第三十話
[第三十話]
お昼休みの食堂でご飯を食べていると、
「俺は亘昇っていいます!」
「僕は濱彰です」
「森静ですわ。三人とも透とは同じクラスですの」
読書部の人間ということを聞いて、警戒感が薄れたのだろう。
昇、彰、静の三人は名前を教えてしまった。
ああ…、飢えたライオンに生肉を投げ込んでしまったか……。
「あ。森ってことはもしかして…、雫の妹さん?」
「そうですわよ」
冴姫先輩の問いかけに、静が首肯する。
なんだろう。普通の会話のはずなのに、意味深な気がしてならない。
「ロボ好きの姉に、お嬢様言葉の妹っ…。いいっ!!」
「あの、倉持先輩?」
やっぱり意味深だった。
急に豹変してしまった冴姫先輩を見て、静がたじたじとする。
ついに露わになってしまった。冴姫先輩の腐の片鱗が。
隣のテーブルから椅子を持ってきて座った彼女は、傍らからノートとシャーペンを取り出し、つらつらと何かを書き連ねている。
その内容は、とても俺が見るには耐えられないものだろう。
「昇×透と彰×静。お昼からいいものが見れた。あ、でも雫×静も…」
はいアウト。
今すぐ口を塞がないと…!
「冴姫、変なこと言っちゃダメ。透たちが委縮している」
俺が暴れることを辞さないという覚悟を決めると、別の女子が会話に参加してきた。
ん?
この感情のない声は…。
「こんにちは、亘くん、濱くん。そして、静に透」
信じる者は救われる。捨てる神あれば拾う神あり。
そこには、黒のウルフカットが(かわいい)先輩、雫さんがいたのだった。
※※※
俺、昇、彰、静、冴姫先輩が囲む少し手狭なテーブルに、雫さんが滑り込む。
せ、狭いな。
「私は森雫。静の姉の二年生」
「えっ」「えっ」
そして簡潔すぎる自己紹介を済ませると、昇と彰、二人の声が重なった。
「姉妹でもあんまり似てないもんなんですね!」
さらに、昇が失礼なことを言う。
だが確かに、二人はあまり似ていない。
静は茶色がかった黒髪で、雫さんは漆黒の黒髪。髪色がちょっと違う。
妹がTシャツにジーパンといったカジュアルな上下、姉が長袖のブラウスと短めのスカートと服装の傾向が違うのはいいとして、声の高低や性格も似ても似つかない。
もしかして、なにか複雑な事情が…。
「おい、昇。あんまり失礼なこと言うんじゃないぞ」
「いえ、不思議に思うのも無理ありませんわ。実は私…」
まずい。空気が一気に重くなったぞ。
周囲の喧騒は鳴りを潜め、冴姫さんのカリカリとメモを取る音だけが響く。
さあ、どんな一言が飛び出すんだ?
「…少し茶色に染めてますの!」
数十秒間、貯めに貯めた静がついに、顔を赤くしてカミングアウトした。
ずこーっ。
俺と彰は一斉にずっこける。
てっきり母親が違うとか、そういう込み入った話を想像しちゃったじゃないか。
「そ、それだけ!?」
「じゃあ、なんでそんなに恥ずかしがっているんだ?」
彰が感嘆の声を上げる一方、昇が臆せず質問する。
今度こそ地雷を踏み抜きかねないのに、どんだけ攻めるんだよ。
「だって…、あんまり似なかったんですもの!ローズ様に!」
「あっ」
流石の昇でも、ピンと来たらしい。
ちなみに『ローズ様』というのは、静の好きなアニメのヒロインの名前だ。
つまり、好きなキャラクターの外見に寄せようとしたが、中途半端な結果に終わってしまった。
身も蓋もない言い方だが、静にはこんな悲しい過去があるのだろう。
「つまり静さんは、自分と『ローズ様』の間にあるギャップに対してコンプレックスを抱いていると?」
非情にも、ここで冴姫先輩が追い打ちをかける。
昇も彼女も、どうしてそう思い切った質問をするんだ。
「そうですわ…」
ストレートに図星を突かれ、静が下を向いて意気消沈してしまう。
勢いづいて喋っていた人に急ブレーキがかかり、たちまち空気がなんとも言えないものになった。
なんなんだ、この展開は。
会話っていうのはもっとこう、相手のことを配慮して探り探りやっていくものではないのか?
彰に至ってはもう、箸を進める手を止めて口が開けっ放しだぞ。
「冴姫。あんまりいじめないでほしい。私のかわいい妹なんだから」
すると、雫さんがおもむろに立ち上がり、頬を赤らめてそんなことを言った。
それを聞いた静の顔が、さらに赤くなる。
「お姉さま…!」
「ぶはあっ!!!」
赤らめた顔で上目遣いをして放たれた一言に、邪悪なカップリング厨が浄化されてしまった。
「……」
くっ、危ないところだった…。雫さんも静も、いきなりなんてことを言うんだ。
今のは俺としてもくるものがあったが、まずは冴姫先輩の応急手当だ。
俺はとりあえず、持っていたティッシュペーパーを彼女の鼻にあてがって、あふれ出る鼻血の止血を試みるのだった。
※※※
時は少し進んで、下校時刻。
昼間のアクシデントはあったが、午後の授業はいつも通り。
特に書くべきことはなかったので、省略させて頂く。
空いた時間でテキストを読んだり、計画的に課題をこなしているので、授業についていけないなんてことはない。
まあ、まだ新学期が始まって一週間だから、よっぽどのことがない限り大丈夫だ。
「じゃあな、昇と彰は部活頑張れよ」
「おう!」「うん」
一階の出入り口で二人と別れる。
俺はこの後バイトだから、寄り道はなし。
まあ、学校は山の中にあるから、そもそも寄るところがないんだが。
「静もこのまま帰りか?」
「そうですわ」
必然的に、静と二人きりになった。
『フライ・センチピード』の件もあるし、少し気まずいな。
なんて考えていると…。
「透」
静が俺の目をまっすぐ見ながら、名前を呼んだ。
「なんだ?」
「もう私は気にしておりませんわ。本当に、あれは事故みたいなもの。だから、変に気を遣わなくていいんですのよ」
そうか?
俺がハエの魔物を養殖して引き起こされた事件、『フライ・センチピード』があってから、彼女には一度許してもらった。
許してもらったが、それでチャラになるとは思っていない。
いや…。
こう思うこと自体、彼女は望んでいないか。
「…ありがとう、静。こちらこそ気を遣わせちゃったな」
「これじゃあ、いたちごっこです。謝るのはおしまい。この話はこれで終わりですわ」
そう言いながら、彼女は両手をぱんと叩き合わせる。
文字通り、これで手打ち。
分かった。全く気にしないなんてことはできないが、気にする素振りを表に出すのはやめよう。
「そういえば、お姉さまと話し合った結果、木曜日に狩りに行く場所が決まりましたわ」
しんみりした話から一転。
静がついでのように、とても重要なことを明かした。
それにしても、急に話が変わりすぎじゃないか?
いつの間に雫さんと話し込んでいたんだ?そんな時間があったようには思えないが。
いやそれよりも…。
今なんと?
「お、おい。それってもしかして…」
「ええ、ランディール鉱山の深部ですわ」
またランディール鉱山か。
確かにシズクさんは諦めていなかったし、あそこはパーティで攻略するのにはもってこいだが…。
「今度は、タコ殴りにされないようにしないとな」
「どういうことですの?」
俺は未だ、カナリアスケルトンに対する打開策を思いつけていなかった。
だから、シズクさんに適当なことを言って再挑戦を引き延ばすつもりだったが、ダメだったか。
嫌な予感ほど的中するものだと、俺は改めて思うのだった。
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