第三十一話

[第三十一話]


 静の衝撃的な知らせから数分後。


 俺は自分の部屋に帰ってきていた。


 時刻は十五時半。今日のバイトは夜番だから、早めの夕食と行くか。


 今日の晩ご飯(といってもおやつみたいな時間帯だが)はもちろん軽いものだ。袋麺。


「しょうゆもいいが、今日は味噌だな」


 小さめの鍋に水を入れ、めんを入れる。


 まだかまだかとお湯を沸かし、めんが充分にほぐれたらスープの素を入れる。


 そして、一煮立ち。


 最後にお好みで野菜や卵を入れて、味噌ラーメンのできあがり。


 まあ、俺は具を切ったり、下ごしらえするのが面倒なのでなにも入れないが。


「ずるずるずる…、ぞぞぞぞっ!」


 さらに効率化を追求した俺は、鍋のまま頂く。


 丼に移すと余計な洗い物が出るし、そもそも一人分しか作らないからよそう必要がない。


 絵面はかなりよくないが、一人で食べる分には問題ない。


「うまい…」


 それにしても、またあの鉱山に行くのか。


 すすっためんをゆっくりと咀嚼しながら、心の中でため息をつく。


 今わの際に見えた、洪水のような魔物の群れ。


 冷たい鉄の体に押しつぶされるような体験を、もう一度味わうのは御免だ。


 熱いラーメンを食べているのにもかかわらず、俺の体はぶるぶると震えるのだった。



 ※※※



 数時間後。


 バイトの時間が始まり、まんてん書店の店頭に立つと、見知った人影があった。


「透くん、こんにちは」


「いらっしゃいませ、要さん。もう前に買った本を読んだの?」


「いえ、今日はバイトの面接に来たんです」


「ああ、ここの」


 そういえば、メールでそんなことを教えてもらってたな。


「応援してるよ。要さんならきっと合格できるから」


「うん、がんばるね!」


 仕事中に私的な話をするのはあまりよくない。


 俺は裏に入るドアはあそこだよと手短に教えて、要さんとは別れた。


 それにしても要さん、控えめな笑顔が今日も…。


「どうせ、要さんかわいいって思ってるんでしょ、この色情魔!」


「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。そんなこと思ってないですよ」


 ほんのちょっとだけ手を止めていたら、いつの間にか近くに来ていた紅絹先輩にどやされた。


 危ないところだった、もう少しで思うところでしたとは言えず、口では反論しておく。


「どーだか。男なんて、なに考えてるのかわかんないんだから」


 相変わらずひどい言い草だ。


 俺はばれないようにため息をついて、冴姫先輩に静に紅絹先輩と、今日はなんだか女性の相手に苦労するなあと思うのだった。



 ※※※



 バイトが終わって、部屋に帰ってきて、軽食を摂って。


 その後入浴して、明日読書部で発表する資料のチェックをして、二十三時。


 今日は[AnotherWorld]を遊べないな。


 あんまり夜更かししても明日に差し支えるし、寝るか。


「おやすみなさい…」


 寝間着に着替えてベッドに潜って、明かりを消して一日を終えるのだった。



 ※※※



 翌日、四月十日水曜日。新しい朝がきた。


 もはや慣れてきた登校、そして午前中の授業。


 昼食も、昨日のようなハプニングが起きずに過ぎていった。天ぷらうどんがおいしかったです。


 続いて、午後の授業。こちらもいつも通りだ。


 VRデベロップメントは明日、ラーニングは明後日だから、本当に特筆すべきことがない、通常の科目ばかりの授業が続く。


 そして、放課後。


 今日はいよいよ、読書部の本格的な活動が始まる。


 しかも、俺が発表の回だ。


 分かっていたこととはいえ、やっぱり緊張するな。


 俺は、ノックせずに図書室に入る。


 たまに読書部と執筆部が利用するだけで、図書室は本来生徒が自由に出入りできる教室だ。変にかしこまる必要はない。


「……」


 しかし受付のおじさんは本を読んだまま、びくともしない。


 職員として働いている感じが全然しないが、この人はいる意味があるんだろうか。


 時刻は十五時半。


 俺が読書部のテリトリーである机に行くと、他の部員たちはすでに全員集まっていた。


「よし、これから第二回、読書部の活動を始めるぞ」


 机に突っ伏して寝ている佳乃部長に代わり、泰史副部長が進行をする。


 なんだか、この人たちとは久しぶりに会うなあ。まあ、紅絹先輩とか冴姫先輩とかとは最近絡んでいるが。


 などと考えていると、さっそく俺の番がきた。


「じゃあ、透くん。一発目だが、頼めるか。それとも、神薙か吾妻に最初にやらせるか?」


「いえ、大丈夫です。俺から発表します」


「……ZZZ。よっ…いい度胸だ。……ZZ」


 気を遣ってくれた泰史先輩に、やんわりと断りを入れる。


 続けて、佳乃先輩が寝言を言う。


 部長が寝ていて、部としていいのだろうかという疑問は、今は考えないでおく。


「では、一年二組柊透が発表を始めさせて頂きます。私が読んだ本のタイトルは、『それは血となり肉となり』です」


 自分のタブレットから部の備品であるノートパソコンにスライドのデータを送信し、発表を始める。


 まずは題名の発表だ。スライドの一枚目を見せる。


「あらすじは、男女の大学生カップルが難事件を次々に解決するというものです」


 そして、あらすじのスライドを見せる。


 スクリーンには、フリー素材を使ってカップルを模した図が映し出される。


「一つ目の事件では…」


 さらに用意してきた原稿を思い出しながら、言わされてる感がないように発表を始める。


 ちなみに、ここからは小説のネタバレになるので、秘密だ。


「…以上で発表を終わります。ご清聴ありがとうございました」


 なるべく聞きやすいスピードで話し始めること、五分くらい。


 俺は定番の文句で締め、軽くお辞儀をして自分の席に戻った。


 緊張したが、なんとか発表を終わらせることができたな。


「透くん、ありがとう。続いて、今の発表についてのディスカッションを始めようと思う」


 しかし、発表だけして終わりじゃないのが読書部の活動だ。


 泰史先輩の合図で、次はディスカッションの時間が始まる。


 ここがよかったとか、あそこをもっとこうした方がいいだとかを話し合っているうちに、あっという間に十分が過ぎた。


「もっと議論したいところではあるが、そろそろ次に移りたいと思う。では神薙、頼めるか」


「はいはーい!」


 次に、あすか先輩が軽快なかけ声を上げて前に出てきて発表を始める。


 ふう。俺は心の中で安どのため息をつく。


 泰史先輩がここまで進行してようやく、前の発表者の荷が下りる。 


「私が読んだ本は…」


 聞いていると、流石二年生ということもあって、話がまとまっていて分かりやすい。


 かわいらしいスライドとユーモアを交えたスピーチで、文章の集合体である小説の魅力が存分に伝えられていたと思う。


「…正直、かなりお勧めできる作品なので、ぜひ読んでみてください!ありがとうございました!」


 特に不明な点もなく、彼女の発表は終わった。


 あすか先輩の喋り方、スライドの構成、勉強になりました。参考にさせて頂きます。


 先輩の発表が終わったら、再びディスカッションの時間が始まり、そしてあっという間に終わる。


 正直、自分の発表が議題になっているときは早く終わってほしいとちょっぴり思っていた。


 が、他の人の発表が議題になると、なるほど、もっと語り合いたくなる。


 発表とディスカッション。


 この二つを反復して行うことで、ビブリオコンクールに必要なプレゼンテーション能力を養っていくのか。


「神薙、ありがとう。それじゃあ、最後は吾妻だな」


「…ん、ああ」


 泰史先輩が彼女の名を呼んだ瞬間、場の空気が変わった。


 佳乃先輩の纏う『これからプレゼンをする!』というやる気に満ちたオーラが、この場を支配していた。


 これが、昨年度のビブリオコン優勝者の覇気!


 彼女はしゃきっとした目でスクリーンの前に移動し、おもむろに口を開いてスピーチを始めた。


「私が読んできたのは、『贄の谷』。贄の谷と呼ばれる深い谷に突き落とされながらも生還した男が、自らを殺そうとした者たちに次々と復讐していくお話です…」


 すごい。まるで、実際にその本を読んでいるかのような感覚に囚われる。


 いや、主人公の感じた絶望、怒り、憎しみ、悲しみが、本で読むよりも直接的に感じられる。


 これが、『プレゼン』の極致なんだ。


「…以上で、発表を終わります。ありがとうございました」


 彼女が口を閉じると、張り詰めていた場の雰囲気がふっと和らいだ。


 それはさながら、いつの間にかかけられていた魔法が解けたかのようだった。


「よくわかんないけど、すごかったな」


「すごいです、佳乃さん」


 勇也と要さんも、すっかり放心状態だ。


 素人目の感想になるが、文章に疎い勇也でさえすごいと感じさせたのだから、先輩のプレゼン力は素晴らしいのだろう。


 やっぱり、読書部で学ぶことは多そうだ。


「よし、皆帰ってきたな。それじゃあ、ディスカッションを始めようと思う」


 その後のディスカッションでも、皆は佳乃先輩を絶賛していた。


 絶賛されていた当の本人は、全く照れることなく再び舟を漕ぎ始めていたが。


「………」


 ただ、俺はその中で一人、闘志を燃やしていた。


 俺は、この人を超える存在になる。


 秋のビブリオコンに向けて、今からやる気を漲らせるのであった。

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