第9話 想い
「正解。これは翔君と、大地君を描いた絵なんだ。勝手にモデルにしてごめんね」
「ううん! 全然かまわないよ! 大地も嬉しいでしょ? そうだよね!?」
「お、おう……。まあ、嫌な気持ちはしないよ」
笑顔から一転、申し訳なさそうに顔を伏せた真帆に対し、翔は威圧感を持って俺に同意を強要してきた。
好意を得たいという魂胆から、このような発言をしているのだろう。
一応注意くらいはすべきだと思うのだが。
「私ね、どうしても二人の絵を描きたかったんだ。でも、いきなりモデルになってくれって言っても迷惑をかけちゃうし、二人の練習と交流を邪魔したくなかった。だから、二人に説明するのが後回しになっちゃったんだ……」
真帆は、寂し気に自分の描いた絵へと視線を向ける。
彼女のその行動を見て、俺の心中に一つの疑問が沸いてきた。
なぜ、俺たちをモデルとして選んだのだろう。それほど親しくした覚えなどないのに。
その疑問を彼女にぶつけてみることにした。
「絵の題材を探している時に君たちの姿を見つけて、描きたいと思ったから。それだけだよ」
「なんだ。テニスが好きだからとかじゃないのか」
真帆は小さくうなずき、恥ずかしそうに笑う。
そして絵から視線を外し、俺と翔を視界に入れつつ言葉を発した。
「最初はそういう想いだったんだけど、描いている内に少しずつ想いが変わっていったの。同じ目標に向かって歩く、信頼し合っているパートナー。それが羨ましくて、私もそんな人が欲しいなって想いを込めて描くようになったんだ」
「俺と翔が、真帆の言う理想のパートナーってことか? そんな自覚、翔はあるか?」
「うーん……。あまり意識したことはなかったなぁ」
褒められたことは嬉しく思うが、あまり実感として湧いてこない。
部活動に入り、ペアを組んだ。その程度の繋がりしかないというのに、理想のパートナーと呼ばれるのには違和感がある。
「私が勝手に思ってるだけだから、あまり気にしないで。どんな作品にも、何かしらの想いは込められている。それだけ理解してくれれば十分」
「どんな作品にも……。ナズナの絵、もう一回よく見てみるか」
ナズナは、俺のことを想って描いたと言っていた。
その絵をよく分からないと判じてしまったため、アイツの想いが理解できていない。
完全に理解できなくとも、努力くらいはしてみなければ。
「む、なんじゃダイチ。マホさんの絵を見に終わったのならば、そのまま帰れば良いものを」
自分が描いた絵を見つめながら、ため息を吐いていたナズナのそばに近寄る。
言葉にトゲがあるところを見るに、まだ機嫌は治っていないようだ。
「もういっぺん、お前の絵を見ておこうと思ってな。意味不明な絵でも、何かしらの想いを込めたんだろ?」
「ふ、ふん! お主のような奴に、わらわの想いが理解できるとは思えんがの!」
反抗的な言葉をぶつけてくるものの、ナズナはちらりちらりと俺の瞳を見上げていた。
期待されているのであれば、その想いに答えなければ。
「う~ん……。王冠を被った選手だろ? 単純に考えれば、優勝した選手ってとこだろうが……。いやまてよ、確かナズナは……」
何度かナズナが俺たちの練習風景を見に来ていたことがあったはず。
とすると、俺たちソフトテニス部内の誰かを描いた絵なのだろうか。
そして、俺を想って描いたということは。
「なるほど、俺に優勝してもらいたいという想いを込めたんだな。そう考えれば、意味不明な絵ではなくなるな」
「そ、そういうことじゃ! わらわはお主の勝利祈願をしたのじゃ!」
どこか動揺したような声を出しつつも、大威張りするナズナ。
俺が正解を当てたことに、驚いたのだろう。
「ったく。それなら優勝カップを持っている絵を描けばいいのによ。わざわざ王冠なんて」
「よ、良いではないか! わらわにとって、王冠とはそれくらい大事な物なのじゃから!」
ナズナは、少し怒ったようなふるまいを見せてから真帆たちの元へと歩いていった。
確かに、アイツが別世界の王女なのであれば、王冠は自身の証明といえるぐらいに大切な物だ。
それほどの物を俺に乗せてくれるということは、心から俺たちの勝利を願ってくれていると――
「この絵を描き始めた時期は、まだ大会への参加表明を出していない時だよな……。それなのに勝利を願う絵……?」
疑念を抱き、再度絵を見つめてみるが、新たな推測は浮かんでこなかった。
「ダイチ、何を考えこんでおるのじゃ? お主らしくないぞ」
「うるさいぞ。ま、お前が込めた想いを糧に、優勝に向けて頑張らせてもらうよ。ありがとな、ナズナ」
分からないことを考え続けても意味はない。いまは、ナズナと真帆の想いに答えられるように頑張るとしよう。
翌日。俺と翔は、地方大会でも優勝することに成功し、全国大会へ足を進めた。
だが、一回戦で前回優勝校と相対してしまい、残念ながら絵の通りまでとはいかなかった。
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