第3話 生活

「む~! ダイチの目玉焼きの方が大きいのではないか!?」

 ナズナが退院した翌日の朝。彼女は俺の隣の椅子に座りながら、朝食の文句を言っている。


 その声を煩わしいと感じながらも目玉焼きの一部を箸で割り、彼女の皿にのせる。


「にひ~! ありがとの! お兄ちゃん!」

 大きくため息を吐きながら、二本あるソーセージの内の一本を口に入れる。


 なんで、こんなのが王女様なのだろうか。


「大地。ちょっとこっちに来なさい」

 食事を終え、スーツ姿に着替えた父さんが、居間から玄関へと続く扉の前に立って手招きをしている。


「うん、わかった」

 箸と茶碗をテーブルに置き、椅子から立ち上がって父さんの後に続く。


 廊下に出た俺たちは、部屋の中に聞こえないように小さな声で会話をする。


「やっぱり、受け入れられないか?」

「当たり前だよ。アイツ、人の体を使って好き勝手して……。意味が分かんないよ」

 不満を聞いて、父さんは口に指をあてて考え始めた。


 気持ちが分からないでもないといった表情をしている。


「だが、あと十年を我慢すれば、あの子は帰ってこられるんだ。それはお前も嬉しいことだろ?」

「そうだけど……」

 ナズナが目覚めたあの日、彼女からは俺たちの妹が生きている可能性についても教えてもらっていた。


 厳密に言うと、ナズナはまだ生き返ってはいないらしく、生き返っている途中といった方が正しいとのこと。

 蘇生が完了に至るためにはいくつかの行程を踏む必要があり、そのうちの第一段階が終わった程度しか進んでいないそうだ。


 まず一つ目、魂を異なる肉体に入れ替える。

 蘇生したい人物の魂を、別の体に移しておく作業だ。

 

 これは、ナズナが動き出していることから無事成功。


 二つ目、肉体を変化させる。

 命を落とした瞬間の体から、成長などの何かしら変化をさせておく作業だ。


 死んだ人の魂を元の肉体に戻そうとしても、この肉体は使えないと判断してすぐに抜け出してしまう。

 それを防ぐために肉体を変化させ、魂に元の肉体ではないと誤認させる必要がある。


 ナズナたちに関しては、子どもの時期ということで肉体も成長するので、大人として成熟しきるまで待つだけで問題ない。

 当然、時間がかかる方法だが、肉体を傷つけることなく蘇生ができるらしい。


 そして三つ目、変化させた肉体に魂を戻す。

 別の肉体に宿っていた魂を、本来の肉体に戻す作業だ。


 蘇生魔法を受けた人物は、本来魂が宿っているべき肉体ではないせいで、分離しやすい状態となっている。

 時間が経過するほど繋がりは脆弱となっていき、長くても十数年程度で魂は肉体を飛び出してしまう。


 これでは蘇生が成功したとはいえないので、成長させておいた元の肉体へと魂を戻す作業を行う必要がある。

 本来あるべき形となれば繋がりは強固となり、寿命が尽きるまでを生きることができるとのことだ。


 当然ながら、この一連の作業を行うには二つの肉体を保持し続けなければならない。

 本来の肉体と、他者の肉体。どちらも十分に成長させなければ、蘇生は失敗となってしまう。


 ナズナが妹の体を成長させ、妹がナズナの体を成長させる。

 お互いを存続、および成長させることで、完全な蘇生ができるようになるのだ。


「でも、やっぱり納得できないよ。アイツの体なのに、中身は違う。アイツなのにアイツじゃない。こんなのおかしくなりそうだよ……」

 不満を言って下を向いてしまった俺の頭の上に、大きな暖かい手が乗る。


「辛抱だ。修学旅行は残念だったが、近いうちに父さんたちが必ず旅行に連れて行ってやる。ナズナと一緒に、それを楽しみに待っててな」

 父さんは、置いてあったカバンを手に取りつつ黒い革靴を履くと、仕事に出かけていく。


 ナズナのことを受け入れかけている父さんのことが、俺には信じられなかった。

 アイツが嘘を言っている可能性もあるのに、疑わずに信じようとしている両親の思いも理解できなかった。


「大地ー! 早く食べちゃって! 片付けが終わらないからー!」

「うん、分かった」

 聞こえてきた母さんの声に返事をしつつ、居間に戻って朝食を再開する。


「……ねえ、なんでソーセージが無くなってるの? 一本残ってたはずなんだけど」

「わらわがいただいておるぞ」

 ナズナは使ったことがないはずの箸でソーセージを器用に挟み、口に放り込もうとしていた。


 行動方針が妹とほとんど変わらない彼女に辟易しつつ、目玉焼きと白米を口に入れる。

 似ているようで似ていない、妹となった王女との日常が始まるのだった。

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