第7話 十五夜ハロウィンパーティ 2

 百段ほどもあっただろうか、息が上がってきた頃に石段は終わり、広場のような場所に出た。草が伸び放題に伸びているが、元々は人の手が入っていた痕跡を感じる空間だ。境内だったのだろうか。


「サクラ」

「うん、分かってる」


 アヤメの手に力が入る。肌に感じる生理的な嫌悪感。エクストラの気配だ。後ろのサカキが両手に短槍を構える。


「全周警戒。出現はしていないと思うけど、油断しないで」

「はい」


 カズラが手を一振りし、鞭を取り出した。鈍い青の革に鋭い水晶の棘のついた、わりと殺意の高いデザインだ。

 …サカキもカズラもSRの武器だと思うんだけど。この4人の中でノーマル武器はサクラだけ?あれ?おかしくない?


 カズラが鞭を振るい、伸び放題の下草を刈り飛ばしていく。ここまで来ると、進むべき方向がはっきりと分かる。暗く澱んだ気配。蓋をしても漏れ出す悪臭のように、じわりと溢れ出しているのが目に見えるようだ。次第に濃くなっていくそれを辿り、私達は進んだ。


 守られるように、それはあった。

 周囲を一抱えほどの丸石に囲まれ、中央に安置された…されていたであろう、1m四方ほどの大岩。磨かれた表面には、全体に複雑な縄目のような紋様が彫り込まれている。何を表しているのか、動物を抽象化したような意匠が等間隔に見える。

 大岩は中心から真っ二つに割れていた。何かが孵化した後の卵の殻のような、その割れ目からエクストラの濃密な気配が放出されている。


「これは…」


 カズラが眉を顰める。エクストラが関連していることは間違いないが、出現したエクストラを迎撃した経験しかない私達にはこれが何か分からない。

 ゲームのイベントストーリーでは「エクストラはお寺の方から来る」「何故かお菓子を狙っている」と語られていたが、ハロウィンっぽさの演出として使われていた程度でこういう具体的な物は描かれていなかった。つまり私にもこれが何か分からない。何となく推定できないこともないが、今の段階ではまだそこまでメインストーリーは進んでいないはずだ。


「ここからエクストラが湧いてる、ってこと?」


 アヤメが私を守るように前に出る。気配がするだけでエクストラ自体が見当たらない状況に、不安が高まっていくのが分かる。


「ふむ。ではこれを破壊すれば良いのか?」

「待ってください!」


 サカキが槍を振り上げるのを慌てて止める。これが私の考えているものだとしたら、壊すというより直さなければいけないものだ。


「何となく、ですけど。これって何かを守っていたとか、封印してたっぽく見えませんか?壊したらまずいんじゃ…」

「うん、私もそう思う。今すぐに何か起きるわけじゃなさそうだし、まずは戻って皆とも話し合ってみよう」


 私の言葉にカズラも同意してくれる。マユミが見れば、何か違うものを発見できるかもしれない。今から帰れば、夕食前に部会ができるだろう。

 二つに割れた岩を改めて見る。エクストラの気配を除けば、何となく御神体のようにも見える。鞄を漁り、突っ込んできていたお菓子の中からおまんじゅうを取り出す。


「…何してるの」

「ちょっとお供えを…」


 岩の前におまんじゅうを並べだした私を見て、アヤメが怪訝そうな声を上げる。警戒は解けていないが、方針が決まったことで少し余裕は出てきたようだ。

 イベントストーリーのようにお菓子を狙うエクストラなら、これで満足してくれないだろうか。満足してくれないだろうな。他に何かできることはないだろうか。

 ぱっくり割れた断面を見る。多少の歪みはあるが、綺麗に真っ二つだ。2つを合わせれば、何事もなかったように元通りになりそうである。

 …元通りに、か。

 手を伸ばしイメージを形作ると、手の中に杖が現れた。つるつるすべすべノーマル杖。手に馴染み、重さはほとんど感じない。その杖を、岩の割れ目に向ける。


「サクラ?」

「えっと、ちょっと試してみようかと──」


 アヤメを振り返り言葉を発した瞬間、杖に何かが吸われた。

 いや、岩が、杖を通して私から何かを吸い上げている。

 きらきら白く輝く光の粒の中に、桜の花びらが散っているのが見える。繊細なガラス細工のようなそれが、黒々とした岩の断面に吸い込まれ、そして──


「サクラ!」


 ぐいっと肩を掴まれ、乱暴に後ろに引き倒される。気付くとアヤメの腕の中にいた。アヤメは片手に薙刀を構え、ぐっと岩を睨みつけている。

 私の手からは杖が消えていた。何かが流れ出す感覚はもうない。特に体に変わったところも無さそうだ。

 岩は…変わらぬ姿でそこにあった。真っ二つに割れ、そして。

 エクストラの気配が、消えていた。


「サクラ」


 横から底冷えする声が響く。ビクッとして振り向くと、笑顔を貼り付けたカズラが立っていた。眼鏡の奥の海色の瞳は全く笑っていない。怖い。


「説明してもらえるかな?」

「えっと、ですね。岩が割れてたので、それで、直せるかなって。その、杖で、私の力ってほら、回復だから。試してみて、そしたらその」

「うん、なるほど。岩を自分の能力を使って直そうと思って、誰にも相談せずに思い付きでやってみたんだね」


 その通りだけど怖いです。


「サクラ」


 今度は耳元で絞り出すような声がした。後ろから抱き付くような姿勢のまま、アヤメが腕に力を込める。


「何かするならまず相談して。本当に…心配した。サクラの体が光って、そのまま…消えるんじゃないかと」


 周りからはそう見えていたのか。アヤメの手をそっと握る。


「ごめんなさい。次からは相談する。絶対」

「本当に…何でこう、いつもいつも…」


 あ、アヤメもお説教モードだ。味方を探し周囲を見回すと、サカキと目が合った。


「やはり危険なようなら破壊するか?」

「いやだからそれはやめてください」


 敵ではないが味方でもないらしい。

 結局カズラとアヤメ2人にステレオで叱られ、とにかく遅くなる前に帰ろうということで出発することになった。サクラの手はがっちりアヤメに掴まれている。


「とにかくまずは皆で話し合ってから。余計なことはしない。いい?」

「はぁい」

「はい」

「心得た」


 カズラの言葉に返事をし、来た道を戻る。アヤメに手を引かれながらふと振り返ると、大岩は変わらずそこにあった。


「え?」

「サクラ?」


 急に足を止めた私に、アヤメもつられて立ち止まる。


「どうかした?」

「ううん、何でもない」


 私が握る手に力を込めると、アヤメはまた歩き出した。もう一度大岩を見る。割れた断面を晒しているが、エクストラの嫌な気配はしない。


 一瞬、人の姿が見えた気がしたのだ。

 小柄な、ちょうどサクラくらいの女の子に見えた。岩の前に、ほんの一瞬。え、と思った次の刹那には消えていた。

 見間違い、だろう。色々あって疲れているし。変なことを言って皆を心配させる必要もない。

 頭の中で色々言い訳を並べつつ、石段を降りる。紅葉にはまだ早いが、空気は秋の気配が濃く、肌寒い。足元を見ながら、アヤメの後ろをぽてぽて歩く。

 鳴き交わす小鳥の声が高く響き、消えた。

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