第12話 夢

「……ふぅ。すまぬな、迷惑をかけた」

 目を覚ましたナズナが、ベンチに座りながら水分をとる。


 顔色は悪くない。呼吸も乱れている様子はないので、状態は安定したのだろう。


「大丈夫。ビックリはしたけど、ナズナちゃんが元気に起きてくれたんだもん。僕たちはそっちの方が嬉しいよ。ね?」

「そう、そう。いまはゆっくり休んで、またみんなで他のアトラクションに行こうよ」

 翔と真帆は優しくナズナを慰めるのだが、肝心のナズナはどこか心あらずといった表情を浮かべていた。


 事情を知らない人物から見れば、迷惑をかけたことに心を痛めている表情のように思えるが、恐らく本人は別のことに気が向いているのだろう。


「……そうだな。休みながら楽しめるアトラクションに行くのはどうだ? 観覧車とかならちょうど良さそうだぞ」

 視点を変え、観覧車がある方向へと体を向ける。


 木々の間から、色とりどりのゴンドラがゆっくりと回転している様子が見える。

 体調を戻しつつ、楽しむにはうってつけなアトラクションだろう。


「確かに良いかもしれないけど……。ナズナちゃんを歩かせるには、まだ少し早いんじゃ――」

「わらわならもう大丈夫じゃ。それに、また調子を悪くしてもダイチがおぶってくれる。心配はいらんよ」

「人を乗り物扱いすんな。だがまあ、そういうわけだ。みんなで行こうぜ」

 心配そうな表情を浮かべている翔と真帆を尻目に、俺とナズナは観覧車に向けて歩き出す。


 観覧車そばまで来たが、ナズナはあれから体調を崩すことはなく、足取りも健康そのもののように思える。

 とりあえず安定したことに安堵しつつ、二人ずつに分かれて観覧車を楽しむことにした。


 分かれ方は、当然翔と真帆。俺とナズナだ。


「じゃあ、先に乗らせてもらうね。真帆ちゃん、手を」

「ありがとう、翔君」

 二人が乗り込んだゴンドラは、ゆっくりと地上から離れていく。


 俺たちも次にやって来たゴンドラに乗り込み、穏やかな時間をのんびりと楽しむ。


「ジェットコースターよりは高く登らないんじゃな。風を感じられないのはちと寂しいが、これはこれで趣があって良いのう」

「観覧車は恋人同士が乗るには最適なアトラクションさ。周囲の目がない分、告白もしやすいからな」

 俺たちの一つ前にゴンドラに乗り込んだ翔たちは、一体何を話しているのだろうか。


 すでに付き合っているので、これからの人生についてでも話しているのかもしれない。


「告白をしやすい……か。なら、わらわもお主に伝えておかねばならんな」

 窓から景色を眺めていたナズナが、神妙な面持ちで俺を見つめた。


 言葉を紡ごうと口を開こうとしているのだが、内容がまとまらないらしく、もごもごと口を動かしている。


「あー……。その……。ダイチ、実は――」

「さっき意識を失った理由、魂の接続が切れ始めたから――だろ?」

 言い出す前に、先んじて俺から口を開く。


 するとナズナは、驚いたような表情を見せつつうつむいてしまった。


「……気付いておったか。よくわかったのう」

「まあ、だいぶ長い付き合いになったからな、お前の異変くらいはすぐわかるさ。んで、あとどれくらいなんだ?」

 俺の質問に、ナズナは膝の上で強く手を握りしめていた。


 答えてしまえば、終わりを認めることになる。この世界から消えなければならない。

 俺には決して理解できない恐怖を、目の前の少女は抱えている。


「三年、もしくは四年といったところじゃろうか。お父様方が再び蘇生魔法をかけようとするタイミングも考えれば、もう少し早いかもしれんが……」

「二十歳になる頃か。お前がここに来てからちょうど十年の節目だな……」

 元の形に戻るだけ。頭の中では分かり切っていることだが、心は納得できていない。


 ナズナと出会ってすぐの俺に、いまの感情を教えたらどんな表情をするのだろうか。


「一つだけ、俺から質問良いか? お前は、この世界をもっと見てみたいと思うか?」

「もちろん。本来であれば絶対に見ることが叶わなかった世界、隅々まで見てみたいと思っておる。じゃが、それは叶わぬ夢であろうな……」

 いつもの元気さは全くなく、暗く落ち込んだ表情。


 その表情が瞳に映ると俺の心はざわざわと騒ぎたつ。

 騒々しく、あごで使ってくることもある奴だというのに、なぜこうも悲しんでほしくないと思ってしまうのだろう。


「……その夢、持ち続けてろよ」

「何? どういう意味じゃ?」

 つい、自分の口からついて出た言葉に驚きつつ、ゴンドラの窓から景色を眺める。


 ナズナの世界に観覧車があれば、どのような景色が見えるのだろうか。


「持ち続けなければ叶いやしない。お前が叶えられなかったとしても、誰かが叶えてくれるかもしれないんだからな」

「……よくわからんな。じゃが、お主が言うのであれば願い続けるとするか」

 俺たちの乗るゴンドラは、少しずつ地上に向けて下がっていった。

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