第十四話「卒業」

「ギル学校に行ってみないか?」


夜ご飯を食べ終わった後、大事な話があるとアランに言われ、全員集合している食卓に座るとアランにいきなりそう言わた。


「学校?」


この世界では普通我が家のような平民の家は子供を学校に行かせたりはしないはずだが。

俺が怪訝な顔をして尋ねると、アランは頷いて答えた。


「そうだ。前にノア様から『弟子が校長をやっている魔術学校があるからギルをそこに推薦してやってもいいぞ』って提案されてな、寮費と学費全額免除だそうだ。しかもイレネ王立学校!ものすごい破格の条件なんだが、どうだ?」


イレネ王立学校。世間知らずの俺も聞いたことがあるくらいには有名な学校だ。人族一の規模を誇っていて、各国の王族や貴族の子供がゴロゴロいるらしい。


そんなところに行ったらかなり浮く気がする。というか俺が行く必要はあるのだろうか。計算とかも前世の知識で困らない程度にはできるし、魔術や剣術は家で習った方が確実に良い。なんたって魔術に関しては世界一の教師がいる。


メリットも無いわけではないだろうが、デメリットの方が大きい。それにアラン達に会えなくなるのは嫌だ。


「父さん、ごめんだけど僕は行かないよ。魔術も剣術も学校より家で習った方が良いと思う」


「あーそのことなんだが……」


ノアが言いずらそうに頬をポリポリとかいている。なんだろうか。


「実は2年前に妹から里に戻って来いと連絡が来ていてな。私がお前たちに魔術を教えてやれるのはあと、大体一年だけなんだ。黙っていてすまなかった……」


「「えっ!?」」


俺とアリスの口から同時に驚きの声が出た。


アラン達は驚いていないのを見ると、おそらく知っていたのだろう。

てかそんなこと黙ってるなよな。


ノア辞めちゃうのか……いつまでもこの生活が続けばいいと思っていたけど、やっぱりそうはいかないよなぁ。


ノアもああ見えて忙しいということなのだろう。

でも雲の上のような人物に4年間も師事されたのだ。とても寂しいが割り切るしかない。


「それで、私がいなくなる頃にお前たちはちょうど王立学校に入学できる歳になる。魔術や剣術はこの家でも教われるが、お前たちは世界を知らなすぎる。だから一度外に出してみてはどうかとアラン達に相談したという訳だ」


なるほどそういうことだったのか。わざわざ学校に行く意味が分からなかったが、そういうことなら納得がいく。


ノアが辞めてしまうなら学校に行った方が学べることは多いかもしれない。

それに今はまだエレナとアランに養ってもらえるが、大人になってこの世界のことが分からなかったら困ることになるだろう。


魔術や剣術だけでなく、そういうことを学ぶなら行く価値はある。アラン達と離れるのは嫌だけど、会えなくなるわけじゃない。


最初に決意した通り、俺がこの世界で俺の幸せを守るならこの世界のことを知らなければならない。

冬華のように取りこぼさないようにやれることはやるべきだろう。


「……わかったよ。学校に入学する。でもそうするとアリスは?」


ノアが辞め、俺は学校に行くために王都に行くがアリスはどうするのだろう。ここでメイドの修業をするのだろうか?それとも俺についてきてくれたりするのだろうか?


「はい。アリスはギル様に同行させていただきます。幸い、ノア様からアリスの分の推薦も頂けることになりました。それにもともとギル様に仕えさせるように修業をさせておりましたので、家事は一通りできるはずです。ご安心ください」


ナタリアがいつもの落ち着いた声でそう言った。


ご安心をって……べ、別にアリスと離れるのが寂しいとかじゃないんだからね!?


しかしナタリアはああ言っているが、アリスはいいのだろうか。俺はアリスが一緒に来てくれるのは嬉しいが、7歳の子供が親から離れるのは辛いはずだ。


そう思い、アリスの方を見ると、衝撃の連続でまだ理解が追いついていないようだった。まぁそれは後でナタリアと話し合うだろう。


「よし。じゃあこれで決定だ。また詳しいことは今度話そう」


アランのその一言で今日の話し合いは終わった。


こうして、俺のイレネ王立学校への進学が決まったのだった。


_______



それからの一年間はあっという間だった。

特に大きな出来事も無く、穏やかな日常。だが、それを噛み締める暇もなく、時間は過ぎていった。


_______


ノアが家庭教師を辞める前日。俺たちは最後の授業の時間にいつもの庭ではなく、家から少し離れた草原にいた。


「では、これより卒業試験を始める!」


「はい」


「は、はい」


いつもの挨拶で授業が始まった。最後ということで、俺とアリスの間にはしんみりとした空気が流れていた。


が、それもノアの一言でぶち壊された。


「うむ!お前たちの挨拶はいつまで経っても代り映えがなくて良いな!」


「悪かったですねワンパターンで」


「ははは!ノアジョークだ。許せ!」


こいつは本当に空気をぶち壊す天才だな。

なーにがノアジョークだ。初めて聞いたよそんなの。


しかし、ノアジョーク(?)のおかげで、俺たちに漂っていたしんみりムードは吹き飛んでいた。


「き、今日は何をするんですか?」


アリスのその問いにノアは腕を組んで答える。


「今日で私がお前たちの家庭教師をするのは最後だ。だからこの4年間の集大成を私に見せてもらう!要するに、なんでもいいから私に魔術を見せてみろ!」


「なんでもですか?」


「なんでもだ」


果たしてそれは試験と言えるのだろうか。

まぁいい。せっかくだしとびきりでかいのを見せてやるとするか。

試してみたかったこともあることだしな。

_______


ノア視点


二人が私から離れていった。


行った先で二人で今から何をするか考えているようだ。


思えばこの4年間はあっという間だった。

あの杖の担い手が現れると妹の予言があって、あいつとの約束通り指導してやったが……なかなか楽しい時間だった。


最初にギルと会ったときはなんだかいけ好かないガキだと思ったが、貪欲なまでに強さを求める姿勢と圧倒的な才能につい熱を入れて指導してしまった。


結局第6位階まで習得して、無詠唱もそれを応用した二重詠唱も教えた数日のうちにやってのけた。誇張無しで私の教え子の中で一番の才能のクソガキだ。


アリスも最初は気が弱くてなよなよした子だったが、ある日を境にやるときはやるやつになった。

あのどこから現れたか分からないドラゴンに立ち向かったのもそうだし、まだ気弱だが精神面で言えばあの子が一番成長した。


センスはギルに劣るが、このままいけば立派な魔術師になるだろう。


アランとエレナとナタリアにも世話になった。

いきなり来た私を迎え入れてくれたし、美味い飯も食わせてくれた。

ヘレンも大きくなって私に懐いてくれている。やんちゃだが、容姿はエレナにそっくりで愛らしい子だ。


一つだけエレナの私を見る目がたまに怖いが、こんな温かい家に住んだのは久しぶりだ。


「ん……」


どうやら話し合いが終わったようだ。


ギルが両手で杖を構え空に向け、アリスも両手を同じようにし、魔術を放つ準備をした。

どうやら二人の合わせ技らしい。


「行きますよー」


ギルが大きな声で言ってきた。


「いいぞー!」


こちらがそう返すと、ギルが何かを唱える。


杖から一つの丸い玉が現れ、それがその後杖から放たれた一筋の炎と、上へ押し上げる突風によって空へと打ち上げられた。


ごうごうと燃える炎の柱に押され、玉は結構な高さまで行くと炎は消え、突然としてばんと弾けた。


そして、弾けた玉の中から赤、緑、青、ピンクなどの色とりどりの光が飛び出してきた。


「おぉ……」


その幻想的な光景に思わず声を漏らしてしまった。


生まれて初めて見るその光景は、まるで空に花が咲いたようだった。


光魔術を土魔術で覆い、火と風で打ち上げ、空中で炸裂させただろう。


使われた魔術は全て第四位階のものだ。この年齢の子供がこのレベルの魔術を扱うだけで普通はおかしいのだが、今回驚くべきはそこではない。


4つの魔術が使われていたが、アリスが使っていたのは1つだけだった。ギルが3つ使わない限り、数が合わない。


「三重詠唱か」


三重詠唱は両手を使った無詠唱+口での詠唱を合わせることで、3つの魔術を扱う技術のことだ。

無詠唱での発動は片手を使うため、三重詠唱が人の限界点と言える。まだ教えていない技術だ。


しかも今の魔術は一つ一つが第四位階が出せる威力を超えていた。


魔術に込めるマナの量を調整することで威力を変えたのだろう。当然これも教えていない。アリスはそれに集中すると二重詠唱が使えないようだが、いずれできるようになる。


ちなみにこの技術も教えていない。

なにせまだ二重詠唱を教えたばかりだったからな。


どちらも扱えるようになるには多大な努力と時間が必要なはずなのだが……天才達め。


まったく、最後に驚かせてくれる。


これなら私がいなくても大丈夫だろう。勝手に成長していくはずだ。

あとやることはギルにあの事を話すだけ。


「うむ!合格!」


私は二人に聞こえるように、大声でそう言った。


_______


ギル視点


コンコン


夜も更け、これから寝るぞとベッドに横になったところで部屋のドアが鳴った。


いったい誰だろうか。エレナのお休みのちゅーだろうか?あれは3歳の時に終わったはずだが……

もちろん今でも歓迎だけどね。


「はい、どうぞ」


「邪魔するぞ」


入ってきたのはノアだった。


今日行ったノアのお別れ会で、散々食べて飲んだせいでちょっと辛そうだ。


こんな時間にいったいどうしたのだろうか。

とりあえず俺は起き上がってベッドの縁に座る。

ノアはなんだかいつものふざけた調子ではなく、真面目な雰囲気だ。


「ギル、杖はどこにある」


「あ、はい。机の引き出しに仕舞ってあります」


俺がそう答えると、ノアは俺の机の引き出しから杖を取り出し、杖を持ってそのまま俺の横に座った。


「今日はお前にこの杖のことを話すために来た」



たしかに俺も気になっていたことだ。なぜあんな場所にあったのか。そこで俺の問題を解決できるノアに会えたのも偶然だと思えない。

それに、今まで俺に使わせ続けたのも理由があるはずだ。

これらのことは俺も何回も繰り返し考えたが、まったく分からず気になっていたことだった。



「単刀直入に言うぞ?お前の持っているこの杖はただの杖ではない。これは太古の昔、神が作成した2つの神器の一つ『神杖』。この世のあらゆる武具や杖の頂点に位置するものだ。どんなに高級な素材で作った物だろうが、これに勝ることはない。私はその担い手としてお前が現れるのを妹の予言で知り、あの場所で待っていた」


「はい!?」


ノアのその言葉に俺は凍り付いた。


『あらゆる武具や杖の頂点』ノアはあのみすぼらしい杖をそう表現した。

そんなことがあるのだろうか。


この世界にはファンタジーらしく「魔剣」や「聖槍」など特別な力を持った武具があるらしい。


それぞれ持つ力は違うが、中には一夜で国を滅ぼし、地形を山から湖に代えてしまう物も存在する。


ノアも伝承通りなら、「魔杖」と言われるあるチート能力を持った杖を持っているはずだ。

そんな伝説に語り継がれている物よりも、あのみすぼらしい杖がランクが上だとノアは言ったのだ。


「信じがたいだろうが本当だ。信じてくれ」


しかし俺を見るノアの瞳は真剣だった。


「さて、この杖の能力についてだが、今発動している力は1つ。ずばり魔術を使用するたびに所有者の魔力量を増やすことだ。お前も体験しているだろう?」


たしかに俺は魔術を使うたびに、次の日使える魔術の量が増えていた。


「でもそれは師匠が最初に行った詠唱のおかげじゃないんですか?」


俺が言った言葉にノアは、ばつが悪そうに苦笑いした。


「はは……そういえばそういうことにしていたな。お前が成長するまでこのことは言わないつもりだったからああ言っただけで、あの詠唱は杖の封印を解くためのモノ。私はそんな大層なことはできないさ。騙していて悪かったな」


「そんなことないですよ。それって結局師匠がいなかったら僕の魔力量は変わらなかったってことですよね?してますよ。大層なこと」


「そ、そうか?やっぱりすごいか?」


「はい」


「ふふ……そうか」


俺がそう褒めるとノアは顔を赤くして嬉しそうにしていた。チョロいなこいつ。


あの杖が神器なんて呼ばれる大層な一品である。にわかには信じがたい話だが、あんな遺跡に置かれていたのも合点がいく。しかも能力もチート級じゃないか。要するに、極めれば魔術を使いたい放題ってことだろ?


ん?まてよ?そもそもなんでノアは予言を聞いて、俺に会いに来たのだろうか。俺を指導してくれた理由も分からないし。なにかメリットがあったのだろうか。


この際だ、聞いてしまおう。


「以前から思っていたのですが、なぜ師匠は僕に魔術を教えてくれたのですか?」


しかし、この俺の軽いノリでした質問にはとんでもない回答が待っていた。


「そのことも話さなければならないな。いいか。よく聞けよ?その杖を扱う者には『運命』が課せられる。それは大雑把に言うと、世界の危機を救うこと。危機がどんなもので、いつ来るのか分からないが、その『運命』はどれだけ逃げても追いかけてくる、逃れようのないものだ。そんな杖を持ってしまったお前には同情しかないが、お前はいつか来る困難を乗り越えれるように強く在らねばならない。担い手が弱かったら世界が滅ぶからな。だから私は担い手を育てるよう、ある約束をさせられた。それを守ったというわけだ」


おいおい。どんどんスケールがでかくなってくぞ。世界の危機を救う運命?いったいなんだそれは。

そんな少年漫画の主人公みたいなものを、知らぬ間に課せられていたのか?超迷惑じゃないか。


そんなことが、こんな俺にできるわけがないだろう。俺は主人公ではなくて、ありふれた日常を過ごすことで精一杯の凡人だ。


「僕が世界を救うなんてことできると思えないですよ」


少し自嘲気味にそういった。


だって前世はダメダメホームレスだ。冬華一人守れなかった俺に世界なんて大きなものが守れるか。


俺がそう言った後、ノアは少し黙った。


怒っただろうか。それとも意気地がないと呆れているのだろうか。


俺は怖くてノアを見れなかった。


しかし、しばらくの沈黙の後、ノアの口から出た言葉は、それらの感情から来るものではなかった。


「ギル、お前の夢は何だ」


夢を聞いてきたのだ。突拍子もないその問いに俺は少しホッとして、戸惑いながら答えた。


「ゆ、夢ですか?……自分の幸せと思った大事なものを守ることです」


「ふむ。それもあるだろうな。実際お前と過ごしていて、そういった思いがあることは分かっていた。だが、それだけではないだろう?」


「……」


俺はノアのその問いに何も言えなかった。いや、正確には言わなかった。


言葉にしてしまえば前世のようになってしまいそうで。同じ失敗を繰り返すまいと何度も胸の奥にしまい込んだそれを。


だが、ノアはその答えにずけずけと辿り着いた。


「お前には『英雄願望』がある。気づいているだろ?」



『英雄願望』英雄症候群ともいわれるそれは、俺の前世に大きな影響を与えた。


きっかけはありふれたことだった。幼いころ見たテレビで戦隊ヒーローが悪役を倒し、多くの人を救う姿に憧れたのだ。


弱きを守り、強きを挫く誰からも求められる存在。そんなキラキラした姿を見て、俺もこうなりたいと思った。


ここまではありふれた話だ。だが普通の人間は成長と共にそんな夢は見なくなっていく。

俺はそんな普通になれなかった。いつまでも夢を追い続けた。


俺の脳裏に前世の記憶がフラッシュバックする。


_______


当時通っていた中学校の教室。そこでは不良生徒達による、ある行為が行われていた。


「ぎゃはははは!おい豚!豚なら飯食うのに箸なんか使うなよな!」


そう言って不良生徒は少しぽっちゃりとした男子生徒の頭をつかみ、給食の皿にぐりぐりと顔を擦り付けていた。


「げ、げほっ!や、やめ……」


「あ!?誰が人間の言葉喋っていいって言ったんだ?豚ぁ!」


「ぶ、ぶひ。げほっ!」


「はははははは!見ろよ。傑作だぜこれ!マジで豚の真似してら!」


「おい食べ物が跳ねてるぞ。きったねぇ!」


いじめだった。なぜいじめられていたのか。理由は分からない。もしかすると理由なんてなかったのかもしれない。


他の生徒はそいつらが怖くて見えないふりをしていたが、当時厨二病と正義感にあふれていた俺はそれが許せなかった。


それからは簡単な話だ。


俺はその場でいじめをやめろとそいつらに詰め寄った。そいつらはその時はやめたが、放課後に俺は呼び出されリンチにされた。


そして次の日からいじめの対象は俺となった。最初のうちは、俺が耐えれば他の誰もいじめられないなら平気だと思っていた。俺が正しいのだ。きっとみんなも助けてくれるはずだ、と。


しかし、周りの友達が俺のことを避けるようになっていき、ついに俺が助けた子にも無視された時、俺の中で何かが崩れた。


次の日から不登校になり、家に引きこもった。家から出るとあいつらがいるのではないか。そう思うと家から一歩も出られなかった。


親もそれを許してくれていたが30歳になると、とうとう家から追い出された。


最初はアルバイトでもなんでもいいから働こうと思っていたのだが、それまで社会に出たことのない俺には無理だった。


それからホームレスになったのだが、俺はこう決めたのだ。

二度と英雄になんか憧れない


と。


_______



「そんなもの無い!英雄なんてなりたくない!あんなもの、損するだけじゃないか!」


咄嗟に声を荒げてしまった。


それからすぐに我に返る。

いけない。つい感情的になってしまった。


「……すいません。ですが本当に僕に英雄願望なんてありません」


そうだ。俺にそんなものはない。あったとしても気づいてはいけない。凡人が夢を見ると、いつか痛い目を見るんだ。これでいい。


「嘘だな」


こいつは俺の言葉を聞いていたのだろうか。俺にそんなものは無い。


「ですから、僕はそんなものは……」


「なら、なぜ泣いているんだ?」


「……え?」


気づかぬうちに、ボロボロと俺の瞳から涙がこぼれ落ちていた。


「え?なんで?……え?」


涙は止まらない。まるで決壊したダムのようにあふれていた。


そんな俺にノアが諭すような口調で話す。


「なぁギル、もう自分に噓をつくのはやめろ。確かに英雄ってのは損かもしれない。誰かのために傷ついて、我慢して。辛くなって嫌になるときもあるかもしれない。でもそれを自分で否定したらもっと辛くなるんじゃないか?」


ノアの口調が励ますものに変わる。


「なんでお前がそんな風にしているのか知らないが、もっと素直になれ!自分のやりたいようにやれ!なにより世界は今、お前を必要としているんだ!」


必要とされている。そんな風に言われたのはいつぶりだろうか。少なくとも、社会不適合者と蔑まれた前世では冬華だけだった。


俺はその言葉を聞いてやっと理解した。きっと俺は誰かに必要とされたかったんだ、と。


それに気づいてしまった俺はもう自分の気持ちに見て見ぬふりはできないんだ、と。


「こ、ごんなぼぐでも……な、な”れまずか?」


俺は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらノアに問う。


「あぁ!なれるとも!なんたって私の弟子なんだからな!」


ノアはそう答えるといつものように、にかっと笑った。


その笑顔を見た瞬間、俺の中で詰まっていた何かが消え、スカッとした感じがした。


それから俺は涙が止まるまで泣いた。ノアはその間、何も言わずに背中を撫でてくれた。


そして俺が落ち着くとこう言った。


「ではギル、この杖の担い手としての役目、任せるぞ?」


俺はその言葉にできる限り胸を張って


「はい!」


と答えた。


「悪くない返事だ!これで安心して旅立てるな」


ノアはそう言うとベッドから立ち上がった。


そのままドアの方へ向かって行ったが、何かを思い出したようでこちらを振り向いた。


「あ、そうだ。言い忘れていたがお前に三つ課題を出す」


「課題ですか?」


「あぁ。最後の課題だ。一つ目は学校を卒業すること。まぁ言うまでもないと思うがな。そして二つ目、杖の正体とお前のことを秘密にしておくこと。どうも最近世情が怪しくてな。前のドラゴンも詳しく調べてみたら精神操作系の魔術を受けていたことが分かった。神杖のことを狙っている奴がいる可能性が高い。殺されたくなかったら、くれぐれも他人に言うんじゃないぞ?」


そんな奴がいるのか。しかもドラゴンを操れるとなると、よほどの実力者だろう。そんな奴に狙われてるって考えると、なんか背筋がぞわってしてきたぞ……


というかあのドラゴンやっぱり普通じゃなかったんだな。俺しか狙ってこなかったし、こんなところにいたことも含めて、もろもろのことに合点がいった。


「最後に三つ目。これは学校卒業後のことだ。ギル、5つの『巡礼』を行え。まだその杖は力を封印されているが、巡礼を行うことで解放されていくだろう。お前が『運命』に立ち向かうには、その杖の力を全て使えるようになるのが最低条件だ。おそらく、私たちの出会った遺跡のような場所が世界各地にあるはずだから、そこを見つけ出せ。そこに何があるのかは分からないが、とにかく上手くやれ!」


上手くやれって……相変わらず適当だな。

でもやること自体は理解した。だが、だいたいでも場所が知りたい。こんな広い世界をしらみつぶしにってわけにもいかないだろう。

そんなことしたら、巡礼とやらを一つでもする前に寿命で死んでしまう。


「分かりました。けど、遺跡の大体の場所を教えてくれないと困ります」


「場所は知らん!場所を隠す結界が張られているんだ。まぁ昔から生きてるやつとか偉いやつに会えばなんかわかるだろ。じゃあ私は寝るからな!おやすみ!」


俺の問いに超適当に答え、ノアは部屋から出ていった。


ポツンと部屋に残された俺は、ため息をつき、これから待ち受けているであろう事に対して、一旦目を背けて寝ることにした。


そしてベッドの上でこう決意した。


やってやろう。『運命』だかなんだか知らないが、俺が必要とされているなら、この世界も俺の幸せも全部守ってやる、と。


_______


次の日。



ノアはいつもの恰好で玄関に立っていた。

荷物は全てあの『無限の小袋』とやらに入れたようだ。ほんとにあの袋はいったいどうなっているんだ。


「ノアー!行っちゃやだ!!」


ヘレンがノアにしがみついた。

ヘレンはノアに懐いていて、暇があれば遊んでもらっていたからな。お別れは寂しいだろう。


「こらヘレン!離れなさい!」


「や~だ~!」


エレナが注意してもヘレンはノアから離れなかった。

どうしたものかと困っていると、ノアがヘレンを抱き上げた。


「ふぇ?」


「安心しろヘレン。別に一生のお別れって訳ではない。いつかまた会いに行く!」


「ほんと……?」


抱き上げられたヘレンの瞳には涙が浮かんでいた。


「あぁ、本当だとも。だから泣くな。笑って私を送り出してくれ」


「う……ぐすっ……分かった……」


「よし!いい子だ!」


ノアはそう言ってヘレンをアランの傍に降ろした。


「アラン、エレナ。急に押し掛けたのに部屋まで貸してくれてありがとう。お前たちには大きな借りを作った。困ったときはこれに魔力を込めろ。これから先どんな時でも駆け付けよう」


ノアはエレナに紫色の宝石のついたペンダントを渡した。


「借りだなんてそんな……私たちこそギルに色々教えていただいたのに……うっ」


エレナまで泣いてしまった。アランがそんなエレナに肩をまわしてお礼を言った。


「ありがとうございますノア様。いざって時に頼らせてもらいますよ?」


「うむ!」


ノアはアランの言葉に笑顔で答えた。


「そしてナタリア、あー……なんだか色々と苦労をかけたな」


「いえ、メイドの仕事ですので」


ナタリアはこういう時もいつもの冷静な表情のままだ。しかし、今日はなんだかすこし寂しそうに見える。


ノアのかけた苦労は大体予想が付く。ノアが散らかした部屋の掃除だろう。放っておけばすぐ汚部屋になりそうなノアの部屋が綺麗だったのは彼女の功績だ。


「最後にお前たち」


ノアが俺とアリスの方を向いた。


「私が教えたことはまだ基礎だ。これからも研鑽を怠らないように!」


「「はい!」」


「うむ!いつもの返事が聞けて安心したぞ!お前たちの活躍を楽しみにしている!」


ノアはそう言ってにかっと笑った。


今の言葉を聞いたら。胸が熱くなってじ~んときた。

いかん、泣きそうになる。笑顔で分かれると決めたのだ。我慢しろ俺。


「ではそろそろ行くとする。さらばだ皆!また会おう!」


ノアはいつもの笑顔でそう言って旅立った。


ノアには色々なことを教えてもらった。

魔術はもちろん、知識、技術。


数えきれないほどのモノをもらった。

色々ダメなところはあったけれど、俺の最高の師匠だ。


なによりも俺の抱えていた問題を二つも解決してくれた。


魔量量のことでは、危うく今世の目的『幸せを守るために強くなる』ことが中途半端で終わってしまうことを阻止してくれたし、俺とエレナの沈んでいた気持ちも、晴れやかにしてくれた。


俺の前世から目を背けていた自分の気持ちにも、向き合わせてくれて、成長させてもらった。


きっと俺はノアがいなければダメになっていただろう。また前世のようになっていたかもしれない。


それを救ってくれたのだ。

もう一度言おう。ノアは最高の師匠だ。


俺はそんな思いを胸に抱いて、ノアの後ろ姿が見えなくなるまで手を振った。

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