第六章 これからの思い出
第16話 絵画
「ちょっと、お兄ちゃん! 私の部屋で何してんの!? もうすぐ大学に戻るんじゃなかったの!?」
「んお、菜瑞奈か。悪い、ちょっとした探し物だ」
ナズナが去っていった翌日。俺の妹、菜瑞奈の部屋にてとある物を探していると、怒りの形相の菜瑞奈が部屋に飛び込んできた。
「まったく、乙女の部屋を無断でひっくり返すなんて……。デリカシーのなさは相変わらずみたいだね」
「うっさいぞ。お前は相変わらず、口が減らないな。俺は大学卒業後も研究を続けようとしている立派な兄貴だぞ?」
「へー、そういうこと言うんだ。だったら私は、王女として十年間生きてきたんだからね! お兄ちゃんなんかよりずっと立派ですぅー!」
アホな言い争いを続けていくうちに、日常が戻ってきたことに安堵する。
これが、俺たちごく普通の人間がする、ごく普通の生活なのだ。
「んで? 何を探してんの? 私も手伝うよ」
「ナズナが……。王女のナズナがコンクール用に描いた絵がどこかにあるはずなんだ。久しぶりに見たいと思ってな」
いま俺は、ナズナが大切な物入れとして保存に使っていた箱をひっくり返しているのだが、目的の絵画が出てこない。
捨ててしまったということはないはずだし、返却されていたはずなのだが。
「ねえ、王女のナズナって呼ぶのやめない? せめて向こうのナズナちゃんとか、もう一人のナズナちゃんとかにしてよ」
「その方が分かりやすくていいだろ。同じ名前のせいで、ただでさえ判断に困るんだから」
呼び方を変える気のない俺を見て、菜瑞奈は大きくため息を吐く。
恐らく、比べられているような気がして嫌なのだろう。
と言っても、いずれその感覚も無くなってくると思うが。
「で、ナズナちゃんが描いた絵画だったよね。う~ん、記憶によると……」
菜瑞奈は左手の人差し指で自身の頭を小突きつつ、押入れを調べ始める。
帰還騒動のゴタゴタですっかり忘れていたが、菜瑞奈は王女のナズナと記憶を共有していた。
もっと早くコイツに聞けば、探す手間を省けたかもしれない。
「あった、あった。はい、ナズナちゃんが描いた絵画」
「サンキュー。よし、慎重に開いてっと」
これといった保存はしていないようなので、傷ついていたり、汚れていたりする可能性はある。
さらに傷をつけないよう、丁寧に扱わなければ。
「テニスをしている人の絵……。うん、記憶通りだね。この絵で良いんだよね?」
「ああ、これでいい。俺が見たかったのはこの絵だ」
王冠を被った人物がテニスをしている絵。
初めて見た時は意味が分からず、ナズナに酷評をしてしまった絵だ。
「当時は正しく理解できなかったが、いまならできるかもと思ってな。ナズナと十年を過ごしたいまの俺なら」
もう一度見直した時は、俺が大会で優勝している絵だと思っていた。
だが、俺は込められている想いを間違えて解釈していたようだ。
ナズナが、この絵に込めた真の想いは――
「俺を、兄と認めてくれた絵なんだな……。王冠は自らの地位を証明する証。それと同等のものを乗せてくれたんだから。俺のことを、家族として見てくれた絵……」
「へー。お兄ちゃんも、女の子の気持ちを読めるようになったんだ。ちょっと遅すぎだけどね~」
減らず口を叩く菜瑞奈の肩を小突きつつ、ナズナの絵を再度見つめる。
あの時には既に兄として見てくれていたというのに、俺は――
「……ねえ、お兄ちゃん。ナズナちゃんに会いたい?」
「会うだけじゃつまらないな。俺は、アイツと世界を見てみたい。こっちの世界も、あっちの世界も。それが俺の望みであり、ナズナの夢だ」
だから俺は、研究室に入って研究を続けることにした。
世界の壁を乗り越え、互いを行き来できるようにするために。
ナズナと菜瑞奈が体験した出来事を、二人だけで共有しているのはずるいから。
「実は、向こうの世界でも同じように考えてくれた人がいるんだ。私はその人に、魔法の理論をたくさん教えてもらった。きっと、役に立てると思うんだ」
「そうか。じゃあ、お前も俺の通っている大学に来るか? 二人でやれば、研究は続けやすいからな。入学試験の傾向や、論文の書き方を教えてやるよ」
「おー。お兄ちゃんからそんなことを言われるとは思わなかったよ。あ、言っとくけどサークル活動は、ちゃーんとやらせてもらうからね! お兄ちゃんみたいに、年齢イコール恋人いない歴なんてなりたくないし!」
俺と菜瑞奈は、新たな目標に向けて歩き出す。
ナズナと再会し、様々な物を見て歩くという夢に向けて。
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