第十三話「ピクニックに行こう」

ヘレンが生まれてから7か月が過ぎた。


我が妹は順調に育っている。

今日も、やれお腹がすいたぞ、やれおしっこが出たぞと泣いている。


「お~ヘレンちゃん。どうしたんでちゅか~?」


アランがそう言って泣き叫ぶヘレンを抱き上げた。

しかし、ヘレンは泣き止むことはなく、泣き叫び続ける。

現在の時刻は12時少し前。お腹がすいたのだろう。


「エレナー。ヘレンお腹がすいてるみたいなんだが、先に食べさせてもいいか?」


アランが台所にいるエレナにそう言う。


「あら、もうそんな時間?そうね、そっちの方が楽よね。バスケットの中にあるからあなた食べさせてあげてちょうだい」


「おう」


そう言ってアランはバスケットの中から、ヘレン用のご飯を取り出し食べさせ始めた。


「ヘレンちゃ~ん。ご飯でちゅよ~」


なぜバスケットの中にヘレンのご飯が入っているのか。勘のいい人ならお気づきだろう。

今日はピクニックに行くのだ。


_______


その後ヘレンが泣き止むと、我々アイデール家ご一行は家を出て、森の中にあるちょっとした湖にやってきた。


「おぉ!良いところだな!」


着いてから開口一番ノアがそう言って目を輝かせる。


「綺麗なところですね。落ち着きます」


ナタリアは景色を見てそう言いながら、テキパキと座る用の布を引いていた。


たしかに皆がそういうのも分かる。

アランが最近見つけたといって案内してくれたここは、森の中にあるためシンとしている。

それでいて、木も生えておらず開けているので陽も入ってくる。とてもピクニック向きだ。


俺たちは全員お腹がすいていたので、ナタリアの引いた布の上に持ってきた昼ご飯を囲むようにして座った。

持ってきたのは、ピクニックと言えばこれ!のサンドウィッチだ。


アランがいつも通りいただきます的なことを言うと、皆サンドウィッチに手を伸ばした。

う~ん!うまい!ジューシーなベーコンとシャキッとしたレタス。そこに目玉焼きが組み合わさって、食べ応えバツグンだ!

やはりナタリアとエレナの作る料理はいつでも絶品である。


そこからしばらくたわいのない話で盛り上がったりしながら食べていたが、気づいたら持ってきたサンドウィッチは無くなっていた。


「いや~美味しかった!もっと食べたいくらいだ!」


ノアがお腹をさすりながらそう言う。するとエレナが目を爛々とさせながら身を乗り出した。


「今から家に戻って作ってきます!」


ノアに褒めてもらったのがうれしかったのだろう。


しかしエレナのノア信者っぷりは、家でのだらしない生活をしているノアを見ても変わらないな。

家にいる時はだいたい寝てる、洗濯した自分のものを畳まない……etcで俺がエレナだったら幻滅しているかもしれない。

魔術はすごいがエレナも尊敬する相手をもう少し考えた方がいいと思う。


「い、いやそこまでしてもらわなくても大丈夫だぞ」


そのエレナの熱量にノアも少し引き気味である。


_______


ご飯を食べ終わった後は自由行動ということで、俺はアランとノアと一緒に釣りをしていた。

ナタリアとアリスとエレナは、ご飯と食べた所でヘレンと遊んでいる。


「いいかギル。釣りは自分との勝負だ。焦ってはいけないぞ。ゆっくりと集中するんだ」


アランが得意げに言う。親としていいところを見せたいのだろう。


「分かったよ父さん」


実をいうと俺は前世含め、初釣りなのだ。なのでここは経験者のアランの言うとおりにやってみる。


焦らず集中……


そうしていると、しばらくして当たりが来た。


「うおおぉ!?」


魚の引く力ってこんなに強いのか!俺子供とは言え結構鍛えてるんですけど!


「いいぞギル!その調子だ!」


「ふぬぬぬぬぬ!ふんっ!」


俺は魚との激闘に打ち勝ち、無事獲物を獲得することに成功した。


「ふむ。結構でかいな」


ノアが打ち上げられてピチピチと跳ねている魚を見て言った。


確かに結構でかいなこいつ。それに鮭みたいな見た目してるし、うまそうだな。

アランが俺の釣った魚を籠に入れてくれた。すでに籠の中には何匹もの魚が入っていた。やはり経験者はすごいな。


というかなんだかこの引っかかるのを待っている間、無詠唱魔術に似てるなこれ……

あ、そうだ。横にいるしついでに聞いとくか。

俺はノアに少し気になっていたことを聞いた。


「師匠。気になっていたんですけど、無詠唱魔術って普通俺たちがやったことだけで習得できるものなんですか?」


俺たちも習得するにあたって結構頑張ったが、あれだけで習得できるのなら世界に数人しかできない超高等技術とは言われないだろう。


「ん?あぁそのことか。別に言わなくてもいいかなと思ってたんで言わなかったんだが……まず無詠唱魔術はマナを感じ取ることが必要だろう?あれをするためには、体の中で本来閉じている管みたいなものを開くことが必要でな。それができるのは私だけなんだ。たまに最初から開いている奴もいるがな。だから無詠唱魔術を扱えるのはほとんど私の直弟子。これが少ない理由だ。分かったか?」


ノアがさらっと言ったとんでも情報に俺だけでなく、アランも口をあんぐりと開けて驚いた。


長年謎とされてきた無詠唱魔術の習得の仕組みがこの女の口からいきなり出てきたのだ。無理もない。しかも俺に至っては知らないうちに体をいじくられたということだ。


「「そういうのは先に言うもんでしょー!!」」


俺とアランの同時ツッコミが湖面に響いた。


_______


エレナ視点


「そういうのは先に言うもんでしょー!!」


釣りをしに行った三人の方から大きな声が聞こえてきた。

あの声はアランとギルだろうか。ノア様に粗相をしてないといいけれど……

アランは真っ直ぐな性格で、優しい人だが少し単純すぎるところもある。ギルも賢いがまだ常識を知らない。心配だ。


「あーーーー」


傍でゴロゴロと寝返りを打っていたヘレンがその声を聴いて反応した。


「パパたちは元気だねーヘレン」


そう言ってヘレンを顔のあたりまで持ち上げる。こうするとこの子はきゃっきゃっと笑うのだ。

そうやってヘレンと遊んでいると、少し離れたことろで何かしていたアリスちゃんが帰ってきた。


「あ、あのこれ、ヘレンちゃんに……」


アリスちゃんはそう言って、花の冠を渡してきた。

見当たらないと思っていたけどこれを作っていたのね。


「わぁ!素敵ねアリスちゃん!ありがとう!」


アリスちゃんからもらった冠をヘレンにかぶせてあげる。

ヘレンは気に入ったのか、冠をかぶるとニコっと笑った。


「か、かわいい……」


アリスちゃんはその笑顔に目を輝かせて


「も、もっと作ってきます!」


と言うと、また先ほどいた場所へと戻っていった。


ヘレンが生まれてからアリスちゃんは妹ができたような感じで、こんな風にヘレンと遊んだりお世話を手伝ってくれている。

まさにお姉ちゃんだ。


「アリスちゃん明るくなったわね」


傍に座っているナタリアに話しかける。


「はい。奥様方のおかげです」


「そんなことないわよ。あの子の努力だわ」


実際、アランの件があってからアリスちゃんは徐々に変わっている。

あの時はどうしようかと焦ったが、奇跡的に良い方向へと転がって本当に良かった。


そこからまたしばらく、ナタリアと一緒に話したり、ヘレンと遊んだりしていた。


「ところで、奥様はノア様のお話をどうされるのですか?」


話の流れで、ナタリアがそう聞いてきた。

ノア様の話というのは、ノア様がアランと私、ナタリアにしてきたある提案のことだ。


「そうね……本人にちゃんと話してから決めようと思うわ」


その提案はギルとアリスちゃんについてのことなのだが、大事な話なのでまた話し合う場を設けることにした。


しかし、今話すにはまだ早いと思う。本人たちがもう少し成長したらするつもりだ。


「分かりました」


「えぇ」


この話は、また冠を作ってきてくれたアリスちゃんが来たことで打ち切られた。

なんと今度は私たちの分もあるようだ。


_______


ギル視点


「そこでエレナに一目惚れしちまってな。あとはもう勝手に体が動いてエレナを盗んじまったのさ。おかげで冒険者として活動していた国にはいられなくなったけど、そんなもんどうでもよかったな」


俺たちは釣りをしながらの雑談が弾み、今はアランとエレナの馴れ初めの話をしていた。

聞いていくと、アランが元貴族でエレナが元奴隷であったことや、アランの昔話など初めて聞くことばかりだった。

想像以上に内容の濃かった話に、俺もノアも興味津々で聞き入っていた。


「吟遊詩人とかが唄にしていそうな内容だったな……どうだ、私の知り合いに頼んでみるか?間違いなく人気な唄になるぞ」


「人気?……悪くないですね!機会があればぜひ!」


「うむ!任せろ!」


二人は波長が合うのか意気投合していた。

アランは良いやつなのだが、結構子供っぽいところもあるんだよな。

ノアもそういったところを気に入ったのかも。


「んで、ギルお前はどうなんだ?アリスちゃんにそういうのはないのか?」


アランがニヤニヤしながら聞いてくる。

こいつは4歳の子供になんてことを聞いてくるのか。

俺は精神年齢40歳のおじさんだ。ロリコン趣味もないしアリスにそういった感情はまだ持てない。


「確かに気になるな。ギル、アリスは今でも可愛いが、成長したら世の男が放っておかんくらいにはなるだろう。粉をかけるなら今のうちだぞ?」


「師匠まで……やめてくださいよ。確かにアリスは可愛いですけど」


「ふぇっ?」


俺がそんなことを言った時、後ろから声が聞こえた。


振り向くとそこには顔を真っ赤にしたアリスが花の冠をもって立っていた。

どうやら今の俺の発言を聞いたようだ。


「こ、これ!あげる!」


アリスはいつもより大きい声を出し、花の冠を差し出してきた。俺に作ってきてくれたようだ。


「あ、うん。ありが……」


俺が言葉を言い切るより前にアリスは走って行ってしまった。


「「ふーん」」


背後からノアとアランの、今の状況を面白がるような声が聞こえてきた。


「お前も隅に置けないな!まさか私が言うよりも先に粉をかけていたとは!」


「ギル!恋愛とは難しいものだが、父さん応援してるからな!」


振り返らずとも、二人の顔がにやけているのが声で分かる。

本当に気が合うんだなこいつら……


俺はこのやっかいな状況に、心の中でため息をついた。


_______


「それじゃ帰るぞー」


アランの声を合図に俺たちは帰り道を歩き出した。


来たときは空が明るかったが、色々遊んでいたらもう夕日が沈みかけていた。

時間がたつのはあっという間だ。


(楽しかったな)


俺はその思いを噛み締めながら湖を後にした。


_______



それから二年後。6歳になった俺にエレナ達から意外な提案があった。

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