第十四話

[第十四話]


 バイトの面接と買い出しを済ませた俺はちびドラゴンへの挨拶もそこそこに、[AnotherWorld]にログインした。


 今日は調薬のイロハを学びたいと思う。なので、手始めに調薬ギルドに向かいたい。


 調薬ギルドは、街の中央広場から見て南東側にあるようだ。ミニマップを確認しながら、南、東と路地を抜け、目的地を目指す。


「街並みはどこも同じようなもんだな」


 少し迷いながらも、十五分くらいかけて調薬ギルドに到着した。


 赤黒いレンガの壁と土色をした瓦屋根。童話『三匹の子豚』に出てくるレンガの家みたいなメルヘンな見た目の建物が調薬ギルドだ。


 中に入ると、魔法使いギルドと同じく、五つのカウンターがあった。


 魔法使いギルドでは、初めての人は右のカウンターに行くといい、とシズクさんに教わったので、いかにも薬師ですという風の初老の男性が受付をしている、一番右の窓口に向かった。


「調薬ギルドにいらっしゃい。見たことのない顔じゃが、ご用は何ですかな」


「こんにちは。水魔法使いのトールと言います。調薬について学びたいのですが、ここで何か教えて頂くことってできますか?」


 白髪の頭髪と顎と口周りのひげやしわくちゃの顔だけでなく、話し方までおじいさんだった。


「すまんのう、普段なら初心者用に調薬講座を開いたりしているのじゃが、今はちと急用でな、教育係の冒険者が出払っておるのじゃ。じゃから、現在おぬしがここで学ぶことはないといって言いじゃろう」


 おじいさんは頭を掻きながら、申し訳なさそうに話す。


 ああ、やっぱりか。ナオレ草の採集依頼を出すほどに素材がひっ迫しているから、人手が足りていないだろうと思っていた。


「本当にすまんのう。わしらはサポートできんが、なんと便利なものがあるんじゃよ。その名も『野外調薬キッド』。屋外でも簡単に調薬ができる便利な器具のセットじゃ。試験管二十本に試験管立て、小さな鍋とコンロ、すり鉢にすり粉木、漏斗に茶こし、フラスコ三つと戦闘時に便利な試験管ホルダーがついとる。しかもアイテム消費枠は一つという優れもの!これがたったの5000タメル!どうじゃ、買ってみんかの?」


 なんだ?


 急に胡散臭い笑みをこぼしながらセールスっぽい話をしてきたぞ。何か裏がありそうだ。


「どうしたんですかいきなり。そんなに売れてないんですか?」


 だいぶ失礼な物言いだが、ズバッと聞いてみるとおじいさんは分かりやすく肩を落とした。


 コロコロと表情が変わる面白い人だな。


「そうなんじゃよ!馴染みの調薬師には戦闘へ行かずに安全なところで作業するから要らないと言われるし。水魔法使いはそもそも数が少ない上に調薬に興味のない者ばかりじゃ。正直に言うと、一年ほど前に一つ売れたきりなんじゃ」


 それ買ったのはシズクさんだなと思いつつ、おじいさんに同情する。


「あーあ、わしが開発したこの『野外調薬キッド』、買ってくれる男前はおらんかのう」


 こちらが気を許したかと思うと、今度は白々しい目配せとともにそうのたまう。


 分かりましたよ。


「買います。便利そうなので」


 買う前にいくつか質問をして使い方を勉強してから、俺は『野外調薬キッド』を購入した。結果、あれだけあった残り所持金が100タメルになった。悲しい。



 ※※※



 そういえば、おじいさんの名前を聞いてなかったと思った頃には、すでに調薬ギルドを後にしていた。まあ、次来た時に聞けばいいか。


 便利そうなアイテムも購入したことだし、次は依頼達成に動くとするか。


 俺は西門に向かうべく、西の大通りを歩いていく。道中、小さな装備店や雑貨屋、宿屋なんかを眺めつつ、考え事をする。


 そろそろ『あれ』が成長しきったころだろうか。キャンユーフライの、大群が。


 [AnotherWorld]における魔物の生態と習性。


 この話を聞いたとき俺は、これを利用すればお金儲けができるのではと考えた。


 手順はこうだ。


 まず、フィールド上で魔物を増やしておく。同時にその魔物に対して有効な薬も大量生産しておく。


 そしてあるとき、大量発生した魔物たちが人々を襲い始めれば、あらかじめ作っておいた薬を売って大儲けできる。


 そんなビジョンを心の中で描いている。上手くいくかどうか分からないが、高度なAIを積んだ魔物なら理想的な動きをしてくれると思う。


 まあ全てを見透かしているのは、あの大量の複眼だけだなと格好つけたところで、ようやっと西門に到着した。


 ここにも門の脇には詰め所があり、甲冑姿の騎士団員が何人か見える。


「やあ、こんにちは。これから外出ですか」


「はい。依頼をこなしに」


「もしかして、ファングウルフの依頼ですか!?いやあ、助かります!」


 身元確認をしてもらいに近づくと、若そうな青年の団員が話しかけてきた。


「恥ずかしながら私たちだけでは手に負えなく、団長が直々にギルドに依頼を出したんですよ」


「そうだったんですね」


 事情はよく知らないが、団長が出てくるってよっぽどのことなんじゃないだろうか。ここでへらへらしてて大丈夫なのか?


 ま、深く考えるのはやめておくか。依頼してくれるだけでありがたい。


「ジョージュの札は確認しておきますので。くれぐれもアレにお気をつけください」


 アレとは、キャンユーフライのことだろう。このハエの魔物は、現実における家の中に出てくる黒いあの虫の如く嫌われている。


「はい、ありがとうございました。行ってきます」


 俺は無難に返答しておく。

 

 通常時でこれくらい恐れられているのなら、アレによるスタンピードが起こったらひっくり返るんじゃないかと思いつつ、俺はまたもや騎士の名前を聞き逃すのだった。



 ※※※



 西門を出て、ガルアリンデ平原(西部)へと降り立つ。


 時間は十八時。昨日と同じく西日が差していた。


 アレの様子も見に行きたいので、手早く依頼を済ませたい。練習場で散々戦ったし、ファングウルフ十匹ならすぐ終わるだろう。


 俺は歩きつつ、忘れずに道中の採取ポイントでナオレ草を集めておく。三つ目の依頼も終わらせないとな。


 平原の西部もいつものファングウルフしかいなかったので、戦闘描写は省かせて頂く。


 ただ厄介だったのが、最後の三頭が群れを組んでいたところだ。おそらく、カゾート大森林から流れ着いた群れだったのだろう。連携が少し厄介だったが、一匹一匹は大したことなく、思ったより簡単に撃破することができた。


「よし、今日も動けてるな」


 これで十体ウルフを倒したので、一つ目の依頼は達成だ。


 俺はこのまま歩みを進め、平原の南部に移動する。


 西部側から来ると土地勘が狂う。アレのため池がどこにあったか分からなくなった。まあ前見た時は幼虫だったし、大量発生にはもう二、三日かかるだろう。


 諦めは肝心と自分を納得させ、俺は探すのを諦めて西門へと帰った。


「ありがとうございます。ファングウルフの討伐依頼は完了しました」


 詰め所に着くと、街を出るときに会った青年風の騎士に出会した。


「こちらこそ、わざわざ伝えて頂きありがとうございます。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか?」


「そんなに肩肘張らなくてもいいですよ。…年も近そうだし、お互いフランクに行こうぜ。俺の名前はアレックス・クノーシス。一応、騎士団長の息子ってことになる」


 わーお、そんなに大物だったとは。それにしても口調の豹変ぶりがすごいな。


 そう驚きつつ、俺はとりあえず「トールだ。よろしくな」と挨拶を交わすのだった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る