第2話 正体

「奇跡としか言いようがありません。確かに生命活動は停止しておりました。しかし、一晩経ってから目覚めるとは……」

 少女の容体を見てくれていた担当の医師が、検査結果を見つめながら説明をしてくれる。

 

 状態は健康そのもの。

 各種検査も異常は見当たらなかったそうだ。


「ふふん。わらわをなめるではないぞ」

 少女は丸椅子に座りながら、腕を組んで鼻息を荒くしていた。


「ただ、お話に聞いていた性格とはずいぶん様子が異なっているようですね……。頭を打ったりしたのかな……」

 医者はマウスを操作し、少女の脳の写真を見ながら唸っている。


 だが、異常な点は見つけられなかったみたいだ。


「もうしばらくの間、要観察とさせていただきたいと思います。何回か検査をしてわかることもあると思いますので」

「なんじゃ? わらわは健康そのものじゃ。検査とやらはもうせんぞ」

 少女は丸椅子から立ち上がると、一人で病室から出て行こうとした。


 その体を慌てて引き寄せ、何度も頭を下げさせながら病室から出ていく父さん。

 頭を押さえつけられている少女は、とても不満そうな顔をしていた。


「む~! わらわは元気だというのに! なぜベッドで寝続けなければいかんのじゃ!」

「そうかもしれないけど……。でも、体に異常がないとは言い切れないんだし、ねぇ?」

 少女の言動に、母さんは動揺した様子で父さんに声をかけた。


「俺も、彼女の話を聞いてまだ動揺が残っている。すまないが、もう一度詳しく話を聞かせてもらえないか?」

「なんじゃ、またあの話をしなければならんのか? 寝起きで長話しをするのは苦手なんじゃがのう……」

 少女は眠そうにあくびをしながらそう答えた。


 異常がないと本人は言うが、目覚めた直後なので本調子ではないようだ。


「まあ良かろう。わらわにも、そなたらの家族にも関わることだしの。必要とあらばいくらでも聞かせようぞ!」

 なぜかあっという間に上機嫌になった彼女は、自分が目覚めた病室に向かってどしどしと歩いていった。


「では、ベッドに失礼して……。どこから話をするとしようかのう?」

 病室に戻った少女は、自らベッドに入っていく。


 俺たちも周囲に椅子を近づけて彼女の話を聞くことにした。


「最初からで頼む。ハッキリと言えば、全ての話がちんぷんかんぷんでな」

「ふむ、了解した。では、まずはわらわの名前から話をさせていただこう。わらわは、ナズナ・エル・トライバル。トライバル王国の王女じゃ。ナズナでも王女でも好きに呼ぶが良い」

 ナズナと名乗った少女は、次から次へと話を続けていく。


 彼女はここ、地球とは異なる世界に住んでいたとのこと。

 向こうの世界には魔法があるだとかモンスターが住んでいるだとか言われたが、とても信じられないことばかりで混乱してしまう。


「わらわは水に溺れて死んでしまっての。慌てた父上が蘇生魔法をかけてくれたようじゃ。その時にお主らの娘と入れ替わってしまったということじゃな。ちなみに、いまのわらわには魔法を扱えん。この体には魔力が宿っていないからの」

 妹の体にナズナという少女が入るという異常事態に至った理由は、向こう側の世界に原因があるらしい。


「蘇生魔法は、その名の通り死んでしまった者を生き返らせる魔法。じゃが、本来は魂を肉体に納める魔法の応用。そのため、色々と制約が多いのじゃ」

 死んでしまうと肉体と魂が離ればなれになり、魂だけがあの世へと向かって行く。


 それがナズナたちの死生観だそうだ。


「魂をあの世に昇らないように無理やり押さえつけ、消えてしまった繋がりを取り戻すのが蘇生魔法じゃ。しかし、一度繋がりを失った肉体と魂では繋がりを取り戻すのが難しくてのう」

 魂は肉体を抜け出すことで、以前の肉体をもう使えないものと判断してしまうそうだ。


 そのため、元の肉体に本人の魂を吹き込もうとしてもすぐに分離してしまい、再び人として動き出すことはないらしい。


「そこで、同時期に同じような理由で死んだ他者の肉体を使う。異なる肉体ならば、使えないものと判断はされずに定着することができるのでな」

 つまり、妹の体にナズナという意思がいるということは――


「わらわが異なる世界にやって来てしまったのは、わらわの世界で水に溺れて死んだ者が同時期にいなかったからじゃろう。そこに無理矢理蘇生魔法をかけたせいで、そなたらの妹に憑依してしまったというわけじゃ」

 死んでしまった妹の体を使い、蘇ったナズナという少女。


 俺は、目の前にいる人物を不気味な存在と感じていた。

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