俺には二人の妹がいる

一木空

第一章 始まりの思い出

第1話 訃報

 妹が死んだ。そう聞かされたのは、小学生時代の修学旅行中の出来事だった。


 外出先からホテルへと戻り、皆で食事をしていた最中のこと。

 家族から緊急の連絡があると担任の教師に言われ、動揺したまま電話の受話器を耳に当てて伝えられた言葉が、妹の訃報だとは思いもよらなかった。


 動揺のあまり取り落としてしまった受話器を、教師が耳に当てる。

 事情を知った教師陣からは家族が迎えに来るから帰るようにと言われ、呆然としたまま、迎えに来た父さんと新幹線に乗って故郷に帰ることになった。


 移動中、父さんは腕を組んで黙り込んでいた。


 言葉を口に出すと崩れてしまいそうだったのだろう。

 子どもながらにそう思ったものだ。


 それでも俺が悲しみに顔を伏せた時には、無言で頭をなでてくれるのだった。


 家に帰りついたのはほぼ真夜中。

 家に入って見た母さんの表情は、憔悴しきっていた。


 しきりに私のせいだ、私のせいだと言いながらうなだれていたが、心配する俺に気付いた時は泣きながらも抱きしめてくれた。


 父さんから妹には明日会いに行こうと言われ、今日はもう寝なさいと言われた。

 眠れるわけがなかった。


 俺の部屋の向かい側には妹の部屋がある。

 何度も、何度も何度も妹がそこにいる気がしては起きだし、ベッドに触れる。


 眠れぬまま朝になり、居間で両親と一緒に朝食をとる。


 俺の座っていた横の席は妹の場所だ。

 いつもだったらそこから妹のやかましい声が聞こえてきたものだが、今日はそんな声も聞こえてこない。


 お兄ちゃんの目玉焼きの方が大きいだとか、もう一本ウインナーが欲しいだとかのわがままが聞こえるはずなのに、もそもそとパンを噛む音だけが室内に響いている。


 食後、父さんが運転する車に母さんと共に乗り、病院へと向かう。

 俺は助手席に座っていた。


 普段の助手席には妹が座っており、カーオーディオを操作して自分の聞きたい曲ばかりを流していた。

 俺が他の曲を聞きたいと言っても、変えさせてはくれなかった。


 病院に着いた俺たちは、妹がいるという部屋に向かっていく。


 普段ならば全く近寄ることはないであろう、どこか不気味に思える場所。

 こんな暗く、寂しいところに妹がいるのかと、不安に駆られる。


 部屋に入ると妹はベッドの上で寝かされており、苦悶の表情を浮かべていた。


 妹の死亡原因は水死。

 川に落ちて溺れたらしく、発見されて病院に連れ込まれた時には既に呼吸が止まっていたそうだ。


 あんなにうるさくて面倒だった妹が、いまは静かに、ベッドで動くこともなく横たわっている。


 邪魔だと思ったことはある。

 だというのに、目の前の妹のことを見ていたら勝手に涙が出てきていた。


 母さんは大粒の涙を流しながら、何度も何度もごめんね、ごめんねと謝っていた。

 その背を撫でる父さんの瞳も赤くはれていた。


 修学旅行前日、妹は俺と共にいけないことを不満に思ったのか、不貞腐れていた。

 見かねた父さんと母さんは、どこかに遊びに連れて行くからとご機嫌を取っていた。


 妹を連れて遊びに行った先は川。


 キャンプ場がある場所だったらしく、バーベキューや釣りをして遊んでいたそうだ。

 両親が目を離した隙に妹はいなくなり、発見された場所はキャンプ場から少し下流に進んだ川の中。


 岩に引っかかっていたところを発見されたようだ。


 父さんと母さんが立っている側の反対に移動して妹の手を取る。

 まるで氷かと思えるほどに冷たかった。


 父さんと母さんが妹を川に連れて行ったせい?

 妹を突き放して修学旅行に行ったせい?


 妹を——邪魔に思っていたせい?


 何も分からない。

 後悔だけが脳をめぐり、心はハンマーで叩かれたガラスのように砕け散りそうだ。


 かける言葉も浮かんでこない。

 妹の手を握る俺の両手は、その小さな手を押しつぶしてしまいそうなほどに力が込められていた。


「痛い」

 痛みに歪められた声を聞いて顔を上げる。


 父さんは母さんの背中を撫で続けていた。

 その力が無意識に強くなってしまい、母さんが悲鳴をあげたのだろうか。


 だが、二人とも茫然とした様子で俺のことを見ていた。

 声の主は父さんでも母さんでもないようだ。


 じゃあ、いま喋ったのは誰――


「痛いといったであろう。せめてもう少し力を緩めてくれ」

 声は妹の顔の方から聞こえてきた。


 慌てて手を放し、妹の顔を覗き込む。


「む……。今度は息を吹きかけるか。全く、ダイチと言ったか? 教えてもらった通りに失礼な奴じゃのう」

 妹のまぶたは開かれ、黒い瞳が未熟な俺の顔を見つめていた。

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