第五章 大学生の思い出

第13話 研究

「多次元宇宙論によると、宇宙は巨大な空間に浮かんだ薄い紙のような存在。その紙たちが幾重にも重なり合うことで、それぞれの世界が成り立っているのなら、その間に存在するであろう壁を取り払うことができれば……」

 とある大学の研究室にて。俺は、様々な資料やデータを読み漁りながら研究を行っていた。


 研究の題材は、並行世界論や多元宇宙論。

 いわゆるパラレルワールドと呼ばれる世界についてだ。


「単に遠距離にあるという論だと、宇宙を越えていく必要が出てくる。だが、そんな遠くの世界だってのに、俺たちの世界に魔法の効果が及ぶなんてことがありえるのか?」

 それができるのなら、地球以外の生命体が住める星で、同じように死んだ存在と入れ替わってしまう可能性もあるだろう。


 知覚できないだけで、案外近くの世界だったりするのだろうか。


「例え薄い紙理論が正しいとしても、肝心の壁をどうやって取り払えばいい? その壁を壊した時の影響は? 俺はともかくとしても、世界に影響が出てしまったら?」

 研究を進めれば進めるほど、自身の感情と倫理観がぶつかり合う。


 ナズナにこの世界の全てを見せたい。だが、失敗して世界に悪影響を与えるわけにはいかない。

 無理に壁を取り払うことで、似て非なる世界がぶつかり合い、消滅なんてことになれば本末転倒だ。


「ナズナの世界がどこにあるのかも探さないといけない。それらを達成するための装置を作るにはどうすればいい? 無理難題なんてレベルじゃないぞ……」

 なぜ、ナズナたちは世界の境界を越えられた?


 蘇生魔法には命を蘇らせる効果だけでなく、世界の壁を越える力が存在するのか?


「俺たちも魔法を使えればな……。いくらでも実験するってのに」

 魔法の仕組みが分かれば、俺たちの技術でも再現が可能かもしれない。


 だが、頼れる相手はナズナしかいない上に、魔法の理論を全て理解しているとは限らない。

 こちらで十年近くを暮らしたことで、忘れてしまっている可能性も高いだろう。


「だとしても、聞いておいて損はないか。もう時間もほとんどないし、早めに実家に帰っておくかな」

 荷物をまとめ、研究室の扉を開いて大学の外へと続く廊下を歩く。


 外は既に暗闇に包まれている。

 俺の研究に、朝日は昇るのだろうか。



「蘇生魔法の仕組みを知りたいじゃと? またあの話をするのか?」

「いや、蘇生方法については理解しきってる。なぜ、お前の魂が別の世界である俺たちの所に来ることができたのかが気になってな」

 自宅のナズナの部屋にて。ナズナはベッドに入り、寝転びながら俺の話を聞いている。


 高校時代に行った遊園地で初めて意識を失くしてからというもの、コイツはちょくちょく同じ状況に苛まれることがあった。

 何とか高校は卒業できたものの、大学に行くことは諦め、俺が買ったり借りてきたりした本を自宅で読む生活を行っている。


「……残念ながら、わらわには分からん。今回は前例のないケースであり、あんなことが起きることすら想像しておらん出来事。王宮魔導士に師事すればわかるやもしれんが、力になれずすまんな」

「いや、別にいいさ。ところで、その本面白いのか? よく読んでいるみたいだが」

 ナズナのベッドの上には、一冊の本が置かれていた。


 確か内容は、ある日突然異世界に行ってしまった人物が、なんとか元の世界に戻る方法を見つけようと行動をする話。

 方法は見つけられたものの、元の世界と異世界とを行き来することはできず、交流を深めた人々との別れを悲しむシーンが印象的だ。


「面白い――とは少し違うな。どちらかと言うと、わらわたちに近いから。と言ったところか」

「近い……か。元々帰る方法を知っているとはいえ、色んな人たちと交流をして、狭い範囲ながら世界を見てきた。確かに、近いのかもしれないな」

 ナズナが座るベッドの足元側に腰を下ろし、これまでの日々をゆっくりと思い返す。


 小学生の時に、ナズナを川に落としかけてしまったこと。

 中学生の時に、ナズナの絵を見に行ったこと。

 高校生の時に、ナズナと共に観覧車に乗ったこと。


 思い返すと胸がざわつく思い出もあるが、コイツと共に過ごした日々は悪くなかった。

 もっと、共に過ごしたいと思ってしまったほどだ。


「ダイチは、わらわが向こうの世界に帰る時に悲しんでくれるか?」

「そんなこと聞くなよな。けど、そうだな」

 コイツが泣かずに元の世界に帰れるのであれば、拒絶した方が良いのかもしれない。


 だが、いまの俺にそんなことはもうできない。


「元の場所に、元の形に戻るだけなんだ。喜ぶべきなんじゃないか?」

「……それも、そうなのかもしれんのう」

 ナズナがいなくなることを、嫌がる自分が心の中に存在しているのだから。

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