第三話

[第三話]


「よし、皆揃ってるな!感心感心!」


 教壇に立つアロハ短パンはそう言い、前に座る俺たちを仰ぎ見る。我らが担任は、昨日と同じ柄のアロハシャツの色違いバージョンを着ている。下も相変わらず短パンだ。


 今日は、四月二日の火曜日。


 昨日、VRゲーム[AnotherWorld]の体験版を楽しんだ俺、昇、彰、静の四人は、感想を話しながら寮に帰った。


 聞くところによると、他の三人も移動、回避、攻撃を多用したため疲労状態になり、ファングウルフの一撃をもらったらしい。


 ダメージのエフェクトは、視界の周りが赤く明滅する感じだという。結構痛々しいな。


 とはいっても苦労したのはその点だけで、皆も問題なくウルフを倒せたということだ。流石だな。


「メールを送ったからすでに知っていると思うが、今日は健康診断だ!タブレットを忘れた人はいるか?」


 今は朝の八時半、ホームルームの時間だ。今日は午前中に健康診断で、午後にレクリエーション室1でVRゲーム部の集会がある。


 健康診断は毎年この時期に行われ、身長、体重の他に、視力や内科を検診する。何の変哲もない年度初めの行事だ。昨日貸し出されたタブレットを使って、検診を終えた各専門医が専用のオンラインチェックシートに記入する。全ての検診が終わった後、そのシートを学校事務のメールアドレスに送信すれば終了だ。


 特に面白いことがなかったので、健康診断はバッサリ割愛させて頂く。ちなみに、身長は二ミリくらいしか増えておらず、体重はそこそこ増えていた。


……もっと体を動かすか。


 「というわけで、メールを送った人から健康診断は終わりだ。皆成長してたか?体重が増えてても、気にすることなくしっかり食えよ!」


 おい、ハラスメントだぞ。


「明日から、メールで知らせた通りの時間割で授業を始めるぞ!遅刻するなよ!それじゃ、解散!」


 アロハ短パンは大声で言い、大股で教室を出ていった。


 俺はタブレットをトートバッグにしまうと、隣の席の昇に話しかける。


「お疲れ、昇。飯食べに行かないか?」


「透もお疲れ。まだ時間あるからいいな。行こうぜ!」


「彰も静もどうだ?」


「うん。お腹すいちゃったから一緒に行くよ」


「もちろん、よろしくてよ」


 快く承諾してくれた三人と共に、食堂へと向かう。今日は何を食べようか。


 昨日と同じ位置のテーブル席を陣取った俺たちは、注文した料理を口に運びながら午後の予定について喋る。


「VRゲーム部の集まりはどんな感じだろうな」


「昨日もらったプリントには、活動にあたってのお知らせと、[AnotherWorld]のダウンロードパスコードの配布をやるって書いてあったね」


「でしたら、今日設定すれば遊べるようになるのですかね?早く遊んでみたいですわ」


「遊べるんじゃないか?俺も早くやりたいな」


 俺たち生徒が参加するのは、[AnotherWorld]の桜杏高校(おうあんこうこう)の専用サーバーだ。部外者が入ってこれないように、学生用アカウントでログインしてパスコードを入力し、ゲームソフトをダウンロードするという手法を取っている。


 ちなみに、俺のお昼ご飯はかき揚げうどんだ。今日は少し肌寒いので、あったかいものにしてみた。リーズナブルなお値段で割とおいしい。


 昇はミートソーススパゲティ、彰は天丼、静はサバの味噌煮定食を頼んでいた。二日目にして三人の食べたいものの傾向がよく分かるな。


「皆は、どんなビルドで遊んでみたいとかは決めてるか?」


「もちろん決めてるけど、ここで言ったら面白くないだろ」


「そうだよ」


「そうですわ」


 軽い気持ちで聞いてみたのだが、皆から顰蹙を買ってしまった。向こうの世界でのお楽しみってわけか。


「それより、透。早く食べないと麵が伸びちゃうぞ」


「えっ?」


 気付けば、あっという間に三人は完食しており、俺の半分くらい残っているうどんに視線を注いでいた。


 あれ、この光景、昨日も見たことがあるような?


 喋るのに夢中で食べるのが疎かになっていた。俺は急いで麺をすする。


「お待たせしました」


 あれから数分かけて、かき揚げうどんを食べ終わった。少し待たせてしまったな。


 少しアクシデントがあったが、俺たちは食器を片付けて教室に戻る。


 まだ午後の予定まで時間があったので、昨日のように四人で輪を囲み雑談タイムを再開した。そういえば、昨日とメニューが違ったなとか、明日の献立は何だろうとか、色々と話した。


 俺が思うに、だいぶ三人とは仲良くなれたんじゃないだろうか。[AnotherWorld]でも一緒に遊べたらいいな。


 話の合間にふと考えこむ。今までゲームをたくさん遊んできたし、友達とプレイすることも多かったが、今度のゲームは一味違う。”もう一つの世界”と称された、かつてない規模のVRゲームだ。


 VRゲームのプレイが初めてで大変かもしれないが、三年間苦楽を共にする皆とゲームを通じて楽しい思い出を作れたらいいな、なんて思っている。


「おっ。もういい時間じゃないか?」


 ふと、昇が時計を見て言う。


 しばらく話し込んでいたが、時刻は十二時五十分を回っていた。


 そろそろ出た方がいいということで、俺たちはタブレットを手に一年二組の教室を出て、一階のレクリエーション室1を目指す。


「人が多いな」


 扉を開けると、室内は人でごった返していた。一年生と二年生のほとんどが教室の中央あたりで列を作って床に座っており、四方の壁際には体験会で見かけたVRゲーム部員の先輩が数名ほど立っている。


 昨日あったサイドテーブルや椅子が見当たらないが、受付の長机は入り口の脇に残っていた。そこには陽野先輩と一人の男子生徒が座っていた。男子生徒の先輩はタブレットを忙しなく操作しており、俺たちの来訪に気付いている様子は無い。


「こんにちは!君たちも来てくれたんだね!出席を取るから、名前を順番に言ってね!」


 俺たちは代わる代わる名前を告げると、陽野先輩は「ちょっと待ってね」と言って隣の彼を見た。彼はそこで初めて顔を上げ、俺たちの顔を眺めた後、下を向いて再びタブレットを操作し始めた。どうすればいいか分からず戸惑っていると、ややあって俺たちのタブレットからメールの通知を知らせる音が鳴る。


「今、[AnotherWorld]のダウンロードに必要なパスコードが記載されたメールを送りました。確認してみてください」


 低く、落ち着いた声で男子生徒が言った。


 タブレットを操作して確かめてみると、高校のメールアドレスで十数桁のパスコードが載ったメールが送られていた。


「後で時間を取るので、学生用のアカウントで[AnotherWorld]のホームページにログインして、そのパスコードを入力しソフトを受け取ってください」


「それじゃ、右から二番目の列に一人ずつ座って待っててね!あと五分くらいで始まるよ!」


 男子生徒の先輩から事務的な口調で教えて頂いた後、陽野先輩が後ろのスペースを指しながら言った。


 受付を終えた俺たちは、言われた通りに列の最高尾に一人ずつ座った。


 もうすぐ、日本で大ヒット中の[AnotherWorld]が遊べる。


 集会では大事なことを話すかもしれないから、寝ないようにしないとな。昼食を食べた後なので睡魔が襲ってきている。

 

「これから、VRゲーム部の全体集会を始めます。始めに、顧問の黒川教頭よりお言葉を頂きます。黒川教頭、よろしくお願いします」


 数分ぼーっとしていると、時間になったようだ。


 マイクで拡張された声が室内に広がり、集会の開始が宣言された。同時に、ついさっき聞いた声が後ろから聞こえたので、受付をしていた男子生徒の先輩がアナウンスしているようだ。


 黒川教頭が紹介されると、前の壁際に立っていたおじさんが俺たちの前に姿を現す。眼鏡をかけた細身の顔立ちで、すらっとした体躯をぴしっとした灰色のスーツで固めている。歳は五十代くらいだろうか。


 どこかで見たことがあると思ったが、入学式でアロハ短パンに絡まれてた先生か。教頭先生にベラベラ喋りかけていたなんて、うちの担任フランクすぎるだろ。


 黒川教頭は手に持ったマイクのテストを終えると、静かに話し始めた。


「えー、流石に二学年分の生徒が集まると、レク室1だと手狭ですね。来年は講堂でやりましょうか。さて、昨日は入学式と部活動体験会、今日は午前中に健康診断と、大変お疲れさまでした。今年の新入生も、ほとんどがVRゲーム部に入部していただけるということで、嬉しく思っております。なぜ私が嬉しいのかというと、実はわたくし、『チェリーアプリ』で開発本部長に就いておりまして。今回皆さんに遊んでもらう[AnotherWorld]の製作に深く携わっているのです。なので今日、こんなに大勢の生徒の前でお話しできることがとても嬉しいというわけですね。ここで一つ余談なんですが……」


 駄目だ。この人、話が長すぎる。自分が話し始めると、途端に饒舌になる人だ。校長じゃなくて教頭の話が長いって、そんなのアリかよ。


 黒川教頭が登壇する前からうつらうつらと舟を漕いでいた俺は、もう限界だった。


 いつの間にか、夢の世界に突入していた。




───「おい、おいってば、そろそろ教頭の話が終わるぞ」


「はっ!」


 俺は後ろの昇に背中を小突かれながらささやかれ、首をはね上げて夢から覚めた。


 前の壁の時計を見ると、会が始まってから二十分ほどが経っていた。まだ教頭は話を続けていたが、そろそろ終わりそうだ。


「というわけで、これから二年生の部員に[AnotherWorld]を遊ぶ上で知っておいてもらいたいこと、注意事項などをですね、説明して頂いた後、受付でもらったパスコードを入力して、ゲームをダウンロードしてもらおうと思います。手短ですが、私の話は以上とさせて頂きます」


 おい、これで短いって、真剣に言ってるのか?皆も同じ気持ちなのか、周りの生徒も辟易とした表情をしている。


「黒川教頭、ありがとうございました。続いて、[AnotherWorld]のプレイに関するお知らせや諸注意の説明です。小鳥遊さん、よろしくお願いします」


 小鳥遊と呼ばれた男子生徒は黒川教頭からマイクを受け取ると、説明を始めた。内容は、ざっくりこんな感じだ。


〇パスコードでもらえるゲームアカウントは一つだけ。二回目以降の入力ではアカウントを手に入れることができない。

〇パスコードでダウンロードしたアカウントは学生用なので、第三者にプレイさせてはならない。

〇ゲーム内では全体チャットやボイスチャットが可能だが、公序良俗に反する発言をしてはならない。

〇ゲームの初回ログイン時に決めるプレイヤーの名前や外見は、基本的に一度作ったら変更することができない。

〇その他、迷惑行為やプレイの強要など、倫理に反する行動は慎むように。


 聞いてみると、割と当たり前のことだった。VRに限らず、オンラインゲームを遊ぶ上で守って当然の項目ばかりだ。


 小鳥遊先輩は教頭と違い、要点がまとまったスマートな話し方をしていたので、五分も経たない内に終わった。


「それでは最後に、[AnotherWorld]のダウンロードを行って頂きます。システムで不備がある場合や、操作が分からない場合は遠慮なく手を挙げてください。近くの部員が対応します」


 引き続き、小鳥遊先輩が手順を説明していく。


 俺はタブレットをいじり、メールのパスコードをコピーしてソフトをダウンロードする。


 特に問題なくダウンロードを行うことができた。タブレットのホーム画面に[AnotherWorld]のアイコンが表示される。


 周りの人も、ほとんどがスムーズにできているようだった。ところどころで何人かのVRゲーム部員がサポートして回り、十分もかからずに全員のダウンロードが終わった。


「皆さん、ダウンロードが完了したみたいですね。初回ログインの際にはキャラクターメイキングが始まりますので、時間があるときにログインすることをお勧めします。……それでは、これにて本日の集会を終わりたいと思います。後ろの人から順番に退出してください」


 小鳥遊先輩が簡潔に言った。


 やっと終わりか。これで[AnotherWorld]が遊べるな。


 後ろの昇が立ち上がって歩き始めたので、俺も後に続いてレクリエーション室1を出る。


 さらに彰、静も出てくる。俺たちは四人横に並んで、二組の教室に戻った。


 教室に戻ると、やはりアロハ短パンの姿は無い。


 自席にやってきた俺はタブレットをトートバッグにしまい、身支度を終えた三人と寮に帰る。


 道すがら、誰も何も言わない。


 [AnotherWorld]を遊べるから早く帰りたいという焦燥感や、どんなキャラクターを作ろうか、といった思案が三人から伝わってくる。


 気になることがあったので、校門を出たところで俺は口を開いた。


「三人は、今日帰ったらキャラメイクをするつもりか?」


「…もちろん!」


「……そのつもりだよ」


「…もちろんですわ」


 自分の世界に入っていた三人のレスポンスが遅い。


 こんな状態で快い返答が期待できるか分からないが、意を決して聞いてみる。


「もしよかったら、この四人でパーティを組まないか?俺は基本ソロで遊びたいと思ってるが、せっかくの機会だから、たまには四人で集まって攻略をしてみたい、という気持ちもある。だから、俺でよかったら[AnotherWorld]でも仲良くしてくれないか?」


 改めて口に出すと少し恥ずかしい。顔が熱くなるのを感じる。


「なんだそれ」


「え?」


「どういう意味ですの?」


 俺の言葉を聞いた三人は、ポカンとした表情で立ち止まった。


 ん?俺、何かおかしいことを言ったか?


 オンラインゲームってアイテムや経験値、装備関係でギスギスするイメージだったから、丁寧に聞いてみたんだが。もしかしてダメだったか?


「ごめん、乗り気じゃなかったら聞き流してくれ。さあ、帰ろう」


 俺は空元気でそう言うと、再び道を歩き始めた。


 しかし、三人は未だに立ち尽くしていた。


「……気を悪くしたなら謝る」


「いや、ちげーよ」


「え?」


「何で当たり前のことを聞いてくるんだろうってびっくりしちゃっただけだよ」


「え?」


「私は、初めて皆さんに話しかけた時から一緒に遊ぶものだと思ってましたよ」


「俺なんか、さっきまでこの四人のパーティ名をどうしようかって考えてたんだぜ」


「え?」


 今度は俺が困惑する番だった。


 三人は顔を綻ばせながら、数歩前の俺に追い付いてくる。


「だから、俺たち最初からそのつもりだったから、変に気を遣うなって言ってんだよ」


「そうだよ。遠慮なんていらないよ。僕たち友達なんだから」


「そうですわ。学校だけでなく[AnotherWorld]でも、皆と遊びたいですもの」


 三人も気恥ずかしそうにしながら、気持ちを伝えてくれた。


 俺はそれを聞いて、まだ二日しか経っていないが、本当に昇と彰、静と友達になれて良かった、としみじみと思った。


「私もソロプレイ派ですが、VRの操作感に慣れたらご一緒しますわ」


「迷惑かけるかもしれないけど、よろしくね」


「三年もあるんだから、俺たち四人で世界制覇しようぜ!」


「……ああ!」


 不思議と三人との心の距離が近くなった気がして、力強く頷いた俺は表情を緩めて、三人と家路を急ぐのだった。

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