第14話 前日
「ダイチの目玉焼きの方が小さいようじゃな。わらわの目玉焼き、食すか?」
「食いきれないならそう言えばいいだろ。まあ、貰うけどさ」
ナズナの目玉焼きを割り、俺の皿に移動させる。
普段俺は目玉焼きに醤油をつけるが、今日はソースがついたそれを口に放り込むことにした。
「……ソース味も悪くないな」
「そうじゃろう、そうじゃろう! お主はソースを進めても断るからのう。食べず嫌いは良くないぞ」
得意げな様子を見せつつも、ナズナ皿に盛り付けられたソーセージを俺の皿に移動させてきた。
元気そうに見えて、体調があまり良くないのだろうか。
「ナズナちゃん。明日はあなたが元の世界に帰る日。今日の夜はとびっきりの御馳走を用意してあげるから、楽しみにしててね!」
「私も今日は早く仕事を切り上げて帰ってくるよ。大地も、どこかに出かけるのなら早めに帰ってくるんだぞ?」
「大丈夫、今日は家にいるよ。ここに呼んだ奴らがいるんだ」
皿に盛りつけられた料理を口に放り込み、手を合わせて食事を終わらせる。
洗面所で歯を磨きつつ、携帯端末のキーパッドに指を滑らせて連絡を行う。
返事がすぐさま届いたので内容を確認すると、いまからこの家に向かうと書かれていた。
「事情は説明しておいたが、いざ会うとなるとどうなっちまうかな……。アイツらも、ナズナに別れを告げたいはずだが……」
いつの間にかナズナが居なくなっていたなんてことにはさせたくない。
アイツらも、ナズナとたくさんの思い出を作った仲なのだから。
「ダイチ……。もしや連絡を取ってくれたのか?」
「ああ。二人とも、すぐに来てくれるみたいだぜ。愛されてるな、お前」
洗面所に入ってきたナズナを茶化すと、彼女は少しだけ頬を緩めてくれた。
他にやることもなく、研究に使う資料を読みこみながら時間を潰す。
やがて玄関のインターホンが鳴らされ、玄関の扉を開けると――
「久しぶり、大地。えっと、その……。元気にしてたかい?」
「そこそこってとこだな」
外には、困ったような表情を浮かべた翔の姿があった。
隣には悲しげな微笑みを浮かべた真帆の姿もある。
「今日はお招きいただき、ありがとうございます。大地君、ナズナちゃんは……?」
「部屋にいる。さあ、入ってくれ」
二人を家にあげ、ナズナがいる部屋へと通す。
その道すがら、スンスンと鼻を鳴らす音が聞こえてくる。
翔か真帆かは分からなかったが、涙を流しているのかもしれない。
「ナズナ、二人を連れてきた。入るぞ」
「……うむ」
扉を開けると、ナズナが部屋の中心で座っている様子が目に映る。
すでに覚悟は決まっているとでも言いたげな表情。
だが、俺に続いて入ってきた翔と真帆を見たことで、その表情は少しずつ崩れていく。
「ナズナちゃん……! 大地から聞いたよ、元々は別の世界の人だって……。帰るって本当なのかい!?」
「ああ、本当じゃ。すまんの、いままで黙っていて……」
「ううん、謝らなくていいの! 謝る必要……なんて……!」
瞳から涙を溢れさせながらナズナを抱きしめる真帆に、彼女たちの肩に手を置きながら静かに涙を流す翔。
俺は部屋の入り口で、三人の触れ合いを黙って見つめることにした。
「ごめんね……! ナズナちゃんにお別れを言いに来るの、こんなに遅くなっちゃって……!」
「なんて言いに来れば分からなかった……。君が居なくなるのを想像したくなくて……!」
「よいのじゃ……。二人はこうして会いに来てくれた。それだけで十分じゃ……!」
気丈に振舞おうとしていたナズナも、瞳の端から涙をこぼしていた。
泣いている三人を見ても、涙は出てこない。
俺が泣く時があったとしても、それは別の日だ。
「故郷に帰っても、私たちのこと忘れないでね……! 絶対! 約束だよ……!」
「向こうの人たちと、こっちであったことをいっぱい話してね。そうすれば、きっと忘れないから……!」
「絶対に忘れぬ。必ず、そなたらのことを話す……! そなたらも、わらわのことを忘れないでくれよ……!」
最後の思い出作りとして、俺たちは遊んだり、とりとめのない会話をしたりしながら穏やかな時間を過ごす。
ナズナとの別れを惜しんだ翔と真帆は、夜になるまでこの家に滞在してくれた。
家を出る時も名残惜しそうにしていたが、最後は笑顔で去っていくのだった。
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