第11話 意識
俺たちがこれから乗る予定のジェットコースターは、宙返りがないタイプ。代わりに急降下や急上昇などの移動が激しいアトラクションだ。
最高速度は優に120を超え、高低差も70近くあるらしい。
「うう~……。ナズナちゃんの希望とはいえ、やっぱり怖いよぅ……!」
「だ、大丈夫……。僕も無茶苦茶怖いから……。一緒に乗り越えよう……!」
もうすぐジェットコースターに乗る番が回ってくるためか、俺の目の前で翔と真帆がお互いを鼓舞し合っていた。
元々二人は、俺とナズナがジェットコースターに乗っているところを、地上で見ているだけのつもりだったらしい。
だが、ナズナが皆で乗ろうと言い出し、結局断ることができずにここまでやって来てしまったのだ。
「大地……。僕が気絶しちゃったら、真帆ちゃんのこと頼むね……」
「おいおい、なに情けないこと言ってんだ。お前が真帆のことを守るんだろ?」
もちろん気絶したらしたで介抱するつもりだが、気絶するのが前提ではさすがに困る。
それは隣に座るであろう、真帆も同じ気持ちだろう。
「ナズナちゃんはすごいね……。怖がるどころか楽しそうなんだもん……」
「もちろん、わらわも怖いぞ。じゃが、それよりも楽しみという気持ちの方が強まっておるのじゃ。マホさんもそう思うと良いのではないか?」
ナズナのアドバイスは真帆には通用しなかったらしく、青い顔から変化することはなかった。
そして、とうとう俺たちのひとつ前に出発したジェットコースターが戻って来る。
「お次の方、どうぞ」
「ほら、順番が来た。さっさと乗り込もうぜ」
「うう……。わかったよ……」
尻込みをする翔の背を押しつつ、ジェットコースターに乗り込む。
俺とナズナが乗り込んだのは、翔たちの席の一つ後ろ。
恐怖に襲われ、悲鳴をあげ続ける翔を、後ろから眺めてみたいからだ。
「では、発進します。良い絶叫の旅を!」
係員の言葉が終わると同時に、ブザー音が鳴る。
その音に不安と期待感を抱きつつ、ジェットコースターは発進した。
「おお、動き出したぞ! これから一番高いところまで移動するのか……。ドキドキするのう!」
恐怖も不安も抱く様子を見せず、ナズナは無邪気にはしゃいでいる。一方の翔たちは、無言で来る衝撃に備えているようだ。
コースターは坂を登りきり、視界が一気に開けていく。
見上げるほどに高かったはずの建物たちが、いまでは眼下に存在する。
普段は見れない光景に、心を躍らせた瞬間――
「うわあああ!?」
「きゃあああ!?」
翔と真帆が大きな悲鳴をあげ、コースターが速度を上げる。
俺が乗った席も引っ張られるように地上へと落ちていく。
「うおおお! ハハハハ!」
「ワッハッハ! すごいのう、すごいのう!」
翔たちとは真逆に、俺とナズナは笑い声をあげる。
発進する前に抱いた不安も吹きとび、俺は異常な速度と衝撃を楽しんでいた。
「ひいいぃぃ!」
「ううぅぅぅ!」
「すげーな! ナズナ、向こうが俺たちの住む県じゃないか!?」
「おお、そうかもしれんのう! 学校や家はここから見えるじゃろうか!」
悲鳴をあげるグループと、高速で移動していく景色すら楽しむグループ。
異なる楽しみ方をしている内に、あっという間にアトラクションは終わりとなり、最初の乗り場へと戻っていく。
「あれほどの速さで動くとは……! まるで、空を飛んでいたかのような気分じゃ! もう一度乗りたいのう!」
「俺も同感だが、くたくたになってる奴らがいるから我慢してやってくれ」
安全バーが外され、ジェットコースターから降りると、疲れ切った表情を浮かべた翔と真帆も降りてくる。
二人とも、激しい恐怖と衝撃で体力を大きく削ってしまったようだ。
「二人とも、よくそんな元気でいられるね……。僕はもう無理……」
「私も……。外に出て休憩しよ……?」
俺たちは預けておいた荷物を受け取り、アトラクションから出ていくことにした。
近くにベンチを発見し、翔たちが休憩のために座ろうとしたその時。
「んあ? 何だよナズナ。ちゃんと前見て歩けよな」
背後を歩いていたナズナが、俺の背にぶつかってきた。
「む……? ああ、すまん。先ほどの凄まじい衝撃により、少しふらついてしまったようじゃ。わらわも休憩したほうがよさそう――」
「お、おい、ナズナ!?」
ナズナの体が地面に向けて倒れていく。
なんとか抱き止めることができたが、そのまぶたは開いていなかった。
「ナズナちゃん!? 大地、ベンチに寝かせてあげて!」
「すまん、悪いな!」
急いでナズナをベンチに寝かせ、様子を見る。
呼吸はしている。意識を失っただけのようだ。
「な、何か飲み物……! 買ってくるね!」
「真帆も疲れてるんだから、俺が買ってくる。二人はナズナを見ててやってくれ」
返事を聞く前に、近くにある自販機に駆け寄る。
飲み物を買いながら、近い未来に起きるであろう出来事に向け、俺は思考を始めるのだった。
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