第4話 百花の少女達 4
「このへんでいい?」
「もう少し前。あんまり私から離れないで」
「近すぎたらアヤメが戦いにくくない?」
「大丈夫。間合いギリギリに居てもらった方がやりやすいと思う」
翌日の放課後。早速の連携訓練である。
訓練といっても、左と右どっちがいいか、どれくらい離れるかの確認程度だ。グラウンドの片隅で、お互いの得物を出して実際の間合いを確かめている。
それぞれの固有武器は『出現するイメージ』を持つことで手にすることができる。アヤメは黒地に螺鈿の雪花模様が散りばめられた薙刀を軽々と振り回している。一振りする度にちらちらと小雪が舞うのは、個別スキル『凍結』の発現だろう。ゲームではスキルポイントを消費することでカードと武器のレアリティに応じたスキルを発動することができる。アヤメが今持っているのはSRの薙刀じゃないだろうか。効果は通常攻撃スピード補正とスキルダメージ大アップ、だったと思う。
私、サクラの手元を見る。つるつるした手触りが優しい木製の杖だ。初期装備のノーマル杖。効果、特になし。
…うんまあ、贅沢を言うつもりはないけども。レアリティの高い武器は有償アイテムガチャを回さないと出てこないからね。イベントのランキング上位報酬でもらえるやつもあるけど、課金しながらイベントボス戦を延々周回しないと上位に食い込むのは無理だった。
こっちでアイテム入手はどうしているのか気になるが、私が上書きされているせいかサクラの記憶は曖昧だ。まさかガチャ回してるわけではないと思うが。
ひゅんひゅんと舞うように薙刀を振るうアヤメの周りを、キラキラと雪の結晶が囲む。まだ夏の名残がある空気にすぐに溶けて消えるのが儚く、絵になる光景だ。見惚れていると、アヤメが怪訝そうに手を止めた。
「どうしたの」
「ううん、きれいだなって」
「な…っにを、バカなこと言ってないで集中しなさい」
「はぁい」
素直に感想を言ったら怒られた。改めて杖を構え直す。先端が少し太くなっていて、殴られたらそこそこ痛そうである。これでエクストラを倒せるとはとても思えない代物だ。うーん、もう少しいい杖にならないだろうか。SSRとは言わないので、せめてRくらいの。
「お、やってるねえ」
声を掛けられ振り返ると、タンポポのような明るい黄色の短髪を揺らし、黄緑色の瞳を細めて私達を見ている少女と目が合った。ナズナだ。3年生で、武器は剣。高身長の王子様キャラだ。
「カンナから聞いたよ。サクラも前衛組に転向するんだって?」
隣の空色ショートボブの少女はカズラ。眼鏡の奥の知的な海色の瞳が印象的な、2年生組の司令官。鞭を振るい旋風を巻き起こすところから二次創作ではドSキャラにされがちだが、ゲーム内では面倒見のいいお姉さんだ。
「はい。私も役に立ちたいので!」
にっこり笑顔で答えると、ナズナに頭をよしよしされる。ちっちゃい子ががんばっててえらいねえ、みたいな感じで、やっぱり戦力外扱いである。むぅ。
「サクラ、まだ訓練中。集中して」
アヤメの目付きが険しくなる。短時間で二度も同じことで怒られてしまった。
「まあ、私もアヤメに守ってもらいながら戦う、って方針は悪くないと思うよ。連携するならアヤメとサクラが一番息が合うだろうし。次の戦闘で実践しながら修正していこう」
カズラがフォローするように間に入った。状況を分析する能力はマユミが上だが、場を読んで即断できるのはカズラの特性だ。敵を恐れずに飛び込める切込隊長のカンナと合わせて、2年生組はチームとしてバランスが取れている。
「ふうん?守るんなら僕の方が上手いと思うけど?」
ナズナがサクラに後ろから抱きつく。高身長癖っ毛短髪僕っ娘と属性を盛りまくりな王子様は、自分が女子からモテるのをよく分かっていてナチュラルにこういうことをする。もう1人の先輩も別の意味で自由人で、3年生はマイワールド全開ペアである。
「そういうの、最近はセクハラって言うんですよ。気をつけてくださいね、ナズナ先輩」
サクラからナズナをべりっと引き剥がし、アヤメが氷の瞳で睨みつける。心なしか周りの空気もひんやり涼しい。残暑のきつい時期にはアヤメのスキルはありがたい。
「相手が嫌がっていたら、の話でしょ?嫌じゃないよね、サクラ」
「そういうのはパワハラと言うそうですよ、ナズナ先輩」
お日様のような甘い微笑みのナズナと、絶対零度の微笑のアヤメ。火花が見えるのは、ナズナのスキル『電撃』の影響だろうか。
「はいはい、訓練の邪魔をしてごめんね。行きましょうか、ナズナ先輩」
カズラがナズナの手を引き、部室棟に向けて歩き始めた。空いている方の手でひらひら手を振るナズナを見送っていると、アヤメがぼそっと呟いた。
「…サクラはああいう感じがいいの?」
ああいう感じ、とは。
ゲームではナズナは誰に対しても王子様ムーブで、守られる姫ポジションになることが多いサクラとの絡みは多かったと思う。ベタベタのクサい台詞をごく自然に繰り出すナズナも好きなキャラだが、一番はやっぱりアヤメだ。
「私の一番はアヤメだよ?」
「…」
アヤメがビシリと固まる。不思議に思って見上げていると、深い溜め息をついてアヤメが眉間を押さえた。
「…この間から狙って言ってる?」
「?」
「何でもない。訓練続けるよ」
ぱっと身を翻して大股に歩くアヤメの後ろを、私は慌ててついていった。
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