん、俺、ライズ、ローズ、フクキチが力強い返事をする。
皆疲弊したが、メカトニカ復活に必要なパーツは揃った。
これから更に激しい戦闘が予想されるが、この六人ならきっと勝てる。
「瞬き厳禁」
カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ。
シズクさんの震える手により、六つのパーツがメカトニカの所定の部位に装着された。
すると…。
ブウウウウウンッ!
ブレーカーが上がって、電源が復旧したような音が鳴る。
「なんだっ!?」
「コチラ、メカトニカ、メカトニカ。キドウカンリョウ」
さらに、なんとも聞き取りづらい機械音じみた音声が響き渡った。
「おおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!」
瞬間、シズクさんが今まで聞いたことのないような声を上げる。
え?
「ふぉおおおおおおお!!!」
全長十メートルはあろうかという巨体を持ち上げ、メカトニカがゆっくりと立ち上がると、シズクさんが完全に壊れた。
鼻血を上げながら目をかっぴろげ、白目の部分は赤く充血している。
参った。普段は落ち着いていてクールな彼女の性癖が、こんなにひどいなんて。
「お姉さま…」
「「「………」」」
姉妹ということもあって知っていたのか、ローズは呆れた顔をしているが、他の三人は絶句している。
もちろん、俺も絶句している。
「チュウダンサレテイタサイクツサギョウヲサイカイシマス。フリソソグドシャニゴチュウイクダサイ」
「いややああああああああんっっ!!!」
メカトニカが注意喚起を始めると同時に、シズクさんが発狂してしまう。
なぜだかよく分からないが、その反応はとてもまずい気がするのでやめてほしいのですが…。
「ん?」
ここで、俺は気づいてしまった。
チュウダンサレテイタサイクツサギョウヲサイカイシマス。フリソソグドシャニゴチュウイクダサイ…。
採掘作業を再開します。降り注ぐ土砂にご注意ください…!?
まずい!
ここにいたら、土砂に潰されて全滅するぞ!!
「ローズッ!今すぐ皆を引っ張って外に…」
「トール、選ぶのですわ!…メカトニカに殺されるか、私に殺されるか!」
俺はシズクさんの奇行を見て放心している三人を差し置いて、ローズに頼もうと思った。
思ったんだが、今なんて言った?
「変なこと言ってないで…」
「お姉さまがああなったら、元に戻るのに時間がかかります!それに、どうせ四人も運びきれないですわ!どっちにいたしますの!?」
圧倒的な気迫に気圧され、俺の口が止まる。
まさかこの機に乗じて、今ここでよく分からないものを『体験』させようってのか!
「フリソソグドシャニゴチュウイクダサイ、フリソソグドシャニゴチュウイクダサイ…」
そうこうしているうちに、メカトニカが腕を振り上げる。
そして、ガリガリと広間の壁を削り始めた。
古代の機械とはいえ、ずいぶんと原始的なやり方で掘っていくんだな…。
「きゃあああああっ!!かっこいいいいっ!!!」
その様子に狂喜乱舞するシズクさんの近くに、土砂が降り注ぐ。
危ない!
「『アクア・ボール』っ!」
俺は新調した装備のおかげで威力の増した水の弾丸で、とっさに土砂を弾き飛ばす。
もう、時間がないか…!
「どっち!?ですわ!」
悩んでいる俺に、ローズが選択を迫る。
えー、正直どっちも嫌なんだが!?
……背に腹は代えられないと言うし、仕方がないか。
メカトニカを止められる方法があるのなら、そっちを実行した方がいいに決まってる。
「ローズの手でやってくれ!一思いに!」
「分かりましてよ!奥義[マカイコウタン]!」
俺が選択し、ローズが奥義の発動を宣言する。
すると、即座に彼女の周囲が闇に包まれた。
「なっ!?」
奥義!?ローズも奥義を持っていたのか!?
そういえばさっき、『ナギ様も奥義を持ってらっしゃるんですか!?』とは言っていたが…。
彼女のとっておきというのは、このことだったのか!
「とんだサプライズだ…」
闇はすぐに、近くの俺たち、やがてメカトニカを含む広間全体を包み込む。
その様子はさながら、[フシチョウノス]の暗黒バージョンといったところか。
頼むから、これ以上情報量を増やさないでくれ。
なんて、思っている暇はなかった。
それは、まさに一瞬の出来事。
「イジョウヲケンチ。タイショウヲハイジョシ―――」
一瞬で、メカトニカの首が飛んだ。
「ぎゃああああああああっ―――」
それを見て、悲痛な叫びを上げたシズクさんの声も途絶えた。
「あっ――─」
「いたっ―――」
「ぴょっ―――」
さらに、三人分の断末魔が聞こえる。
ナギさん、ライズ、フクキチもやられたらしい。
なにが、なにが起こっているっていうんだ!?
「なあ、ローズ、これが『体験』させたいこっ―――」
訳が分からず、ローズに尋ねようとした。
が、そんな猶予は一秒たりともなく…。
俺は闇の中から出てきた、どんな生き物とも形容しがたい異形によって、首を刈り取られたのだった。
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