第十二話「はじめてのおつかい」

ある日の昼下がりのこと。


「ギル、アリスちゃん。お使い頼めるかしら?」


エレナのその頼みで俺とアリスは村までお使いに出かけることになった。

お使いと言っても大したものではなく、ダナ村に来ている行商人からちょっと買い物をするだけだ。


俺たちがお使いを頼まれた理由は、エレナのお腹が大きくなってきて外出を控えたいからだそうだ。


エレナも妊娠9か月くらいだろうか。そろそろ生まれるくらいの時期になってきた。

何度か触らせてもらったが、エレナのお腹の中で胎児が動いているのが分かって、生命の神秘を感じた。

自分もあんな感じだったと思うと感慨深いな。


アランなんかは、エレナのおなかを触っては「今動いたぞ!」とか言って騒いでいる。それだけうれしいのだろう。


ともかく、そんなこんなで俺たちは家から出て行商人のいる村の中心地まで歩いていく。


うちはちょっと村のはずれの丘の方に建っているので、子供の足では目的地までは少しかかる。

幸い、道に関しては前にエレナに連れていかれたから覚えている。

なんでもあまり敷地の外に出たがらない俺を心配して、村で他の子供の友達を作らせようとしたらしい。


子供が引きこもりがちだと心配になるのは分かるが、俺からしてみれば精神年齢がかけ離れた子供と遊ぶなんて苦行でしかない。

エレナには友達はできなかったと言ってごまかした。残念そうな顔をしていたが、俺は家で魔術の修行をしていた方が楽しいのだ。


なに?アリスと遊んでいるじゃないかって?

バカ野郎アリスは可愛いからいいんだよ。見ているだけで目の保養だ。


おっと、ここを右だな。


いくつものだだっ広い畑を通る。


ここダナ村は農業で生活をしている村だ。周りを見渡せばあちこちに畑がある。

今は夏なのでトマトとかかぼちゃが収穫できるのだろうか。


畑ゾーンを抜け、民家が集合している目的地に到着した。


村の中心地と言っても、ただ広場のようなものがあるだけで特にこれといったものはない。


しかし今日は一台の馬車と、露店のようなものがあった。

露店にはちらほらと人が集まっていた。

俺たちはその人だかりに混ざると、エレナから頼まれた物を確認する。


「……これと、これと……うん。大丈夫全部あるよ」


俺がそう言ってアリスの方を見ると、アリスは目を輝かせて露店を見渡していた。

もしかして、こういうところは初めてなのだろうか?


てことは初めてのお使いってやつか。なんだか微笑ましいな。


とはいえいつまでもこの状態にしておくわけにはいかないので、声をかける。


「おーいアリスー?」


アリスはようやく気づいたようで、少し慌てていた。


「ご、ごめんギル。私こういうところ初めてで、夢中になっちゃった」


「おっと、嬢ちゃんたちお使いかい?」


そんな俺達に興味を持ったのか、露店の店主が声をかけてきた。色黒でガタイがよくてなんだか、商人というよりも冒険者といった感じの男だった。


「はい。母に頼まれまして、初めてのお使いってやつです。この紙に書いてあるものをもらえませんか?」


俺がそう言うと店主は景気よく笑った。


「ハハハ!そうか初めてのお使いか!ならまけてやらんとな!ほらよ、品物はこれでいいかい?」


そういうと店主は金額を半額にしてくれた。

俺は子供っぽさ全開で喜ぶ。アリスもぺこりと頭を下げていた。


「わぁ~!ありがとうございます!」


「あ、ありがとうございます」


「ハハハ!いいってことよ!……ん?坊主魔術が使えるのか?」


店主が体をずいっと近づけてくる。


いったいなぜわかったのだろうか?魔術を使った覚えはないのだが。


「はいそうですけど……なんで分かったんですか?」


「いや、なにお前の腰に差してるそれだよ。魔術師って大体杖持ってるだろ?だからもしかしてと思ってな」


なるほど、俺の腰に差している杖で分かったのか。世の中の魔術師方がだいたい杖を持っているのは知らなかったが、それなら丸わかりだろう。


ちなみになぜ俺がこの杖を持っているのかというと、ノアに肌身離さず持っておけと言われたからだ。


「しっかし坊主、その年で魔術を使えるたぁやるじゃねぇか。魔術学校には行かないのかい?」


魔術学校。アランの言ってたやつか。

またしても俺の頭にはホ〇ワーツが浮かぶ。


「えぇ、今のところは」


「そうかぁ。まぁやりたいことを自由にやるのが一番だもんな!俺も昔は冒険者で気ままにやってたからな!それがいい!ハハハ!」


やっぱり冒険者だったのか。


店長はそう言い残すと別の客の対応に行った。


俺とアリスは店を離れ、帰り道を辿る。


冒険者というのは文字通りの職業で、主にダンジョン探索やモンスター討伐を行っている人たちのことだ。アランとエレナも冒険者だった。

世界各地に冒険者ギルドの支部があり、冒険者は世界中のどこにでもいる。

支部があるなら本部はどこだということだが、なんと驚き。本部はこのイレネ王国の王都にあるらしい。


というのがノアの授業の受け売りだ。

最近ノアは魔術以外にも、こういったこの世界の常識とか歴史を教える授業をしてくれている。


例えばこの前の授業は……


_______


「では授業を始めるぞー」


「はーい」


「は、はーい」


いつも通りのあいさつで授業が始まる。しかし今日はいつもの庭ではなく、ノアの部屋での座学だ。

隣にアリスが座り、机を隔ててノアがいる形だ。

座学の授業は夜ごはんを食べる前に行われる。


「今日は種族大戦の続きからやるぞ。アリス前回の内容を言ってみろ」


アリスが座ったまま答える。


「は、はい。種族大戦とは、世界中の全種族が戦った戦争です!」


「う、うむ。大分ざっくりだがまぁいいだろう。種族大戦とは人族、魔族、龍人族、海族、獣族が争った戦争のことだな。第一次、第二次、第三次とある。第三次は約200年前に終結したから割と直近だ」


ノアが教科書のような本を開きながら説明する。


「ではギル、各種族の住んでいる場所を言ってみろ」


俺が指をさされ指名された。


「僕たち人族と獣族が中央大陸、その左側にある魔大陸に魔族。右側に龍大陸があって龍人族が住んでいます。海族は大陸ではなく、中央大陸と魔大陸の間の海に住んでいます」


「よろしい。では今回は第一次のことをやっていくが……」


_______


とまぁなんとなくこんな感じだ。


ノアからこの世界のことを聞くと、ますますファンタジーっぽさがます。いや、ぽいではなくてファンタジーそのものなんだが。


しかし、どの世界でも争いは生まれるものなんだな。人の性というものなんだろうか。


そんなことを考えていたら、あっという間に家の前まで来てしまった。


「ただいまー」


そう言って玄関のドアを開けて入っていく。


「おかえりなさいませ」


そう言ってナタリアさんが出迎えてくれた。


そのまま家の中でナタリアさんに買ってきたものを渡しているときに唐突に、さっきの店主の言葉を思い出した。


『やりたいことを自由にやるのが一番だもんな!』


俺のやりたいことは決まっている。大事なものを守ることだ。

そのために今修業を頑張っている。


だが、実はもう一つ。やりたいというか、なってみたかったものがある。前の世界で他の人に言ったら笑われたが。


実際、俺はなれなかったから諦めている。俺みたいな凡人がなれるものではないのだ。


「ギル。ちょっと花に水を上げるの手伝ってくれる?」


エレナから呼ばれ、俺は思考を中断した。


今は目の前のことで手一杯だ。これからのことはまだいいだろう。

俺はエレナを手伝うべく、庭に行った。


_______


2か月後、エレナが出産した。


俺の時は結構大変だったらしいが、今回は大分スムーズにいった。


村から俺の時にもいた産婆さんを呼んだし、ナタリアもいた。ナタリアも出産を手伝った経験があるらしく、頼もしい限りだった。


エレナは健気にアランの名前を呼び、アランもエレナの手を汗がだらだらになりながらも握っていた。


結果赤子は無事、元気な産声を上げることができた。


性別は女の子だった。


妹である。


アランは生まれてきた赤子を、でへーとだらしない笑みで見ていた。


俺の時と同じ親バカの顔だ。


赤子の名前はアランとエレナが5か月考えた末に決められた名前のヘレンとなった。


こうして、我が妹のヘレンが誕生した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る