第5話 百花の少女達 5

 暴力のような陽光が鳴りを潜め、冬服が馴染んでくる頃。

 放課後に私達アクセプタント全員が部室に集合した。


「は〜い、では臨時部会を始めま〜す」


 進行役はカンナだ。書記としてマユミが黒板前に立っている。

 私はいつも通りアヤメの隣に座っている。その隣はカズラ。テーブルを挟んで反対側には3年生2人。テーブルの上にはお茶と和菓子の盛られた籠が置いてある。ゲームでも度々出てきた菓司ともしびのおまんじゅうとどら焼きだ。建物は洋風なくせにキャラの名前や小道具は和風である辺り、大正浪漫的な世界観を作りたくてちょっと失敗している感は否めない。私はこういうごった煮コンセプトが気にならないほうだが、許せない層には受け入れられないのも分かる。


「今日の招集者であるサカキ先輩、後はお願いしま〜す」


 カンナが早々に進行役を放り出す。話を振られた銀髪灰眼の少女が立ち上がる。


「我の右手の傷が疼くのよ…この学園に、危機が迫っていると!」


 右手で顔の半分を覆い、サカキが語り始めた。右手の甲に、確かにうっすらと痣っぽく赤くなっているところがある。どこかにぶつけたんだろうか。

 3年生のサカキ。短槍使いで、基本後衛だが投げてよし振るってよしの遠近両用攻撃可能キャラだ。そして性格はまあ、いわゆる厨二病である。エキセントリックな言動で周囲を振り回すコメディリリーフとして人気があった。ちなみにエクストラとかアクセプタントとかいう名称を決めたのもサカキである。ドイツ語とかじゃなかっただけまだ傷は浅いと言うべきか。


「まあ危機は迫ってますね。エクストラが現れた半年ほど前から」


 カズラが眼鏡の位置を直しながら冷静にツッコむ。マユミは記録する必要も感じないのか、チョークを手に持ってすらいない。


「フッ。此度は今までとは違う。我と眷属の全力をもってしても対抗できるかどうか…」

「つまり、大規模な襲撃がある、と?」

「是。我が魂の声に従い、備えるが良い」


 ナズナが頬杖を突きどら焼きを齧りながらサカキの言葉を拾う。金髪王子様はこんな気の抜けた状態でも絵になるのがずるい。


「マユミ、ど〜お?」

「私は何も感じないけど…」


 カンナの問いかけに、マユミが眉を顰める。マユミはエクストラに対する感応能力が高い。大きな動きがあるなら、マユミが真っ先に気付くはずである。

 部室に集合して会話する流れは、イベントストーリーの定番だ。この時期のイベントで、サカキが言い出しっぺのやつって何だっけ?…あ!


「サカキ先輩!それっていつ頃ですか?」


 バッと勢い込んで発言した私に、隣のアヤメが驚いて目を見開く。サクラの性格からすれば大人しく黙っているところだろうが、記憶が正しければこのイベントは外せない。


「うむ。遠くはない未来、月の満ちる時にそれは起こるであろう」


 複雑に編み込んだ銀髪から跳ねるチョロ毛を指で弄びながら、サカキが得意気に告げる。月の満ちる時…満月なら、1週間以内か。


「よし、アヤメ、がんばろうね!」

「うん…うん?」


 アヤメが状況についていけず、ぽかんとした顔をしている。先輩達も不思議なものを見る目で私を見ているが、ここは主導権を取っておかねば。


「えっと、この間から練習してるアヤメとの連携を実戦で試してみたいんです。なので、今回は私達で対応したいなって」


 こう説明すると、カズラが納得した表情を見せた。前回の襲撃から2週間ほど、エクストラの動きは無い。アヤメとの連携は、今のところ訓練止まりだ。自分からやる気を見せた引っ込み思案な後輩が、ちょっと気負って発言している。そんな風に解釈してくれたようだ。


「分かった。今回はアヤメとサクラ、サカキ先輩。それと私が対応する。後の3人はサポートをお願い」


 カズラが話をまとめ、臨時部会は終了となった。アヤメがそっと私の耳元で囁く。


「…信じるの?」

「んー、どっちにしても連携を試したいってのは本当だよ。エクストラが出なければその方がいいし」


 マユミが感知できていないエクストラの動きがなぜ分かるのか、アヤメは懐疑的だ。私もゲームの知識が無ければ流していただろう。

 秋の満月。サカキがその襲撃を予言し、周りが受け流したことで混乱する展開。私の想定しているイベントストーリーなら、ランキング報酬がSRサカキ、達成報酬がSRサクラのはずだ。それとレアドロップアイテムがSR杖。無課金アイテムとしては優秀な性能で、わりと後期まで雑魚戦では重宝していた。

 こっちでドロップアイテムというのがあるのかどうかはともかく、もし手に入るのなら今の役立たず状態をある程度解消できるはず。


「我が眷属よ」


 サカキが私達の所にやってきた。ちょっと満足気なのは自分の話がすんなり受け入れられたからか。


「よくぞ我が呼び掛けに応え立ち上がった。共に力を合わせ敵を打ち果たそうぞ」

「はい、よろしくお願いしますサカキ先輩」


 笑顔で応える私を、アヤメが微妙な顔で見ている。真面目なアヤメとは噛み合わないサカキだけれど、サクラとは後衛同士でわりと相性が良かった。ここでも仲良くなれたらいいなと思う。




 後から考えてみると、この時点で既に私は前衛寄りに行動する決断をしていたのだし、本来流されるはずだったサカキの発言を拾い、対応する方向に持っていってしまっていたのだ。

 知っているようで知らないイベントストーリー「十五夜ハロウィンパーティ」が、始まろうとしていた。

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