第十五話
[第十五話]
「こちら依頼達成料の2000タメルになります」
依頼を片付けてから冒険者ギルドに戻った俺は、依頼料を受け取っていた。
しかし、クリステラさんがいなかったので、他の受付嬢の方に応対してもらう。
「ありがとうございます。ところで、お名前を伺ってもよろしいですか」
「なんですかそれ、口説いてるんですか」
純粋に名前を知りたくて聞いてみたんだが、全く取り合ってもらわなかった。
現代社会でも色んな人がいるように、[AnotherWorld]でも色んな性格のNPCがいるんだな。
失敗(?)も勉強になった。
「うーん、惜しい」
ナオレ草はもう少しで五十枚だったのだが、あとちょっとが足りなかった。
次来たときに報告しよう。
「変なことを言ってしまい申し訳ありません」
「いえ、気にしていませんよ」
受付の人に非礼を詫びてから、冒険者ギルドを後にする。
時刻は十八時三十分。キリのいいところだから一度ログアウトしようか。
そう思った俺はメニュー画面からログアウトを選択し、現実世界へと戻るのだった。
※※※
「さて、味付けはこんなもんでいいかな」
豚汁の味見をする。満足のいく味にできたな。
味の確認ができたので、中くらいの大きさの鍋に蓋をし、もう少し煮る。大きめに切ったジャガイモを柔らかく仕上げないとな。
その間に、炊き上がったご飯を茶碗に盛る。豚汁の量が多いので今日のおかずはなしだ。
ご飯と豚汁だけでお腹が空くかもしれないと思うかもしれないが、豚汁は意外とお腹いっぱいになる。あっつあつでご飯にもよく合うしな。
「完成」
さらに煮ること数分後。
出来上がった豚汁をお椀に盛り付け、ご飯とともにテーブルに並べる。
いただきます。
命に感謝を込めて。
※※※
腹ごしらえを済ませた俺は、食器を洗い、丁寧に歯を磨く。
家事も体のメンテナンスも、一人暮らしには必須だ。一日たりとも欠かすことはできない。
「よし」
やることを済ませたら、時刻は二十時。十分に[AnotherWorld]を遊べる時間が残っている。
ヘッドセッドをかぶり、ログインする。
冒険者ギルドの前から再開、と。
調薬ギルドのおじいさんから聞いたところ、『野外調薬キッド』は屋内でも問題なく使えるらしい。
なので今夜は、このままハミングバードに泊まって色々試してみようか。
中央広場に湧いた俺ことトールはてくてくと歩き、ホテルハミングバード中に入る。
「こんばんはトール様。ご宿泊ですか」
「はい、二階でお願いします」
そして、フロント係と話をする。
依頼料も入ったので、一段階上のグレードの部屋を頼んでみた。
「かしこまりました。1000タメルになります」
二階の宿泊費は一階の倍の1000タメルなのか。知らなかったが、手持ちで間に合ってよかった。
1000タメルを払い、ウインドウの『宿泊しますか?』という問いに『はい』と答える。
「それでは、あちらのエレベータで二階にお上がりください」
フロントの男性NPCはそう言い、反対側のエレベータホールに腕を向ける。
「ありがとうございます」
俺はすぐにお礼を述べ、エレベータへと向かって二階のボタンを押す。
エレベータはすぐにやってきた。重そうな扉が開かれる。
他に乗ってくる人もいなさそうなので、乗り込んで閉めるボタンを押す。
数秒の浮遊感の後、再びエレベータのドアが開かれると、やはり一階のときと同様にすぐ部屋があった。
だが、内装は以前のものとは違う。
落ち着いた黒と灰のストライプの壁紙に、フカフカそうな黒のじゅうたん。ラタン調の家具の一つ一つには高級感が伝わってくる。
また、天井には派手すぎない程度の小さなシャンデリア。ベッドには大きな枕が二つが置いてあり、しわ一つない真っ白なシーツが敷かれている。
「おお…」
下から二つ目のグレードでこれなのか。もっと上の部屋はどれくらいすごいんだろう。
俺はまだ見ぬ部屋について想像を膨らませるも、これから調薬の作業で部屋を汚してしまうことについて申し訳なく思うのだった。
※※※
メニューのアイテムから『野外調薬キッド』を選択し、具現化する。
すると、すぐさま数々のアイテムが実体化する。
調薬ギルドのおじいさんが言っていた、試験管立てに収まっている二十本の試験管、小さめの鍋とカセットコンロ(のようなもの)、擂り鉢と擂り粉木、漏斗、茶こし、三つのフラスコと試験管ホルダーが登場した。
[AnotherWorld]の生産には自動化もメニュー機能もなく、一回一回、全て自分の手でアイテムを作成しなければならない。
この仕様が、生産職を遊ぶプレイヤー数が増えない要因になっている。俺は面白くていいんじゃないかと思っているが。
「まずは、定番の回復薬だな」
さて、依頼の分で本来は使いたくないのだが、ナオレ草を材料にした体力回復ポーションを作ってみよう。
始めに、アクア・クリエイトで鍋に水を張る。液量は大体半分くらい。
そこにナオレ草をそのまま入れてみる。まずは一枚でいいかな。
次に、コンロで火をかける。
そして沸騰してきたら火を止め、静置して十分に冷ます。
最後に茶こしでぐちゃぐちゃになったナオレ草の残骸をすくい、残った液体を漏斗で試験管に注いでいく。
完成した体力回復ポーションの量は意外と多く、ちょうど試験管二十本全部に収まった。
しまった、色々試そうと思ったのに試験管の空きがないじゃないか。
〇アイテム:体力回復ポーション 効果:体力回復:微
体力を回復するポーション。味は甘く、ほろ苦い。
インベントリに入れると、名前と効果と説明文が確認できた。
が、なんだ最後の一文は。
良薬は口に苦しというが、苦いのは嫌だな。もう少し何とかならないだろうか。
疑問が生じたので、俺は出来上がったポーションをがぶ飲みし、試験管を全て空ける。
元々体力は最大のままなので、回復の効果は発揮されない。まったく無意味な行動だ。
「慣れてきたし、考えて作るか」
次は、似たような工程である、紅茶を入れるときをイメージしてみる。
そういえばティーパックを浸すときって、熱いお湯じゃなかったか。
「試す価値はあるな」
思いついた俺は鍋に水を張ってから煮沸し、その後にナオレ草を入れてみた。他の作り方は一回目と同じだ。
〇アイテム:体力回復ポーション 効果:体力回復:微
体力を回復するポーション。普通のポーションよりも甘さが際立っているが、苦みも強い。
うーん?
ナオレ草に含まれている苦み成分を取らないと、十分に煮ても苦みが強くなってしまう、ということか。
奥が深くて面白いな。流石[AnotherWorld]だ。
「次は…」
まだ改善の余地はある。
俺は改良したポーションをもう一度全部飲み干して、今度はナオレ草を粗くすりつぶしてから入れてみた。他の手順は二回目と同じだ。
〇アイテム:体力回復ポーション 効果:体力回復:小
体力を回復するポーション。普通のポーションよりも甘く、苦い。
ん?今度は回復効果が上がったぞ。ナオレ草を細かくすると薬効成分が抽出されやすいのか。
それと、お湯の温度が高すぎると苦み成分が出てきやすいのか?
次は沸騰するよりも前に火を止めて、三回目と同じやり方で作ってみる。
〇アイテム:体力回復ポーション 効果:体力回復:小
体力を回復するポーション。普通のポーションよりも甘く、ほろ苦い。
『苦い』が『ほろ苦い』になったぞ。やはり、熱せば熱するほど苦み成分が抽出されるのか。
「苦味を消したいな…」
まだまだ研究したいところだが、そろそろお腹が一杯で満腹の状態異常になってしまう。
なので、次で最後にする。
まず、アクア・クリエイトで鍋に純水を張る。薬液の濃度を上げてみたいので、鍋の全量の四分の一位に留めておく。
次に、鍋を火にかける。ほろ苦くならないよう、一回前よりも早いタイミングで加熱を止めてみる。温度計が欲しいところだ。
その次に、加熱の最中に粗くすりつぶしておいたナオレ草を加える。細かくすると苦み成分も多く出てしまうだろうし、茶こしで取り除きにくくなる。だから、粗くしてみた。
その後、鍋にふたをして十分に蒸らす。水量も少なく葉も大きめなので、前の試作よりも長めに待って成分が抽出させる。
液体が冷えたら茶こしで葉を取り除き、漏斗で丁寧に試験管に移し替えて完成だ。水を半分にしたので、十本分が手に入った。
〇アイテム:体力回復ポーション 効果:体力回復:小
体力を回復するポーション。普通のポーションよりも甘い。
「よし」
思わず声が出た。苦みを取り除くことに成功したようだ。
実は、こういった生産活動のノウハウはインターネットにある『職人掲示板』を見ればすぐに分かるのだが、それでは味気ない。
こうやって試行錯誤するのが、何よりも楽しいのだ。
「疲れた」
伸びをしながらそんなことを考えていると、時刻は二十二時を回っていた。二時間近くも作業していたのか。
そろそろ寝ようか。『アクア・クリエイト』の連発で魔力をそこそこ消耗したし、明日も忙しそうだからな。
ログアウトすると決めた俺は、出来上がったポーションと『野外調薬キッド』をアイテムインベントリに収納すると、そのままベッドに横たわり眠りにつくのだった。
(実を言うと、これまでの作業は全部ベッドの上でやっていた。なのでところどころに緑のシミができてしまった。)
ごめんなさい、ホテルの人。
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