第十一話「試験」
そうこうしてあっという間に2週間の期日が過ぎた。
言われた当初は無理難題に思えたが、アランの手助けもあって、なんとか無詠唱魔術を習得することができた。
一悶着あったがアリスも立ち直れたようだし、よかった。
アランとの剣術の授業を終え、ナタリアの用意してくれた濡れたタオルで汗まみれの体をきれいにする。
そのうちエレナの「お昼ご飯よ~」という声が聞こえてくると、ダッシュで食卓に向かい席に着く。
食事に体を動かした後の空腹に勝るスパイスはないのだ。
全員が揃ったところで、アランの言葉の後に食べ始める。
「ふわぁ~」
ノアが欠伸をした。よく見るとまだ寝ぼけ眼といった感じで、さっき起きたのが分かる。
こいつの生活リズムは一体どうなっているのか。
ノアは見かけだけはしっかりしてそうで良いんだがな……中身がダメダメだ。とてつもなくギャップがすごい。
それが良いという人もいるのかもしれないが。残念ながら俺はそっち側ではない。
こんな奴に俺たちのおやつが渡ってしまったら、今の生活と相まってぶくぶく太るに違いない。
生活習慣病まっしぐらである。
全員がご飯を食べ終わった。これから片づけを手伝った後に少し休憩してから魔術の訓練となる。
俺はあれから無詠唱を安定させる事に成功して、第四位階までの魔術なら無詠唱で使えるようになった。
しかし、残念ながらそれ以上の魔術は無詠唱では使うことができない。
魔力限界量もあれから鍛え続けて、恐らく第五位階を使っても問題ないくらいにはなったはずだ。
だができないのだ。
第五位階に使うくらいのマナを集めるのはいいのだが、そのあと上手く形にすることができずマナが霧散してしまう。
なぜだろうか?後でノアに聞いてみるとしよう。
そんなことよりも今はアリスが心配だ。
昨日アランとあの訓練をまたしたらしい。
俺の頭にはアランにボコボコにされて泣いているアリスの姿が浮かんできた。いや、アランはそんなことしないと思うけどね?
あの日ナタリアさんと二人でどんな話をしたかは知らないが、アランと訓練を行った後にまた引きこもるということは無く、普段通りに過ごしていた。
無理をしていないだろうか。怪我をしなかっただろうか。無詠唱の感覚を掴めただろうか。
色々な心配が頭を駆け巡る。
そうこうしているうちに休憩時間が終わり、魔術の訓練の時間となった。
頼むぞアリス……!あのダメ魔女をぎゃふんと言わせてやってくれ!
_______
「では授業を始める!」
「はーい」
「は、はい」
いつものあいさつで授業が始まる。
だがいつもと雰囲気が違う。
空気が硬いのだ。
こんな感じの空気を俺は味わったことがある。
テスト当日の学校の空気だ。
少しでも成績を上げようとするやつらと、必死で赤点を回避しようとするやつらとで作り出されるあのピリピリした感じ。
そんな空気が流れていた。
まぁ実際試験ではあるし当たり前か。
「今日で期日の日だ。ということで今日は試験を行う!できなかったら前に言った通りおやつ没収。できたら褒めてやる!」
「師匠!罰と報酬が釣り合っていません!」
「ではさっそく行うぞ!ギルからやってみろ!」
おい、無視かよ。
そもそもなんだ褒めるって。言っておくが普段からエレナに褒め続けられている俺には生半可なものでは通用しないぞ。
まぁいいや。とっとと終わらせよう。聞きたいこともあるしな。
俺は一歩前に行くと、杖を前に出して目を閉じる。
(魔力を感じ取る……)
すると体の中にエネルギーの塊のようなものが点々とあるのが感じ取れた。
(集めて……)
指先の一点に魔力が集まってくるのが分かる。
そして十分な量が集まったら次の工程だ。
(イメージして形にする!)
俺は目を開け、杖の先に水の玉ができるイメージをする。
すると、体の中にあった魔力が杖に集まっていく。
次の瞬間杖の先には俺のイメージした通りの水の玉。第一位階魔術「水球」が完成していた。
「よし!」
ノアのOKサインが出たので、俺は魔術を解除する。完成していた「水球」が崩れ地面を濡らした。
「うむ!『水球』か。魔力のコントロールがよくできている!2週間でよくここまで習得した!今まで私はいろんな奴に魔術を教えてきたが、ギルが一番呑み込みが早いな!」
ノアがガハハと笑いながら頭を撫でてきた。
「あ、ありがとうございます」
そ、そうか一番か……うん。悪くないな。
「次!アリス!」
俺がチョロインの如くノアの言葉に照れていると、アリスの番になった。
アリスは緊張した面持ちで、前へ進むと立ち止まり、直立不動となった。
「お、お願いします」
硬い体のまま、カチコチという擬音が似合いそうな礼をする。
これにはノアも苦笑いをして
「そんなに緊張するな」
と言った。
「は、はい」
アリスも返事をしたが、まだ固い。仕方ないここは一肌脱ごうじゃないか。
「アリス。こっちこっち」
怪訝そうな顔をしてアリスが俺の方に振り向く。
ふふふ……こういう時のためのとっておきがあるのだ。みていろ諸君。
「ばぁ~」
俺はとっておきの変顔を披露した。そうとっておきだ。確かこれくらいの子供はこういうのが好きなはずだ。
ふ……今頃かつてないほどのアリスの笑い声が鳴り響いて……あれ?
「……?何やってるのギル?」
アリスの顔には笑のわの字もなく、ただ不思議そうな顔で見られただけだった。
「い、いやなんでもないよ!がんばって!」
「う、うん。ありがとう!」
くそう……俺のとっておきが……もう分かんねぇよ俺。
そんな俺を見てノアがプっと笑っていた。
あの野郎覚えてろよ。
だが、結果的にアリスの肩の力は抜けたようで、さっきよりも集中できているようだった。
モーマンタイだモーマンタイ。
「ではやってみろ!」
ノアの掛け声とともにアリスが目を閉じる。
俺はゴクリと唾を飲む。
いかん俺の方が緊張してきた。
アリスは努力家だ。ナタリアさんから家事や、礼儀作法を教えられたらできるようになるまでずっとするし、魔術も暇な時間があったら練習しているのを俺は知っている。
だから大丈夫だ。努力は裏切らないはずだ。
庭はしんと静まり返り、空気を読んで風すらも吹いていない。
いけるはずだ……!頑張れアリス……!
アリスが深呼吸をし、右腕を前に出す。
1秒、10秒、1分、3分。時間は刻々と過ぎてゆく。
しかし、何分待ってもアリスが無詠唱魔術を発動することはなかった。
_______
「やめ!」
無情にもノアの声が静まり返っていた空間に広がる。
アリスは試験に落ちた。
だが、勘違いしないでほしい。アリスがサボっていたとかではないのだ。そもそも今回のお題が常人には不可能に近いくらい難題だったのだ。
しかしそんなお題を出したノアが悪いとかでもない。ノアの授業にもスケジュールがあって、それを守れる範囲ギリギリが今回の2週間だったのだろう。
ノアだって俺たちに教えられる時間は限りがあるはずだ。
皆やれることはやったができなかった。つまり誰が悪いとかではなく、ただただ時間が足りなかった。それだけだ。
「アリス……」
俺はアリスに駆け寄る。
だが駆け寄ったはいいがこういう時に限って、またこの前みたいにならないだろうか。なんて言葉をかければいいのだろうか。といった考えばかり頭に浮かび、結局何もできずにいた。
アリスの小さい背中に何も声をかけてやれない自分に腹が立つ。
俺がそうしていると不意にアリスがハーと息を吐き、両頬を気合を入れるように叩く。
「大丈夫だよギル」
俺の方に振り向いてアリスがそう言う。
アリスのその表情と言葉からは今までのアリスからは見たことのない力強さが感じ取れた。
「師匠」
「なんだ?」
「私、夢を諦めたくありません。だから、できるまでやらせてください!お願いします!」
それは俺が今までアリスから聞いた声の中で一番大きい声だった。
今のアリスにはいつものような弱弱しさは無い。
成長したのだ、彼女も。
ノアはその言葉を聞い二カっと笑いながら
「うむ!許可する!」
と満足そうに言った。
ひょっとするとここまでノアの筋書通りなのではないだろうか。そう思えてきた。
アリスに挫折を味わわせる。そしてそれを乗り越えさせることで成長を促すみたいな感じの。
考えすぎだろうか。
「あ、あと罰のことなんだがな」
ノアが思い出したように言った。
あ、それがあったな。いや待てよ。
さっき考えた通りなら、あのおやつ没収罰ゲームは失敗すると分かっていて出したものなわけで。
憶測の域を出ないが、かなりクズである。
だが、そんなことはなかった。
「この家に来てから食事が美味しすぎて、つい食べ過ぎてしまうんだ。このままだとデブまっしぐらな感じでな?アリス分のおやつを食べると確実にヤバいんだ」
どこか芝居がかった口調でノアがそう言う。アリスはどういうことなんだろう?といった感じできょとんとしている。
「だから罰はおやつ没収をやめて、1か月一日30分私のマッサージをすることに変更する」
「え!?い、いいんですか!?」
「あぁ、だが覚悟しろよ?私は生半可なマッサージでは満足しないぞ」
「は、はい!」
アリスは驚きながらも嬉しそうにしている。
しかしあんな心配は杞憂だったようだ。さすがにノアもいたいけな子供から楽しみを奪うほど非道ではなかった。
おやつを俺の分と半分ずつ分け合おうと思っていたが必要無かったな。よかったよかった。
まぁそんなこんなで試験は終わった。結果的にはアリスは合格できなかったが、アリスならこれから必ず無詠唱を習得できるはずだ。
とりあえず一件落着だな。
「よし!試験も終わったことだし、ご褒美に今日は秘蔵のカッコいい魔術を見せてやろう!」
なにそれちょっと気になる……
俺たちは期待の瞳でノアの秘蔵の魔術とやらを待つ。
しかしその時
(……!)
ゾワリと悪寒が走る。
「ふぇっ!?」
俺は反射的にアリスを抱え、無詠唱で第三位階風魔術「
」を地面に向かって放ち横に飛ぶ。
俺が横に飛びのいた瞬間、大きな音をたてて、俺とアリスのいたところに何かが物凄い勢いで飛来した。
「いててて……なんだ!?」
巻きあがる土煙でそこに何がいるのかが分からない。
しかし、
トラック一台ほどの深紅の鱗に包まれている巨体に、見るものを威圧する両翼。木の幹ほどに太い四本の足に鋭利な牙。
前の世界でもよく知られている
「ゴァァァァァァ!!」
そう、いきなり飛来してきた
と呼ばれるこの世界でトップレベルで危険とされる魔物だった。
俺の腕の中でアリスが震えているのが分かる。いや、アリスだけではない。俺も竜の圧倒的な圧に震えていた。
竜の黄金色の瞳の一瞥だけで本能的に死を感じる。蛇に睨まれた蛙とはこのことだろう。捕食者と被捕食者の関係というものが一瞬で理解させられる。
なんでこんなところに竜が!?いやそんなことは後だ。
このまま何もしないと死ぬ。しかし足が震えて使い物にならない。逃げれないのなら、戦うしかないだろう。
俺は今自分が使える中で有効そうな魔術を無詠唱で即座に放つ。
「
第四位階の火魔術だ。圧倒的な熱量の炎の玉が相手を焼き尽くす……
はずなのだが、竜はこの魔術を喰らっても何事もなかったかのようにそこに立っていた。
嘘だろ……?やけどの一つもないのか?
ほ、ほかに何か効きそうな魔術を……
俺は自分の魔術が全く効かなかったことでパニックに陥った。
その時、竜の鼻面に水がかけられた。
いや、正確にはかけられたのは「水球」だった。しかし、詠唱の声は聞こえなかった。
「あ、え……?」
「水球」を放ったのはアリスだった。震えながらも右手を竜に向け、無詠唱で放ったのだ。アリス自身も自分が「水球」放ったことに驚いているようだった。
だが、当然のように効果はなく竜は煩わしそうな顔をして俺たちに向かって来る。
「ゴァァァァァァ!!」
竜の太い前足が振り下ろされる。その時。
「おい」
竜を隔てて向かい側から、先ほどの竜の咆哮などよりも遥かに恐ろしい。心の臓から凍るような冷たい声がした。
竜は振り下ろしていた前足を止めた。
いや、それだけではない。
震えているのだ、竜が。
その姿は先ほどの俺たちと同じ、圧倒的強者を前にしたものだった。
「私の弟子に何をする、トカゲ」
次の瞬間、竜の胸を一筋の光が貫き、大きな音を立てながら竜は倒れた。
「お前たち大丈夫か?」
ドラゴンの向こう側にはノアが立っていた。
一撃だった。何の魔術なのかは分からないが、あの竜を一撃で倒した。
だが今はその驚きよりも安堵が大きかった。
緊張の糸がほどける。
短時間とはいえ、死の恐怖にさらされた体は思うように動かない。
「二人とも大丈夫か!?」
ノアがこちらに駆け寄ってきて、俺たち二人を抱きしめる。
「う、ひぐっ……こ、怖かったよぅ」
アリスがノアの腕の中で泣いている。
「よーしよし。怖かったな。好きなだけ泣いていいぞ」
ノアがアリスの背を撫でながらそう言う。
「しかしギル。お前よくとっさに避けれたな」
「はい。なんかヤバい気がしたので反射的に」
「いや、反射的にって……すごいなお前。まぁいいや。ほれ、もっと甘えてきてもいいんだぞ?このノア・ナイスバディに」
「では遠慮なく」
「うわっ!ちょっ!」
俺は本当に遠慮なくノアの胸に顔をうずめる。あんまり胸が無いのでナイスバディではないが、文句を言うのはやめておこう。
「や、やめろ!」
しばらくそうしているとノアから頭にチョップをもらった。痛い……理不尽だ。
俺がチョップを喰らったところを撫でていると玄関のドアが勢いよく開けられた。
「ちょっと!どうしたの!?」
出てきたのはエレナとナタリア。
「え……噓……」
だが二人とも俺たちの傍に転がっている生物を見て絶句した。
そりゃそうだ。自分ちの庭にいきなり竜が転がってるんだから。
そんな二人にノアが、かくかくしかじかで何が起こったかを説明する。
「ギル!大丈夫!?」
「アリス!大丈夫だった?」
二人の母がそれぞれ子供に駆け寄る。
しばらく慌てたエレナに怪我はないかとか色々聞かれる。
ナタリアもおんなじ感じだった。
ようやく落ち着いた母’sが離れるとノアが話し始めた
「それでな、こいつの処理なんだが」
ノアが言うには竜の死体は放っておくと屍竜として復活してしまうそうだ。
今回倒したこいつは赤竜と呼ばれ、コイツの素材は高い装備とかに使われる高価な物なので解体して燃やすことにした。
とりあえずこれで本当に一件落着だろう。
今日はぐっすり眠れそうだ。ちなみにアリスが無詠唱魔術を習得したので、ノアのマッサージ係は無しとなった。
その後、アランが帰ってきて外で竜を見て騒いでいたが、それ以外は何も起こらず、忙しかった一日は幕を閉じた。
ーーーーーーーーーー
〜その日の夜〜
ノア視点
「むむ?これは……」
ノアは昼に現れた赤竜の死体を調査していた。
こんな場所に竜が現れるという異常事態を何も調べないわけには行かない。
飛来してきてからアリスの成長に繋がるかもしれないと考え、ギリギリまで倒すのを待ったのだが、そもそも私が竜の接近に気づかなかったことがおかしいのだ。ただの竜ならギル達が存在に気づかない間合いで殺せていた。
そんなわけで調査していたのだが、ようやくそのカラクリが分かった。
竜は精神操作系の魔術と、かなり高位の気配遮断系の魔術をかけられていたのだ。
私が油断しまくりだったのもあるが、これなら気配が無かったことにも納得がいく。
「もう気づかれたのか……」
術式から問題である『だれがやったのか』は分からないが、考えられる理由は
「やれやれ、これはめんどくさいことになりそうだ」
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