第8話 美術

「へー。県内だけだってのに、ずいぶんとたくさんの絵があるんだな」

「県内だけって……。いったい何人いると思ってるのさ」

 県内のとある施設にて。あちらこちらの壁に学生が描いた絵がかけられ、俺たちと同じように見物をしに来た人たちがそれらを眺めている。


 俺と翔は、ナズナの要望通り絵画コンクールの会場にやって来ていた。


「テーマはスポーツだって。大体の人はメジャーなスポーツをモデルにしてるみたいだけど、マリンスポーツや、冬のスポーツを題材にした絵もあるね」

「知らないスポーツの絵もあるな……。この絵、野球っぽいスポーツを題材にしているみたいだが、ボールに穴が開いてるぞ。こんなボールで試合になんのか?」

 様々な絵を見物しつつ、俺たちの学校の生徒が描いた絵がある場所を探す。


 確か、個人ではなく団体で作品を提出していたはずなので、知っている名を見つけられればナズナや真帆の絵もそばにあるはずだ。

 キョロキョロと首を動かしながら歩いていると、見覚えのある学校の名前が書かれたプレートと、知り合いが描いた絵がかけられた場所へとたどり着く。


 そこには――


「なんで、王冠被った奴がテニスしてんだ?」

「さぁ……?」

 ナズナの名と共に、分かるようで分からない不思議な絵がかけられていた。


 この絵の中にいる、王冠を被っている人物はどこかで見たことがあるような気がするが、一体誰だろうか。


「お、ダイチにカケルではないか! 既に来ておったのか!」

 声に振り返ると、そこにはナズナの姿ともう一人、黒髪の女子の姿があった。


「こんにちは、翔君に大地君。今日は私たちの絵を見に来てくれて、どうもありがとう」

 彼女が真帆。発した声にたがわず可憐な少女であり、うちの男子に意外と人気があるらしい。


 俺はあまり、彼女に興味はないが。


「こ、こんにちは、真帆さん! き、今日はいい天気だね!」

「室内で天気の話をしてどうすんだ……。ほら、落ち着いて深呼吸でもしてこい」

 俺のアドバイスにうなずき、少し離れた場所に移動して深呼吸を始める翔と、そんなアイツの姿を見てクスクスと笑う真帆。


 彼女の嬉しそうな表情を見て、不思議と翔のことを羨ましく感じてしまう。


「のう、ダイチ! わらわの絵を見てどう思った?」

「あ? どうって言われてもな……。変な絵だなとは思ったが」

 ナズナの質問に思った通りのことを伝えたところ、案の状コイツは不満げに頬をふくらませていた。


 一生懸命描いた絵を変な絵と一蹴されてしまえば、不機嫌にもなる。

 分かりきっていることだが、俺にはお世辞を言える程の語彙力は存在していなかった。


「大地君。せっかくナズナちゃんが頑張って描いた絵なんだから、そんなこと言っちゃダメだよ。ね?」

「そうじゃ! お主を想って描いたというのに! 何という言い草じゃ!」

「俺を想って? じゃあ聞くが、なんでこのテニスをしている奴は王冠なんか被ってんだ?」

 俺の質問にナズナは恥ずかしそうな表情を浮かべ、うつむいてしまう。


 何か言いにくい理由でもあるのだろうか。


「う~……。わらわの絵はもうよい! マホさんの絵を見るが良い!」

「はいはい。真帆、あんたの絵もこの近くにあるのか?」

「うん、あそこにあるよ。私は翔君を呼んでくるね」

 いまだに深呼吸を続けている翔のもとに、真帆は両手を後ろ手に組みながら近づいてく。


 その間に俺は真帆が描いたという絵に近寄り、それを見上げる。

 題材はナズナと同じくテニスのようだが、活動的だったアイツの絵と比べて大人しい絵のようだ。


「木陰で会話をしながら休憩をする、二人の選手の絵か……。こうして見ると、真帆が描いた絵は異質だな。他の奴が描いたのは何かしら動きがある絵だってのに」

 壁一面にかけられている絵の中で、真帆が描いた絵だけ動きがない。


 どのような理由があって、このような絵を描いたのだろうか。


「私ね、競うとか比べるって感覚がいまいちよく分からないんだ。なんで大会があるんだろう。なんで、負けて泣く必要があるんだろう。悔しいのは分かるけど……ってね」

 絵を眺めていると、背後から真帆が声をかけてきた。


 彼女のそばには、なぜか照れ笑いをしている翔の姿もある。


「まあ、学校のテストや体育の競技くらいじゃ分かりにくいかもしれないよな。もしかして、その感情を知るためにコンクールに参加したのか?」

「それもあるよ。けど、本音は違う所にあるんだ。この絵を見て、何か思い出さない?」

 真帆に促され、再度かけられている絵を見つめる。


 言われてみれば、確かに見たことがあるような気がしてくる。

 どこかで見た樹木に、どこかで見た二人組。


 この絵のモデルとなっているのは――


「これ、うちの学校に生えている木だね。そして、この二人組は……」

「ああ、俺たちだ。この絵は、俺たちが描かれているんだな」

 俺と翔は、真帆へと振り返る。


 彼女は優しい笑みを浮かべていた。

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