第七話「家庭教師爆誕!!」

「ここがギルの家か!結構立派じゃないか!」


「ははは……それはどうも……」


まずい。あのまま流されてとうとう家の前まで来てしまった。


現在の時刻は夕方で、日が沈んできている。


これが何を指すかというと、もうすぐエレナが帰っていてもおかしくない時間であること。

最悪、ドアを開けたら鬼の形相をしたエレナがこんにちは、なんてこともあるかもしれない。


ノアが何をしに来たのかは全く分からないが、なるはやで用事を済ませてもらわねばなるまい。


じゃないとヤバい。何がとは言わないが、とにかくヤバい。


途中でノアの目的を聞こうとしたのだが、逆にノアに「家族は何人だ?」とか「好きな食べ物は何だ?」とか、質問攻めにあって聞けなかった。


はやくノアに用事を終えてもらうために目的を聞かなくては。

それに、目的によっては家の中に通さなくても帰ってもらえるかもしれない。


「あのー、ノアさんはどうして……」


コンコンコン


「たのもー」


俺が質問を言いきる前に、ノアは扉をノックしていた。


なんて行動力だろうか。彼女には出会ってからというもの、驚きっぱなしである。

いや、悪い意味でね。


しかし、扉の奥から聞こえてきた声に俺は少し安堵した。


「はーい」


扉が開くと、その中から顔をのぞかせてきたのは、幼い天使だろうか。いや、今の俺には救いの神にさえ見える。


アリスが出てきた。最初はノアを見て、誰だろう?と不安そうな顔をしていたが、その横にいた俺を見つけると少し安心したようだった。


「えっと……ギル、この人は?」


アリスの問いに対して、ノアが反応した。


そして指を鳴らそうとする。


またあの名乗りをやるのだろうか?てかいちいちあんな大掛かりなことをしないと気が済まないのかこの人。


しかし、あんな目立つことをされてはまずい。

遠目からでも目立つあれは、そろそろ近くまで来ているであろうエレナたちに見つかる恐れがある。


つまり先に潰しておく必要がある。先手必勝だ。


「この人はノアさん。なんだか家に用があるみたいだから連れてきた」


「そ、そうなんだ。え、えっと初めまして、メイドのアリスです。とりあえず中に入ってもらって……ノ、ノアさん?」


アリスが少し怯えたようすでノアを見ている。


俺もつられて横を見ると、ノアはこぶしを握り締めてぶるぶる震えていた。


ホントに何なんだろうこの人。


俺もアリスも呆気に取られていると突然ノアが暴れ始めた。


魔法は使っていないが、幼稚園児みたいな暴れ方である。


「ギルに邪魔されたー!!アリスちゃんの私のカッコいい第一印象がー!!どうするんだ!この子の華麗で大人なレディの私のイメージ!!」


ギャーギャーと騒ぐノアに俺は、思わずツッコミを入れてしまう。


「あれでそんなもんつくわけねえだろ!」


いかん本音が。


「なんだとー!!」


「ヒェッ」


あかん怒らせた。ごめんなさい天国の名も知らない先祖様。今行きます……


「えっと、あの、あの喧嘩は……」


俺を捕まえようとするノア、ビビって逃げる俺、おろおろするアリス、まさにカオス。

もはやこの場に秩序は存在しない。


混沌の場と化した玄関で俺たちは(主にノア)しばらくギャーギャーやっていたが、それもある人物の登場ですぐに収まった。


「なんだかにぎやかね。あら、そちらの方は?」


そうエレナ達が帰ってきたのである。



エレナとノアに気付いた瞬間、ノアに組み伏せられていた俺の体はピシッと固まり、なんとか抜け出そうとしていたささやかな抵抗もできなくなった。


ノアも俺の変化に気づいたのか手を止める。俺の目線を見てエレナ達に気が付くと、俺から離れそちらの方に向き直る。


そして自信満々な笑みと共に指を鳴らし、地面を隆起させると例のポーズをとり、例の名乗りを上げる。


「遠からん者は音にも聞け!近くば寄って目にも見よ!我が名はノア・ディザリア!当代最強の魔術師にして、魔女の里序列第一位!人呼んで『叡智の魔女』その人である!!」


俺の時と違ったことは今回起こったのは爆発ではなく、眩いばかりの光であったこと、そしてその名前を聞いて感動するものがいたということだ。


「うそ、うそ……」

エレナである。直立不動で、両手で口を押え今にも泣きそうだ。

ナタリアの方はそこまでではないが、驚きの表情をしていた。

アリスだけは、なんだかよくわからなそうにポカーンとノアを見つめていた。


我が母はこの癇癪持ち中二病患者に会えたことがそんなにうれしいのだろうか。


いや、本人も叡智の魔女だとか言ってたし、知名度的にはすごいのかもしれない。


たぶん有名な芸能人に会えてうれしいのと同じような感じだろう。


そんなエレナとナタリアの反応を見て、ノアがどうだとばかりにどや顔でこちらを見てくる。

かなりうざい。


とはいえこれはチャンスかもしれない。


エレナがこの状態であるのなら、このままノアの用事を済ませてしまえば、俺が森に行ったこともなぁなぁで流れるかもしれない。


ノアの知名度に感謝だ。もし成功したらゴーレムをけしかけてきたことを許してやらんでもない。


「エレナ様。荷物もありますし、とりあえず家の中に」


「え、えぇそうね」


ナイスナタリアさん!


「お邪魔するぞ!」


玄関を通り家の中に入る。


しかし、これは緊張のせいだろうか、見慣れたはずの景色がいつもと違って見えるのは。


思わずごくりと唾をのむ。


「お茶を入れますので、少々お待ちを。アリスおいで」


「う、うん」


「それじゃあ私たちはこちらに」


エレナが席を促した。


俺たちはアリスとナタリアさんがお茶を入れてくれている間に、席に着く。


俺の隣にエレナ、斜め向かい側にノアが座っている。


「それで!ノア様はいったいどうしてこんな辺鄙なところへ来られたのですか!?先ほどはギルと何かしている様子でしたが、この子が何か粗相をしましたか!?あ、すいません!まだ名乗っていませんでした!私エレナ・アイデールと申します。エレナとお呼びください!」


席に着くなりエレナが机に身を乗り出して興奮気味にまくしたてる。


これには先ほどまで一番騒いでいたノアも押され気味になっていて、若干椅子を引いていた。


「母さん落ち着いて。ノアさんちょっと困ってるよ」


「あっ!!す、すいません。ノア様に会えたことで興奮してしまいました……」


「あ、あぁ構わないぞ。私もそんなに喜んでもらえて嬉しいよ」


ノアは苦笑いしながら答えている。


「まぁ!!」


「母さん、どうどう」


また暴走しそうになる母を諫める。しかし、そんなに嬉しいのか。

正直エレナがここまで興奮しているのは初めてみたかもしれない。


後でエレナにノアがどんな人なのか教えてもらうとしよう。


「どうぞ」


ナタリアとアリスがお茶を持ってきた。


アリスがお茶をこぼさないようにと、慎重に歩いてくるのがとても可愛らしい。


彼女たちはお茶を出すと、俺たちの少し後ろに立った。


おぉ、メイドっぽい……いやメイドだけどさ。


「それで、ノアさんの要件はいったい?」


俺は話を進めようとノアに話をするよう促す。


ノアはこくりとうなずき、喋りだす。


「そのことなんだが、今ギルの魔術は誰が教えている?」


なぜ俺の魔術のことなのだろうか。まさかノアが魔術版当たり屋みたいなことをしていて、ゴーレムを俺が魔術で壊したから教えたやつが弁償しろとかじゃないよな?


いや、そんなバカみたいな話があるわけないだろう。ノアほどの魔術師が当たり屋もどきみたいなことするわけがない。ないよな?


「それなら私ですが……それがなにか?」


エレナが恐る恐るといった感じで手を挙げる。


ノアは笑いながら続ける。


「ハハハ!そんな怖がらなくていいよ、別に何かするわけじゃないさ。そうか、エレナが教えたのか。素晴らしい!よくぞここまでの魔術師を育てた!」


ノアがいきなり褒めてきた。

隣でエレナが息を飲む音が聞こえる。


「正直言ってギルの魔術の才能は天才的だ。私の予想だが、ギルは第四位階まで使うことができるんじゃないか?」


「は、はい。しかし、どうしてそれを?」


エレナが驚いていたが、俺も驚いた。ノアの前では3位階までしか使っていないはずなのになぜ分かるのだろうか。


「なに、長生きしていれば相手の力量が大体わかるものさ」


俺以外の人はなるほどと頷いている。そういうものなのだろうか。てか、ノアって何歳なんだ……いや、このことはあまり考えないようにしよう。


「普通魔術とういものは、いくらセンスがあってもこの年で第四位階まで扱うことはできない。なぜか分かるか?」


ノアが人差し指を立て、質問をしてきた。

これにはエレナが答える。


「魔術を使うにはセンス以外にも、その魔術の構造を理解する力が必要だから……ですか?」


「正解だ!そして通常この理解力というのは、年齢を重ねて培っていくものだ。」

ノアはそこで言葉を区切り、俺の方を向いた。


「しかし、ギルはこの幼さでその両方を有している。人生二週目とか言われても不思議ではない。……まぁそんなことあるはずないがな!」


ノアがガハハと笑っている。しかし俺は密かに冷や汗をかいていた。

こいつ……こんな性格のくせに、なかなか鋭いな。


「つまりギルは魔術師として非常に優秀という話だな。で、ここからが本題なんだが……魔術の習得においてギルは今行き詰っている。おそらく魔力量でだ。違うか?」


ノアはまたしても俺の現状を言い当てた。

だが、これは俺がゴーレムと戦った時に魔術を数回使って倒れたことで分かっただろう。


しかし、そんなことを知らないエレナはまさに開いた口が塞がらない状態だった。


ノアが得意げな顔をしている。


俺は気が引けたので、水を差すのはやめておくことにした。


「どうだ?合っているであろう?」


「は、はい」


エレナがなんとか言葉を絞り出した。


「そしてその魔力量は一生変わらないというのが一般的だが、私はこの問題を解決する方法を一つだけ知っている」


その言葉を聞いた瞬間、俺は反射的に椅子から立ち上がって机に身を乗り出していた。

机から音が鳴る。


「その方法を!!教えてください!!」


自分でも驚くほど大きな声が出たと思う。

しかし、それも仕方ないだろう。


目の前の人物が、諦めかけていた問題を解決できる方法を知っているというのだから。

誰でも感情的になるというものだ。


「まぁ落ち着け、ちゃんと教えてやるから。しかし、お前ら親子なだけあって行動が似ているなぁ」


ノアはエレナが身を乗り出して迫った時と同じように、苦笑いしていた。


「す、すいません」


俺は椅子に座り、落ち着こうと深呼吸をする。


「で、その方法なんだが」


ここでノアはコホンと咳払いし、間を置いた。

俺たちはゴクッと唾をのむ。


「ズバリ!私がギルに魔術を教えることだ!!」


俺は椅子から転げ落ちそうになったが、周りを見るとエレナや、ナタリアもおんなじ感じだった。

アリスだけはピンとこないのかリアクションは薄かった。


ノ、ノアが俺の魔術の師匠になるだって!?ちょっと話が急展開すぎて、脳の処理が追い付かない。


俺は予想外の展開に固まっているだけだったが、エレナは違った。


「お、お願いします!!お給料の方はいくらでも用意しますので!」


エレナはノアの手を握り、必死にお願いをしていた。


「私はこの子が魔力量のことで悩んでいても、何もしてあげることができませんでした……!!夫と一緒に、色々な知り合いに相談してみたり、過去に魔力量の総量を上げることに成功した事例がないか調べたのですが、どれもうまくいかないまま途方に暮れることしかできず……親失格です……」


エレナはここで言葉を区切り、息を整える。


「このタイミングでノア様が現れたのはきっと運命!どうか!親として不甲斐ない私の代わりにこの子を導いてください!」


エレナは今にも泣き崩れそうな、必死な顔をしていた。


不甲斐なくなんかない。エレナだって俺のために色々考えて動いてくれていたのだ。決して親失格なんかじゃない……!!


そう言いたかったのだが、エレナの顔を見たら、言葉が出なくなってしまった。


俺が何も言えずにいると、少し沈黙が流れた。


しかし、その沈黙も、ノアによってすぐに破られた。


ノアは一瞬だけ俺と目を合わせた。

ほんの一瞬だけ合った彼女の深い紫の瞳はなんとなくだが、私に任せておけと言っているようだった。


ノアはエレナに向けて優しい笑みを浮かべると、諭すような口調で話し始めた。


「エレナ、そう自分を卑下するな。たしかに結果としては、お前はギルの問題を解決はできなかったかもしれない。だが、親失格ではないと思うぞ。」


「ですが私はギルに何も!」


「本当か?私はお前たちのことをよく知らないが、ギルがお前から何も貰っていない。なんて風には見えない」


そうだ。俺はエレナから色々なものを貰っている。魔術だったり、生きる目標だったり、数えきれないくらいに。


「今まで、エレナなりにギルの悩みを解決しようとがんばったんだろ?だったらその努力は無意味なんかじゃない!」


ノアが立ち上がる。エレナの目からは涙がこぼれていた。


「胸を張れエレナ!お前は立派な母親だ!そして、お前たち親子の悩みをこの『叡智の魔女』が必ず解決すると約束しよう!!」


そう言ってノアはエレナに手を差し出した。

その姿は俺の前でやったあの派手な名乗りの時なんかよりも、圧倒的にまぶしくて、輝いていた。


「ぐすっ……はい……」


エレナが泣きながらその手を握る。その光景を見ていた時、俺の頬に何か伝っていた事に気が付いた。

いつの間にか、俺も泣いていたのだ。


「契約成立!だな!!」


ノアがにかっと笑いながらそう言った。


こうしてノアが俺の家庭教師となった。

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