第三章 中学生の思い出

第7話 大会

「う……らあっ!」

 ラケットで強く叩かれたボールが、相手コートの隅を貫く。


 対戦相手は俺が放った一撃を返すことができず、膝から崩れ落ちてしまった。


「ゲームセット!」

 審判の試合終了の合図とともに、俺はコート中央のネットに歩み寄る。


 対戦相手は悔し涙を見せながらも、俺の差し出した手を握り返してくれた。


「やったぞ! これでソフトテニス部は地方大会出場だ!」

「すごい、すごーい!」

「ダイチー! カケルー! 良く頑張ったのう! さすがじゃ!」

 観覧席の方から、観客に混じってナズナの喜ぶ声が聞こえてくる。


 俺が通う中学の女子生徒と同じ制服を纏い、応援しに来てくれたようだ。


「ほとんどが君の得点だったね。最後のスマッシュ、凄かったよ」

 横から声をかけてきたのは、俺より背が低い茶髪の男子。


 元々は黒い髪だったが、日に焼けたことで茶髪に見えるようになってしまっている。


「何言ってんだ。翔がしっかり後ろを守ってくれたから、打ち込みやすい球が飛んできたんだ。お前のおかげで勝利につなげられたのさ」

 寄ってきた俺の相方――翔と、お互いを褒め合いながらコートの外に出る。


 コート外では、俺たちと同じ部活に所属している皆が歓迎してくれた。

 手を叩いて大喜びする者。俺たちの試合運びにダメ出しをしつつも、嬉しそうにしている者。嬉しさのあまり涙を流す者もいた。


 そんな奴らと話をしている内に表彰式となり、帰宅時間となる。

 俺と翔は、合流したナズナと共に駅への道を歩いていた。


「カケルはすごいのう! ダイチが取り逃したボールを、いともたやすく打ち返すのじゃから! もっと感謝するべきじゃぞ!」

「バーカ。翔が打ち返しやすいように、俺が圧をかけてたんだよ。なあ?」

「さっきは僕のおかげって言ってくれたのに。全く、調子良いんだから」

 笑い合いながら道を進んでいると、とあるチラシが掲示板に貼られているのを見つけた。


「県の美術コンクールのお知らせだね。たしか、ナズナちゃんも作品を提出するんだっけ?」

「さすがはカケル。良く知っておるのう!」

 ナズナのお世辞に、翔は頬を緩めながら笑い出した。


 ナズナは俺が通う中学の美術部に所属している。

 当初はスポーツ関係の部活に入るつもりだったそうだが、とある人物の絵を見て気が変わったそうだ。


「のう、ダイチ。本当にわらわの絵を見に来てくれるのか? コンクールの次の日は、お主らの大会の日なのじゃろう?」

「お前が見に来いって言ったんだろ? 前日無理に練習しても体を壊すだけ、ゆっくり休めとも言われてるからな」

「お、監督がよく言うやつだね」

 ケラケラと笑う翔の額を指で弾きつつ、道を歩くのを再開する。


「のう、カケルも見に来たらどうじゃ? お主も暇なのじゃろ?」

「暇ではあるし、元々見に行くつもりだったけど……」

 ナズナの要望に、翔はしどろもどろになっていた。


 その様子を見て、俺はニヤリと笑いながら翔の肩に腕を回す。


「確か、美術部にお前の好きな女子がいるんだったよな? まさか、一人でこっそり見に行くつもりだったのか?」

「え!? いや、そういうわけでは――ないとは言えないけど……」

「そうなのか! 一体誰じゃ? 誰なのじゃ!?」

 俺とナズナの好奇心に満ちた目に気圧され、翔は小さく口を開く。


「ま、真帆さん……」

「マホさんじゃと!? カケル、お主見る目があるのう! あの人はとても優しく、わらわにも様々なことを教えてくれるのじゃ!」

 真帆は、美術部に所属する大人しい性格をした女子。


 ナズナが美術部に入りたいと言い出したのは、真帆の絵を見たからだったはずだ。


「真帆なら今日の試合を観戦しに来てたんじゃないか? 学校で、俺に試合に出るのか確認しに来たからな」

「ほ、本当かい!? 見にきてくれてたら嬉しいな……。ナズナちゃんは彼女の姿を見てない?」

「わらわはダイチの応援に気が行ってたからの。カケルを応援する女子の声を聞いた気はするが……」

 要領を得ない答えに、翔はがっくりと肩を落とす。


 普段から大人しい真帆が、大声を出すイメージはあまりない。

 応援に混ざっていたとしても、分からない可能性はあるだろう。


「もしよければ、わらわがマホさんをお主らのもとへ連れてくるか? わらわはあの人と仲が良い。誘えばきっと来てくれると思うのじゃが」

「そ、それは……! 嬉しいけど、どうしよう……!」

「断る理由があんのか? 頼むだけ頼んどけよ」

 俺の言葉にうなずいた翔は、ナズナに協力を要請する。


 数日後、俺たちは美術コンクールが行われる会場へと向かうのだった。

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