第17話 異世界

「エフラクス度、75%まで増大。次元潜行装置、問題なく稼働中です」

「β世界からα世界への境界侵食度に異常なし。各種数値にも問題ありません。今回はうまくいきそうですね、大地リーダー!」

 とある研究所のとある研究室にて、複数名の科学者が忙しなく動き回りながら、コンピューターからはじき出される数値を読み上げていく。


 世紀の大実験が、佳境へと入っていく。

 俺たちが長い時間をかけて打ち立てた理論が、いま花開こうとしている。


「ここまで来るのに二十年。俺もいつの間にか、おじさんか。アイツになんて言われるかな」

「兄さんは白髪が出たくらいだからまだいいでしょ。私なんていろんな化粧品を試してみても、しわが消えないんだから」

 俺のボヤキが聞こえたのか、バインダーに挟まれた資料を読みながら初老の女性がやって来た。


 彼女は菜瑞奈。黒い髪には白髪が混ざりだし、顔にしわも入り始めているが、正真正銘俺の妹だ。


「本当に、兄さんだけで向こうの世界に向かうのね?」

「ああ。向こうの世界をある程度知っているのは俺とお前だけだし、お前には二つの世界のパイプ役を担ってもらいたいからな。世界を渡るための理論と設計図は若い奴らに渡してあるし、問題ないだろう」

 俺に何かが起き、向こうの世界から帰ってこれなくなったとしても、ここにいる皆が研究を引き継いでくれるはず。


 もう、俺の役目はここに存在しない。


「なんだかんだ理由を作ってはいるけど、結局は自分が一番に向こうの世界を見てみたいだけと」

「うるさいぞ。さて、そろそろ装置が完全に起動するようだな。世界を渡り歩く準備を始めるとするか」

 数日分の食料と、護身用の装備を身に着け次元潜行装置の前に立つ。


 完全に装置が起動し、出現したゲートに足を踏み入れれば向こうの世界に到着だ。

 装置は異常を発することなく作動し続けているので、問題はないだろう。


「エフラクス度95%! ゲート開通まで、30秒!」

「大地さん、お気をつけて! ご武運を祈っております!」

 研究員たちの声を背に受けつつ、開き始めたゲートをじっと見つめる。


 この先に、アイツの世界がある。

 アイツが、じっと待ってくれている。


「ゲート開通! お進みください!」

「ああ、行ってくる!」

 完全に開いたゲートに向かって、大きく足を動かす。


 強い光が視界を覆い、意識が遠のいていく。

 次に意識が戻り、瞳に映ったものは――


「草原か……。次元移動には成功したのか……?」

 正面全てが一面の草原という、外国にでも行かない限り見られない光景が広がっていた。


 さっきまで研究所にいたので、次元移動は成功と見て良いはず。

 だが、こうも一面の草原に放り出されてしまうと――


「ああ、良かった。ちゃんと人が住む場所はあるみたいだな」

 視界を回していくうちに、背後の方に大きな建物があるのを見つけた。


 四つの巨大な尖塔らしき建物が、石造りの防壁に覆われている。

 もしかすると、あの建物は城かもしれない。


「あれが、菜瑞奈が言っていた王都ってやつか……。確か国の名はトライバル王国だったか?」

 この場でもじもじし続けていても意味はないと判断し、通ってきたゲートへ通過に成功した旨を知らせる合図を放り込み、荷物を手に取って歩き出す。


 道中、いくつか不思議な光景を発見した。

 水色の軟体生物たちが複数集まり、遊んでいる姿。巨大な翼を持った生物が空を飛んでいく姿。


 とても元の世界では見られない光景に驚き、調べつくしてみたいという好奇心に襲われつつも、それをぐっと我慢して歩き続ける。


 やがて城を覆う巨大な石造りの防壁の足元部分にたどり着く。

 一か所だけ石がくりぬかれており、その中から城下町へと入っていくようだ。


 そばには検問所らしきものが置かれており、鎧をまとった衛兵があくびをしながら目録をめくっている。

 近寄ってきた俺の姿にその人物が気付くと、手招きをしてくれた。


 この国で使われている言葉は菜瑞奈から習ってきたが、うまく喋れるだろうか。


「ようこそ、トライバル王国へ。あなたの滞在理由をお聞かせいただけますか?」

「はい。私は――」

 時折疑問符を抱かれることもあったが、なんとかこの国の言葉で会話をすることはできた。


 だが、俺の滞在理由を聞いた衛兵は、困ったような表情を浮かべていた。


「あなたがダイチ様……。とりあえず、隊長に連絡いたしますので、少々こちらでお待ちください」

 衛兵の要望にうなずき、検問所に入ってしばし時間を潰す。


 しばらくしてやってきた、近衛隊長という人物から城へと案内すると言われ、俺は黙ってついていくのだった。

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