母たちのショッピング
「エ……様……エレ……様……エレナ様。着きましたよ」
隣に座っているナタリアの声で目が覚める。どうやら少し寝てしまっていたようだ。
「ありがとうナタリア。ごめんね、少し寝ちゃったみたい」
目をこすりながら開けると、他の乗客が馬車を下りていく姿が目に入った。
私たちもその後ろに続く。ナタリアが先に下りて手を貸してくれた。これもメイドの仕事なのだろう。
私的にはそこまでしてくれなくてもいいのだが、前に一度友達みたいに接して欲しいと言った時
「メイドですのでそれはできません」
と拒否されたことを思い出し、おとなしくナタリアの手を取った。きっと彼女なりの仕事への誠意なのだろう。それならば無理を強いることもないと思う。
「よいしょっと」
馬車を飛び降り、町の入り口まで移動する。
入口で警備の人の検査を受けると無事、町の中に入ることができた。
町の中にはごった返すとまでは言わないまでも、ある程度の人がいた。
ここはパトリス。私たちの村から一番近い町だ。
しかし、これといった特徴のない町なので、私が冒険者時代に行った他のところ比べると、あまり人気はない。
それでも私たちの住んでいるダナ村の何倍も人はいる。
ここに来た目的は日用品を買いに来たのと、知り合いがここにきていると手紙をもらったので、会いに来たのだ。
とりあえず買い物をしに、市場に行く。
「えーっと。こっちだったわよね」
「いえ、エレナ様こちらです」
私が行こうとしていた道と逆の道をエレナが指さす。
こんな風に途中道に迷いかけながらも、ナタリアのサポートのおかげで市場まで来ることができた。
ほんとうに彼女には迷惑をかける。自分が抜けていることは自覚しているのだが、どうにも治らないのだ。
市場に着くと、メモしておいたものを探す。
あまり人気のない町と言えど、市場には活気があふれていた。
とりあえずメモに書いたものを一通り買うと、それぞれほしいものを買うことにし、いったん分かれた。
私がギルにどうだろうかと、雑貨屋で子供向けの本を買った後、ナタリアと合流すると、彼女もアリスのために別の雑貨屋で本を買っていた。
お互い母親なのだねと二人で少し笑った後、もう一つの目的地へと向かった。
ちなみにナタリアの本は、私が大ファンである「叡智の魔女」ノアの冒険譚を子供向けにしたものだった。
彼女もなかなかいいセンスをしている。
_______
町の中心地から少し外れたところに私たちの目的地はあった。
『丸太亭』
この平凡な見た目をしている宿屋が私たちの目的地で、用がある人物が泊っている場所だ。
扉を開け、中に入ると、目的の人物はすぐに見つかった。
なぜならその人物が昼間から酒を飲んで、騒いでいたからだ。
「それで俺はそいつにこう言ってやったわけよ!”こんにちはベイビー……俺と一緒に大人の階段ってやつ……登ってみない?”ってな!そしたらそいついきなりビンタしてきやがってよぉ!っておーい旦那!聞いてる!?」
「はいはい、聞いてるよ」
冒険者風の小柄な男が、この宿屋の主人らしき人に絡んでいて、主人が面倒くさそうにしていた。
私は思わず苦笑いをしてしまう。そしてその光景に懐かしさを覚えた。
しかし、このままにしておくと主人がかわいそうなので、男に声をかける。
「ザック、またこんな時間から酔っぱらってるの?」
私の声を聴いて男が勢いよく振り返る。後ろからだと見えなかったクリっとした目の人懐っこそうな顔が驚いた表情を浮かべている。
この男の名前はザック。冒険者時代の私とアランの元パーティメンバーで、魔術と剣術を扱う器用な戦士だ。そしてかなり酒癖の悪い人物だ。
「おー!エレナじゃねぇか!久しぶりだなー!!来てくれたってことは手紙が届いたのか!」
ザックが口を開けると酒の匂いが漂ってくる。
これはかなり飲んでいるのではないか。
「ん?その後ろの美人さんは誰だ?てかアランは?」
やっとナタリアのことに気づいたのか、首をかしげながら質問をしてくる。
「彼女はうちでメイドをしてくれているナタリアよ。アランは村の会議があって来れなかったわ」
後ろでナタリアが会釈をした。
「ほ~ん。あいつ来れなかったのか。ま、いいや。どうだ?お前たちも一杯やってくか?」
「せっかくだけど、妊娠中だから遠慮しておくわ」
「私も遠慮させていただきます」
私が、妊娠中だと告げるとザックは驚いた。
「えぇ~!!お前子供できんのか!まぁそうだよな……で、あいつの夜の方はどうだった?」
ザックが卑猥なジェスチャーをしてくる。この手の酔っ払いは手に負えない。
「もう!!」
「ははは!冗談だって!まぁとりあえず座れよ」
私たちも席に座り、しばらくザックとお互いの近況について話し合った。ナタリアは一歩引いて聞いている感じだった。
パーティーのムードメーカーであったザックの話はどれも面白く、なんだか懐かしい気分になった。
特に賭博で失敗し、賭博場から逃げ、一週間追い回された話は傑作だった。
「で、なんの用だ。ただ世間話をしに来たわけじゃねぇだろ?」
ザックの方から切り出してきた。普段ふざけているくせに鋭いところも相変わらずだ。
「えぇ。実はちょっと相談があるんだけど……」
そこから私はギルのことについて話した。
「ふーん。3歳で第四位階まで習得した神童……だが、現在魔力量の壁にぶち当たって困っているねぇ。にわかには信じがてぇな。この年で第四位階まで使えるのもそうだが、魔力量も少なすぎる。普通は第四位階でも5発は使えるもんだ」
ザックは半信半疑といった目を向けてくる。
たしかにギルの魔術に関しては常識から外れすぎている。彼の反応も無理はない。私だって直接見ない限り、信じられない。
「でもそれが本当なの。ねぇザック、魔力量の増やし方についてなにか知らない?何でもいいの。噂話とかでも何でも」
ザックはそこから少し頭をひねらせていたが、最終的に首を横に振った。
「うんにゃ、だめだ。俺も結構いろんなところを回ってるが、そんな話は聞いたことはねぇ」
そう言われて私は少し落ち込んだ。魔術を扱うザックなら何か情報を知っているかもしれないと思ったが、ダメだった。
「おいおい、そんな顔すんなって。お前が子供のことをなんとかしてやりてぇってのも、焦るのも分かる。だが、いかんせん問題がでかすぎるんだ。ゆっくり情報を集めていくしかねぇ。こんなことをポンと解決できるのはそれこそ『叡智の魔女』か龍帝、それと魔帝くらいしかいねぇだろうよ」
それを見透かされたザックに諭される。
しかし、それでも一度落ち込んだ気持ちは治らない。
「……そうよね。話を着てくれてありがとうザック。それじゃ私たちはそろそろ行くわね。ギルたちに留守番をさせてるの。早く帰らなきゃ」
私はそう言うと席を立ち宿の出口に向かった。ナタリアも私に続く。
「あぁ、いいってことよ!俺の方もなんか情報を手に入れたらまた手紙を出すぜ」
ザックは最後まで明るく、お互い手を振って分かれた。
宿から出た私たちは、少し重い足取りで帰路に着いた。
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