第十五話「さらばダナ村」
ノアと別れた翌日。
俺は心機一転、これから頑張ろうと自分に言い聞かせ、部屋から出て一階に下りていく。
「おはよー」
「おうギル。遅かったな。早く着替えてきなさい。剣術の時間だぞ」
居間に行くと、そこにはもうすでにトレーニング用の服に着替えていたアランがいた。
そうなのだ。実は今日は少し寝坊した。
いつも起こしに来てくれるアリスが今日は来なかったので寝てしまった。自分で起きなければいけないと分かっているのだが、起こしてくれるアリスが可愛いのでつい甘えてしまう。
アリスはなぜ今日来なかったのだろうか?もしかして、めんどくさくなってきたとかだろうか。
まずい……「一人で起きれないなんておこちゃまだね、ギル」なんて言われてしまうかもしれない。
そうなる前にアリス立ちしなければ!明日からは自分で起きよう。俺はできる子だ。
「どうした?ギル」
そんなことを考えて固まっていた俺をアランが不審な顔で見てきた。
「い、いやなんでもない!着替えてくる!」
「おう。父さん外で待ってるからな」
俺はごまかして着替えを取りに向かった。
_______
「はっ!」
「ふん!」
木剣同士が打ち合う音が庭に鳴る。
俺は今、アランと魔術無しの実戦形式の試合の真っ最中だ。
俺が打ち込んでアランがそれを受ける。
そんなやり取りが続いていた。
「おっと」
アランが地面が少し出っ張っている所で足を躓かせて体勢を崩した。
俺はその隙を見逃さず、一歩踏み込みんで木剣を振り下ろす。
もらった!!
俺が勝ちを確信したその時、体勢を崩したはずのアランが突然横に跳び、俺の木剣を躱した。
「ちょっ!?」
木剣を振り下ろした俺は逆に体勢が崩れ、前のめりになった俺は、アランに足を引っかけられて転ばされた。
「いってぇ~……」
俺はそう言いながら、ゴロンと仰向けになる。
やられた……あれはフェイントだったのだ。完全に勝ちを確信して油断してしまった。
「まだまだだな~ギル」
アランがニヤニヤしながら見下ろしてきた。
「久しぶりに一本とれると思ったんだけど」
俺はアランの差し伸ばしてきた手を掴み立ち上がる。
特別訓練の日以来アランからは一本も取れていない。
全て魔術は無しでやってきたので、魔術を使ったらもしかしたらするかもしれないが、あくまで剣術の基礎を作る時間なので使わないでいる。
「まぁギルもかなり上達したからな。中級くらいの腕前はあるぞ。7歳でそれだけできれば大したもんだ。自信持っとけよ」
まじか。そんなに強くなってたのか俺。
この世界では剣術に限らず武術や魔術の腕前はランク分けされている。
下から初級、中級、上級、超級、絶級、神級だ。
基本的には中級の剣士が一番割合が多く、上級から少なくなって、超級以上は才能を持った一握りの人間しか到達できないらしい。
ちなみにアランは超級の剣士だそうだ。
これだけ強いのも納得だな。
魔術の位階をこれに当てはめると初級が1~2、中級が3~4、上級が5~6、超級が7~8、絶級が9、神級が10だ。
今の俺のステータスとしては、上級魔術師+中級剣士といったところだな。
「ご飯よ~」
エレナが窓から顔を出して俺とアランを呼んだ。
「お、もうそんな時間か。では今日の鍛錬はここまで!」
「はい、父さん!」
_______
俺とアランが家の中に入ると、もう既に食卓にはご飯が並んでいて、エレナとナタリアは席についていた。
俺たちが席に着くと、皆いつものように食事を始めた。
だが俺はその光景に一つ疑問を持った。
「アリスは?」
俺が誰にでもなくそう聞くと、皆なにか言いづらそうにしている。
いったいなんなんだ。
「と、とりあえず食べましょ!」
「え?う、うん」
俺は何かおかしい様子の皆を不審に思いながら、ご飯を食べ終えた。
そしてアリスを探そうとしようと席を立ったところで、エレナに呼び止められた。
「えーと、ギル、はいこれ」
エレナは手紙を渡してきた。この世界に俺に手紙を出す奴なんていただろうか?
あるとすればノアくらいだが、いくらなんでも分かれた次の日ってことはないだろう。
「これは誰から?」
「アリスちゃんからよ。その……ちょっとびっくりするかもしれないけど」
なぜアリスが俺に手紙を出すのだろうか。直接言えばいいのに、謎である。しかも俺が驚く内容だという。
……ははーん、さてはラブレターだな。俺が読み終わったところに登場ってサプライズだ。アリスも粋なことするね。だが、あと10年待ってほしい!俺は7歳の少女に恋をするほどストライクゾーンが広くないのだ。
そんな妄想を一通り繰り広げ、俺は手紙の封を切って、中身を読む。
「え……」
しかし、その手紙に書いてある内容は驚きのものだった。
『ギルへ。私は師匠と旅に出ます。黙っていてごめんなさい。理由は、今のままだと私の夢は叶わないと思ったからです。またお互い成長して会いましょう。私、楽しみにしているね。アリス」
_______
~街道~
アリス視点
朝、まだ日が昇る前にお母さんと奥方様、旦那様達に玄関先で送り出してもらった。
約束した場所まで急いで向かう。
「お、お待たせしました……!」
私は村を出てすぐそこで、木に寄りかかって寝ている人物に声をかけた。
「ん……きたか」
その人物は起きると、大きく欠伸と伸びをした。
「では行くか」
そしてそういうと、すぐに道を歩き出す。私もその横を歩く。
「しかし、私と来て本当に良かったのか?」
「いいんです。お母さんや皆と離れるのは寂しいけど……でもきっとこのままだと私、一生ギルに追いつけないから」
あの日、お母さんと話して密かに決めた目標。ギルの隣に立って、支えてあげれるようになる。それを叶えるためにはギルの隣にいれるくらい、強くなければいけない。
でも今のままでは私はギルに甘えてしまって、一生後ろに立ったままだ。それではだめだ。守られるだけはもう、嫌だ。
だから師匠に頼んだ。私を連れて行ってくださいと。
「ならいいが……しかし、よくナタリアが許してくれたな。お前をギルと学校に行かせると言っていたのに」
「わ、私も怒られると覚悟して話したのですが、あなたが決めた事なら何も言わないと言ってくれて……」
もちろんギルの隣にいられるようになりたいと言ったからだろう。私もそうだが、母も私たちの命を助けてくれたギルや、あの一家に生涯尽くそうと決めている。
これが自分のために強くなりたいからとかだったら許してはくれなかったと思う。
「ギルに別れの挨拶をしなくても良かったのか?」
「その……ギルの顔を見ると決心が鈍りそうで……」
その私の反応を見て師匠は何か納得したのか、ニヤニヤとした顔をした。
「ほ~……なるほど。そういうことか。ギルも幸せ者だな!ははは!」
「や、やめてくださいよぉ……」
こうして私、アリスは師匠と共に旅に出た。
_______
ギル視点
「あ~~~~……」
ご飯も食べ、体も清め、パジャマに着替えて寝る準備万端の俺は、ベッドに向かってうつ伏せになっていた。
アリスがノアと一緒に旅に出た。つまり俺はハブかれたぼっちってことさ。ギル、悲しいよ……
そりゃアリスの目標を叶えるためならしかたないよ?俺だって進路選択の重大さくらいは分かっているつもりだ。学校に行くよりもそちらの方が良いと考えたなら、何も言うことはないさ。
でもお別れぐらいしてくれたっていいだろ。俺たちはずっと一緒にいたんだから、最後の見送りくらいしたいじゃないか。
「あ~~~~~……」
もう一度、枕に顔をうずめて唸る。
今の俺の心は荒んでいる。やさぐれロンリーウルフなのだ。
もうこの荒野のような心は誰にも癒すことはできないだろう。十位階の回復魔術でもなんでもかかってこい。
コンコン
部屋の扉がノックされてた。
いったい誰だろうかこんな時間に。というかデジャブだ。この時間に俺の部屋をノックするのは最近の流行りなのだろうか。
「開けていいよー……」
「失礼します」
入ってきたのはナタリアだった。
彼女は一礼して部屋に入ってくると、音をたてないようにドアを閉めた。
「どうしたの?」
「いえ、少しギル様の様子を見に。アリスに知らぬ間に旅立たれ、拗ねているのでは。と予想していましたが、ふふふ。的中だったようですね」
ナタリアは少し笑いながら言った。
ここ最近でやっと彼女と打ち解けてきた感じがする。前まではこんな風に笑ったりなんてことは無かった。
「そーですよ。どうせ僕は女々しい男ですよー」
まったく。こんな俺をからかいに来たのだろうか。
「ふふ、すいませんつい。ですがからかいに来たわけではありませんよ」
俺は起き上がって、ナタリアと向き合った。
「これを」
ナタリアは俺に、首飾りを差し出した。
木でできていて、アリスの目の色と同じ赤い宝石のようなものが一つ飾り付けられている。若干拙いところがあるのを見ると、手作りだろうか。
「えーと。なに?これ」
もしかして今度こそ愛の告白だろうか。だ、駄目よナタリア!私まだ7歳よ!
「アリスからギル様にプレゼントだそうです」
「アリスから?」
「はい。ギルは何も言わずに出ていったことに拗ねるかもしれないから、これを渡してほしいと。会えない間、アリスのことを忘れないように持っていてほしいそうです」
「そう……ですか」
俺はナタリアから首飾りを受け取ると、身に着けてみる。
成長することを見越して作ったのか、サイズはだいぶ大きかったが、アリスが俺のために頑張って作ってくれたのが伝わってきた。
そう思うと、俺は無意識的に首飾りを握っていた。
そんな俺を見てもう大丈夫だと思ったのか、ナタリアはドアに手をかけた。
「では、私はこれで。おやすみなさい、ギル様」
「おやすみなさい、ナタリアさん。首飾りありがとうございます」
「ふふ、お礼はアリスにしてあげてください」
そう言って、ナタリアは部屋を去った。
その後も俺は首飾りを見つめ、しばらくぼーとしていた。
すると、
『私、楽しみにしているね』
アリスの声が聞こえた気がして、ハッとした。
そうだ。アリスも自分の夢のために頑張ろうとしているんだ。俺がこんなんでどうする。このままだと再開したときにがっかりされかねない。
そうならないように俺も頑張らないと。
俺は気持ちを新たに、その日を終えた。
_______
二週間後。俺が旅立つ日がやってきた。
「お洋服は持った?お金は?紹介状は?それから……」
「だ、大丈夫だよ母さん」
俺は背に大きなリュックを背負い、前世で言うバス停のようなところで王都行きの乗合馬車に乗るところだ。皆総出で見送りに来てくれている。
「ついって行ってやれなくてすまんな」
アランが申し訳なさそうに言う。
そう。俺は今から一人で王都への旅に出るのだ。
しかし、なぜついてきてくれないんだ!と言うつもりもない。
ここから王都までは大体3週間くらいかかる。
そんな長い間家を留守にするわけには行かないだろう。
エレナはヘレンの面倒を見るので忙しいし、アランだけでもついてきてくれないかなとは思ったが、この世界で家に男手が一つもないのは不安だ。
よって、俺の一人旅が決定されたのだ。
「いいよ。僕は平気」
「お兄ちゃん、王都がどんなところかお手紙書いてね!」
ヘレンが期待の眼差しで俺を見てきた。
やはり、普通は村にしかいたことがないと憧れるものなのだろうか。王都。
可愛い妹の頼みだ、絶対に叶えるとしよう。
「分かった。お兄ちゃんの愉快な冒険譚を手紙にして送ってあげよう」
「冒険譚はいらない!」
えっ?
「そろそろ出発しますよー」
御者が馬車の周りにいる人にそう呼びかけている。
数人が馬車に人が乗り込んでいく。
俺もそれに続き、馬車に乗り込んだ。
するとすぐに馬車は走り出した。
「ではギル様、行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃいお兄ちゃん!」
「気を付けてねギル。風邪に気を付けるのよ!」
「頑張れよ!父さん応援してるからな!」
皆が手を振って送り出してくれる。
思えば色々なことがあった。
まず転生してきて父母の優しさに触れた。
次にメイドを森で助けた。そしてとんでもない杖と、とんでもない奴を拾った。
竜に襲われたりもした。
そんな様々な思い出があるが、こことは一旦お別れだ。
次なる目的地はイレネ王国王都イレネだ。
俺はみんなに手を振りながら
「行ってきまーーす!!」
大声で長い時間を過ごした家族と村に、一時の別れの挨拶をした。
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