第8話 十五夜ハロウィンパーティ 3

 アカメデイアに戻り、居残り組の3人にも大岩のことを説明する。全員が確認した方がいいという話になり、翌日も遠征隊が出掛けていった。今度はカンナ、マユミ、ナズナをカズラが引率する形だ。4人を見送り、アヤメと図書室に向かう。今日はゆっくりしていようかと思ったのだが、アヤメが「中間試験」と一言呟き、特別アヤメ補習の流れとなった。

 前の学校生活で一度やったはずの内容が全く分からない。特に数学と英語。なんでアカメデイアとかいうファンタジーな学び舎に、相も変わらずこの教科があるのだろうか。もういっそ学校法人○○学園とかってしてくれたほうが納得しやすい気がする。

 休日でも図書室にはそこそこ生徒がいた。窓際の4人掛けのテーブルに隣り合って座り、教科書とノートを広げる。試験範囲の英文法の確認から。繰り返せばきっと思い出すはず。

 例文をごりごり書き写しながら、昨日の出来事を反芻する。あの岩。具体的な描写があったわけではないが、サ終直前に追加された『真章』に出てきた封印ではないだろうか。ゲーム内では『劣化』したためエクストラが発生したという表現だったが、それがあの真っ二つを指すとしたら。


「そこ、スペル間違ってる。あと前置詞抜けてるね」

「あ」


 考え事をしながらだとただ書き写すことすらままならないようだ。アヤメが諦めたようにため息をつく。


「集中できない?」

「う…ん。昨日のことが気になって」


 俯くサクラの顔を、アヤメが心配そうに覗き込む。午前の日差しを受けて睫毛がきらきら輝く。紫の瞳が宝石みたいだ。美少女ずるい。ありがとうございます。


「あの石、なんだったんだろ。エクストラの出現と関係ある、んだろうけど」


 私の知っていることを全部話せたら楽なんだろうけど。私は実はサクラじゃなくて『百花乱舞』というゲームにハマってた社会人なんです、なんて言い出したらどんな反応が返ってくるだろうか。そもそも元々のサクラの人格はどこに行ったんだろう。


「マユミ先輩が見たらまた違うことが分かるかも。皆が戻るのを待とう」


 私をサクラと思って接しているアヤメはどう思うだろう。こうして優しく話しかけてくれるだろうか。サクラを返せ、と怒るだろうか。


「そうだね。ありがと」


 アヤメに言われたところを直し、書き取りに戻る。

 この状況を、私は何故かすんなり受け入れていた。何も意識しないと、自然とサクラとしての行動が出る。それでいてサクラとしての記憶は曖昧だ。一番接しているはずのアヤメも、私を疑う様子はない。私は元々考えるのが得意な方ではないけど、どことなく不自然というか、都合良く物事が進んでいるような気がする。

 なんで今、私はこうして疑うようになったんだろう。

 昨日、大岩の割れ目に吸い込まれた光の粒。桜の花びらを閉じ込めたガラス玉のようなあれは何だったのか。


『何かするならまず相談して。本当に…心配した。サクラの体が光って、そのまま…消えるんじゃないかと』


 サクラの体を抱き留めるアヤメの腕は震えていた。

 ごめんアヤメ。本当のサクラはもう消えちゃってるのかもしれない。

 もやもやする気持ちを振り払えないまま、私は全く集中できない英語の学習を続けた。

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