第三十三話
[第三十三話]
調薬を終えてホテルハミングバードを出ると、王都の街並みには夜の帳が落ちていた。
明日の鉱山攻略に向けて、やることのもう一個。
それが、装備の調達だ。
杖はシズクさんに(貸して)もらったものがあるからいいとして、問題は防具。
今の俺の見た目は、ベースボールキャップにポロシャツ、スウェットにスニーカーという、野球少年みたいな出で立ちだ。
ただでさえダサいのに、さらにフォクシーヌと鉱山での戦いでボロボロになってしまった。
なので、この11713タメルで、なんとか装備を新調する必要がある。
「今度は引かれないように、見た目も考えるか…?」
そうと決まれば、エクリプス装備店へ行くぞ。
俺はホテルを後にし、人々の喧騒が響き渡る中央広場を歩く。
メタ的な話になってしまうが、プレイヤーがアクセスしやすいように、装備店、ホテル(宿屋)、雑貨屋、冒険者ギルドの四つはどこの街でも中央広場に位置するらしい。
「近いから楽だな」
少し進んで、広場北東部にある『エクリプス装備店』に入店する。
大小、性別の異なる様々なマネキンが立ち並ぶ一階は、やはり息を飲むものがある。
まあ、俺がアパレルショップにあまり行かないというせいもあるだろうが…。
「いらっしゃいませ、エクリプス装備店へようこそ!」
一瞬正面入り口で立ち止まっていると、初めて来たときにもいた、レジ番をしている女の子が声を上げた。
質問したいことがあったので、俺はその少女へと近づいて話しかける。
「すいません、少し聞いてもいいですか?」
「もちろんです!私、アン・エクリプスが承ります!」
若いのにしっかりとした言葉遣いだ。優秀な店員さんだな。
あと、エクリプスという名字からして、店主の娘さんか?
そんなことを考えつつ、俺は尋ねる。
「屋上へは階段で行けますか?それと、この装備だったら買い取ってもらえそうですかね?」
「一つずつ答えさせて頂きますね。最初の質問は、はい、いけます。奥の階段を四階分上って頂ければ、屋上に行けます。二つ目の質問についても、はい、可能です。どんなにボロボロな装備でも、需要はあります。私たちの方でリサイクルさせて頂きますので。買取価格の方は微々たるものになってしまいますが…」
「そこは大丈夫です。なんとか持ち合わせはありますから」
「よかった!それはなによりです!」
アンはにっこりと顔を綻ばせる。
プロ並みの接客に、要さん張りの眩しい笑顔。
この『エクリプス装備店』が繁盛するのも頷けるな。
「その他、なにかご質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
丁寧に挨拶をし、その場を辞去する。
なにも買わないのは心苦しいが、屋上の装備買取サービスを利用した後、バラでいくつか防具を買う予定だ。許してほしい。
「屋上に行こう」
階段しかないから、ちょっと時間がかかるが。
意気込んだ俺は、階段に始めの足をかけるのだった。
※※※
「あんた、よくこんなになるまで着古したねえ…」
「色々ありまして…」
数分後、俺は屋上の買い取り屋さんのおばあさんに呆れられていた。
着ていた装備を全て脱いで渡したので、防御力のない体に本音がよく突き刺さる。
「こういうの着てるってことは、あんた水魔法使いかい」
「はい、そうです」
「それじゃあ、魔法使いギルドでうちのバカ亭主がなにか言ってこなかったかい?」
「え?どういう意味ですか?」
「申し遅れたよ、私の名前はミスティ・シュバルトハイツ。ローレンツは私の夫だよ」
おおっと?
このおばあさん、ミスティさんがローレンツさんの奥さん?
これは、どうリアクションすればいいだろうか。
「なに、正直に言ってくれて構わないよ、あのバカの感じが悪かったってね」
「い、いえ。そのようなことは……」
「隠さなくていいさね。あのバカ、何度言っても聞きやしないんだから。若いもんを脅すようなこと言うなって」
そんな裏事情があったのか。
彼女は灰色のスウェットのような衣服を着て、白っぽい黄色の毛の生えた毛布を肩からかけてけだるそうにしている。
屋上で一人いるということもあり、さながら世捨て人のようだが、ミスティさんも苦労してるんだな。
「値段は決まったよ。あんた所持金はいくつだい?」
「はい?11713タメルですけど…」
「ほいさ」
俺は聞かれたことに正直に答えると、ミスティさんは手元にあったそろばんを弾いて、値段を計算する。
計算する前に値段が決まってたのか?
「頭から足の先まで、しめて2000タメルといったところだけんど、端数をおまけしてあげるさね。2287タメルでどうだい?」
「はい、ありがとうございます」
帳尻を合わせるために、俺の持ち金を聞いたんだな。
これでちょうど、全財産が14000タメルだ。こちらとしても計算しやすくて助かる。
「毎度あり!次の買い替えの時期もごひいきにね」
「こちらこそ、旦那さんにもよろしくお伝えください!」
結構ボロボロだったのに、2000タメル以上で買い取ってくれるなんて想定外だった。
俺は思わず大声で挨拶を交わし、買取店を後にする。
「次は、いよいよ…」
本命の、装備の新調コーナーだ。
個別で買える装備が並んでいる二階に降りた俺は、14000タメルで買えるだけ装備を買った。
以下が購入した防具となる。
〇頭:湿地の麦わら帽子 ¥2000 効果:灼熱耐性・中
王都南のフィールド、アヤカシ湿原でとれるアヤカシ葦を編んで作ったつば広の麦わら帽子。通気性が高く、着用者を日差しから守る。
〇胴、上腕、前腕:ごつごつしたトレーナー ¥4000 効果:斬属性耐性・中、刺属性耐性・中、打属性倍加、水属性倍加
王都北部のランディール荒野に生息するロックリザードの硬い皮を使ったトレーナー。斬撃、刺突に強いが、打撃、水に弱い。あとちょっと着心地が悪い。
〇胴:広大な海のマント ¥5000 効果:濡れ耐性:大、水属性魔法威力強化:中
王都東の、豊穣の海に生息するスウィムフィッシュとダイブフィッシュの鱗をふんだんにあしらった鳩尾丈の短いマント。水属性魔法の威力を強化するとともに、状態異常『濡れ』を大きく軽減する効果を持つ。
〇腰、大腿、脛:ぶよぶよのスウェットパンツ ¥2000 効果:打属性耐性・中、斬属性倍加、刺属性倍加
アヤカシ湿原のモンスター、チョウチンガエルの皮で作ったパンツ。伸縮自在の生地は打撃を軽減するが、斬撃、刺突に脆弱である。腰ひもがあるのである程度ぶかぶかになっても履ける。
〇足:スニー『キング』・スニーカー ¥1000 効果:静音
王都周辺に広く分布するファングウルフの足の構造を参考に生み出されたスニーカー。皮、爪、肉球といった彼らの素材を用いることで、発せられる足音を小さくすることに成功した。老舗にして一大ブランドである靴工房、『キングの足下』が提供する大量生産品。
よし、ジャスト14000タメル。
ただスニーカーは、店員さんに泣きつくことによって500タメル値引きしてもらったが。
帽子とマントは、以前の装備の上位互換だ。
[AnotherWorld]というか、VRゲーム内では暑さを感じられないので、個人的には暑さ対策は必須だと思っている。
それに、水属性魔法を強化してくれるマントも素晴らしい。アヤカシ湿原のときのように池に入ることもあるだろうし、雨に打たれることもあるから、冷たい水に長時間触れることによる低体温症を引き起こす、濡れへの耐性もあって困らない。
トレーナーは少し防御力が必要かなと思い、毛色の違うものを買ってみた。
マントがあるから、打撃が弱点なのもある程度カバーできるだろうという魂胆だ。
パンツとスニーカーは特に悪いところもなかったので、リピートした。
俺は後衛職の魔法使いという職業ではあるが、基本ソロで遊ぶ都合上、近接戦をこなす機動力も必要だ。重量もほとんどないしな。
安価で水属性魔法に関わる効果を持つ下半身の装備はなかったから、もうしばらくはお世話になるだろう。
「よし」
試着室で一式を装備し、姿見で全身を確かめる。
これで、薬と装備が整った。あとは明日の決戦に備えるだけだ。
果たして、俺たちは残り五つのパーツを集め、『エンシェント・メカトニカ』を起動できるのか。
それとも…、全滅か。
全ての運命は、明日に委ねられたのだった。
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