第二章 小学生の思い出

第4話 川

「む~! よいじゃろう!? わらわもあの者たちと同じように、川できゃんぷとやらをしてみたいのじゃ!」

 自室で本を読んでいると、ナズナの大声が居間の方から聞こえてきた。


 テレビでやっていた特集を見て好奇心を抱いたらしく、川に出かけたいと駄々をこねているようだ。


「俺たちは君のことを預かっている身。川遊びなどという危険な行為をさせるわけにはいかない。悪いが諦めてくれ」

 続いてナズナをなだめる父さんの声が聞こえる。


 ただでさえ、自分たちが目を離した隙に妹は死んでしまっている。

 再び川に連れて行こうと思える方がおかしいのだ。


 それにしても、ナズナもまた妹と同じように川で溺れて死んだと言っていた。

 水にトラウマを抱くのが普通だと思うのだが、気にならないのだろうか。


 単に図太いだけなのだろう。もしくは川が好きなだけか。

 なんてことを考えていると。


「ならば、ダイチがそばにいればよいじゃろう!? わらわが川に入ったりしないよう、見張りがいればよいではないか!」

 俺はため息を吐きながら読んでいた本を置き、居間へと向かうことにした。


 妹の体で危険なことをされるのもそうだが、勝手に人を巻き込むのは勘弁してほしい。

 特にナズナのことを認められていない俺に、見張りなどできるわけがない。


 当然、頭にきて言い返してやろうかと思ったのだが、この時俺の心に一つの案が浮かび上がってきた。

 ナズナを死なせればいいんじゃないか——? と。


 アイツが妹と同じように死ねば、きっと妹は帰ってくる。

 そうすれば、いつも通りの生活を送れるようになる。


 俺はどうやってナズナを連れ出し、命を奪うかを考えながら居間の扉を開け放った。


「お父さん。ナズナもこの町だけじゃつまらないだろうし、他の所も見せてあげようよ。良い経験になると思うし、俺もちゃんと見張ってるから」

 悪魔がささやいたというやつなのだろう。都合の良い言葉がすらすらと心の中に浮かんでくる。


「確かに成長する上で様々な場所を見て回るのは大切なことではあるが……。わかった。大地が言うのなら連れて行こう。ただし、お前も目を離さないようにな」

「うん、任せておいてよ」

「やった! ありがとうの! ダイチ!」

 俺が邪悪な笑みを浮かべていることにも気づかず、ナズナは無邪気に抱き着いてくる。


 後日、俺たちは妹が死んだ場所とは別の川へ向かうことになった。



「水の中に入れんのはつまらんのう……。せっかくきれいな川だというのに……」

「仕方ないよ。ほら、釣りざおを借りてきた。これで魚を釣れば、少しは川っぽい遊びができるはずさ」

 ナズナは釣りざおを受け取ると、早速釣り針にエサを付けだした。


 あとは人気のない場所に誘導し、川に落とせば成功だ


「っていうか、お前水が怖くないの? 溺れたんでしょ?」

「怖いぞ? じゃが、王族にとって川こそが最も暮らしから離れられる場所での。この安らぎは代えがたい物があるのじゃ」

 釣り針にエサをつけ終えたナズナは、キョロキョロと川を眺め出す。


 そして、まばらに存在する釣り人や川で遊ぶ人たちを見て、不満そうにこう言った。


「せっかくならば大きい魚を釣りたいのう。ダイチよ、魚がよく釣れる場所は知らんのか?」

「なら、少し下流の方に行こう。大きな魚たちが居るかもしれない」

 確実に、コイツを死なせられる場所へ。誰にも見つからず、川へ落とせる場所へ。


「ふむ、ならばお主の両親にも伝えておかねば——」

「大丈夫。ちゃんと説明してある」

 実際には伝えていないが、そんなことをする必要はない。


 だって、邪魔なのだから。


 二人はバーベキューの準備をしていると言っていた。

 やるのならいまが最適だ。


「そうか、では行こう! 大きな魚を釣りにな!」

 ナズナを連れ、俺たちは下流へと足を向ける。


 少しずつ人影はまばらになっていき、やがて俺たち以外の姿は見えなくなった。


「ここが良いかな。人も少ないから魚も警戒してないだろうし、結構水かさもある。大きいのが釣れると思う」

「なるほどのう。川の流れは少しばかり強いようじゃが、早速釣りを始めるとするか!」

 ナズナはご機嫌な様子で岩に腰を掛け、川へ釣り糸を垂らしだす。


 鼻歌を口ずさみながら、彼女は魚がヒットするのをいまかいまかと待ちわびている。

 俺もまた、彼女から少し離れた場所で同じように釣り糸を垂らし、その時が来るのを待ちわびた。


 そして——


「お! 来た、来た! コイツはなかなかでかそうじゃぞ! ダイチ! 手伝ってくれんか!?」

 ナズナの垂らす釣り針に、一匹の魚が食いつく。


 かなりの大物らしく、釣りざおが大きくたわんでいる。


「もちろん、喜んで」

 俺はゆっくりと彼女に近づき、その背を――

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