第6話 役目
「大地!? びしょ濡れでどうしたの!?」
「まさか、川に落ちたのか!? ケガはないか!? 大丈夫か!?」
川の下流から両親がいるキャンプ場に戻ると、二人は青い顔をして俺のそばに駆け寄ってきた。
「川に落ちたところをナズナに助けられたんだ。どうしてそんなことになったかと言うと――」
「大きな魚が釣れかけたから、ダイチに助けを求めたのじゃ。その際に足を滑らせてしまっての……」
俺の言葉を遮るかのように、ナズナは事情の説明をしてくれる。
ただ、俺が命を奪おうとしかけたことは言わないでくれた。
「そうだったの……。ナズナちゃん、大地を助けてくれてありがとう。でも、あなたたちを川へと近寄らせることはもうしない。お昼を食べたら、すぐに帰りましょう」
「了解した。大地、分かったな?」
「……わかった。ごめんなさい」
子どもを心配するごく普通の両親。その視線にナズナも含まれていることが、少しばかり不気味に思えた。
下流で彼女が言った、優しすぎるという言葉。
そして、俺が抱いていた両親への違和感は間違いではなかったのかもしれない。
「さあ、食事にしよう。火傷しないよう気を付けるんだぞ?」
「う、うん……」
俺は自分の過ちを伝えられず、ナズナの様子をうかがいながら食事をすることしかできなかった。
大好きな肉のはずなのに、味がしない。
まるでゴムか何かを食べているかのようだ。
「ねえ、ナズナ。バーベキュー、美味い?」
「なんじゃ? 急にしおらしくなりおって。むろん美味いぞ」
肉を口に含むナズナの表情は、どこか心あらずのようだ。
こんな表情を見るのは初めてだと思うのと同時に、いつもこの表情をしていたようにも思えてくる。
そんな彼女に、両親に聞こえないであろう声量で質問をする。
「なんで黙ってるのさ? お父さんとお母さんに言いつけても良いのに」
「それをしたところで利は何もないからの。お主ら家族の絆が壊れるよりかは、黙っていた方が良いはずじゃ」
ナズナは、野菜を口に頬張りながらそう言ってのける。
俺に命を奪われかけたというのに、それでもコイツは俺をかばうようだ。
「……やっぱり、俺はお前が嫌い。意味が分からない」
「ははは。わらわも、誰かに好かれたいとは思っておらん。それで構わんよ」
網で焼かれている野菜を皿に取り、タレをつけてから口に含む。
「一つ、聞きたいことがあるんだ。お前が病院で目覚めた時、俺の妹と話したことがあるみたいなそぶりを見せてたよね? いつどこで話したのさ?」
「おお、あれか。魂だけとなって入れ替わる時に情報交換をしたのじゃ。こちらの生活で必要な知識も含め、あやつからは色々聞いておる。ダイチは夜寝る時に、指をしゃぶる癖が少し前まであったなどとも言っておったか」
ナズナの言葉を聞き、食べていた野菜を噴き出してしまう。
アイツはアイツで何を吹き込んでいるんだ。
「気絶中、アイツの夢を見たんだ。アイツが川でおぼれて死ぬ少し前の出来事の夢。俺が、修学旅行に出かける前の」
「修学旅行……。ああ、学校の行事とやらで出かける旅行みたいなものだったか?」
ナズナの言葉にうなずきつつ、話を続ける。
「俺、あの日アイツについてくんなって言っちゃったんだ。そしたらアイツはごねだして、父さんと母さんが川に連れて行ってやるからって言い出して……」
俺が拒絶するようなことを言わなければ、アイツは生きていただろうか。
「俺の、俺のせいなのかなぁ……。夢に出てきたのは、俺を恨んで――」
「それは違うぞ、ダイチ」
涙を流しかけた俺の頬に、ナズナの冷たい手が触れる。
「お主の妹は、お主の話をしている時が一番楽しそうじゃった」
「アイツが……楽しそうに……?」
ナズナはコクリとうなずいてから話を続ける。
「お主の夢に妹が出てきて恨み言を吐いたのなら、それはお主が気に病んでいるだけじゃ。そんなものはお主の妹ではない。忘れてしまうが良い」
「だ、だけど、アイツが死んだのは俺のせいで――」
「お主も、お主の両親も悪くないのじゃ」
彼女の寂しげな声を聞き、興奮が収まっていく。
「わらわたちが川で命を落としたのは、勝手な行動をしたわらわたちのせい。あやつは、お主もお主の両親も恨んではおらんぞ」
だからと言って、目を離してしまったことや拒絶するようなことを言ったのが許されるわけではない。
それらがなければ、命を落とさずに済んだのかもしれないのだから。
「過ぎたことを悔やんでも仕方ない。あやつは、わらわの世界を楽しむと言っておった。じゃから、わらわもこの世界を楽しむつもりじゃ」
「世界を楽しむ……」
いまあることを楽しむのは、確かにアイツらしい。
分かった。アイツがそれを望むのなら、俺は――
「ナズナ。今度何かやりたいことがあったら俺に言って。何とかしてやるから」
「ほう、それは本当か? では、楽しみにしておくとするかの、お兄ちゃん」
この世界にいるナズナを楽しませることが、俺の役目なのだろう。
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