第六話「我が名はノア・ディザリア」
夢を見ている。前世の夢だ。
まだ小学生2年くらいの少年だったころの俺。思えば俺の人生の分岐点はここだった。
たまたまテレビに流れていた悪役と戦って人々を助ける。そんなありふれたヒーロー番組を見たとき、なぜか目が離せなくなった。
内容自体はどこにでもある、特別に面白いわけでもないのにだ。
でも目が離せなかった。そして思った。
俺もこんな風になりたい。
そんな風に思ってしまった結果は、損ばかりの人生。俺がどんなに親切にしても、人は簡単に裏切る。
裏切られて、裏切られて、裏切られて裏切られて裏切られて裏切られて裏切られて
そんなことを繰り返していたら、俺は何もかもを失っていた。
気づいたらあの橋の下。皮肉な話だ。与えようとして、何もかもをなくしたのだから。
もう他人を救おうとするのはやめよう。それはきっと、自分が傷つくだけだから。
ずっとそう考えていた。けどあの日、あの薄暗い路地裏であいつと出会って、助けて、感謝されて分かった。
あぁ、きっとこれは。どうしようもない呪いなんだと。
_______
「うっ……いてて……ん?」
あれからどのくらいたったのだろうか。俺は気絶した状態から目を覚ました。
しかし何か違和感がある。
主に後頭部の方だ。俺は硬い地面の上に寝ているはずなのに、なぜかそこだけ柔らかい。
おかしい。そう思って目を開けると、目の前にはあの女の顔があった。
「やっと起きたか。私の膝がそんなに良かったのか?」
女の方も俺が目を覚ましたのに気が付いたようで、声をかけてきた。
俺は今の状況を理解し、慌てて飛び起きると、女に向かって戦闘態勢をとった。
どうやら俺は気絶している間、あの女にひざまくらされていたらしい。ありがたやありがたや……
いやいや、そうじゃないそうじゃない!危ない……奴の巧妙な罠に引っかかるところだった。
あのひざは危険だ。気をつけねば。
ひざのことはいったん忘れておこう。問題はなぜあの女が俺に何もせず、膝枕していたかだ。
あの女がゴーレムをけしかけたのは、なにかしら俺にしたかったからじゃないのか?
ゴーレムと戦い気絶した俺は、格好の獲物だっただろう。なぜ何もしないのだろうか。
あの女の行動が矛盾している。わけが分からない。
俺が混乱しているのを、面白がるように女は見ている。性格悪そうだなコイツ。
しばらくして満足したのか、やっと口を開いた。
「ともかく、試練クリアだ。おめでとう少年。フフフ……そんなに警戒しても私は何もしないぞ?」
どの口が言うのだろうか。
「お前は何者だ!!」
「おっと、そうか。まずは名乗りからだったな」
女はそういうと、指を鳴らした。
その乾いた音とともに、女の立っている地面が1mほど隆起する。
そしてローブを広げ、なびかせながら右手を前に出し、左手で右目を隠すという厨二が好きそうなポーズをとると、名乗りを上げ始めた。
「遠からん者は音にも聞け!近くば寄って目にも見よ!我が名はノア・ディザリア!当代最強の魔術師にして、魔女の里序列第一位!人呼んで『叡智の魔女』その人である!!」
名乗り終えた直後ノアの後ろで爆発が起きた。
ノアはその光を背に受け、爆風でローブをなびかせ続けながら、厨二ポーズのまま止まっている。
なんだか特撮でこれに近い光景を見たことがある。
顔は完璧にドヤ顔だ。妙に洗練されていたように思えたこの名乗り方は練習でもしたのだろうか。
だが、その洗練された厨二チックな名乗りを聞いても、この世界に疎い俺には理解できることはあまりなかった。
しかし三つ分かったことがある。
一つ目はノアが物凄い魔術の使い手であることだ。
今起きたこの現象、恐らくは魔術を用いたものだろう。
ゴーレムを作りだしたこともそうだが、このレベルの魔術を詠唱無しで行っているのだ。
原理は分からないが、魔術師としての次元が違う。
二つ目は、おそらくノアに敵意がないこと。もし、あんなレベルの魔術師が敵意を持っていたら俺は今頃生きていない。
そして三つ目だが、これだけは名乗りを上げた瞬間に理解できた。ノアは……多分ちょっと残念な人だ。
_______
しばらく俺が言葉を失ってノアを見上げていると、隆起していた地面が元に戻り、ドヤ顔のノアが元の高さに戻ってきた。
「どうだ少年。感激したか?人が私の姿を見ることなんてそうあることではないからな、隠さなくてもいいぞ?ん?」
うぜぇ。しかし、ノアが強大な力を持つ魔術師であるなら戦闘なんて絶対にしたくない。俺なんか一瞬で消し炭にされるだろう。
こちらに戦闘の意思がないことを伝えなければならない。
「僕の名前はギル・アイデール。イレネ王国のダウパ村に住んでいます。ギルとお呼びください。先ほどは介抱していただいてありがとうございます」
これを言った後に、45度のお辞儀をする。この世界でお辞儀が有効なのかは知らないが、ないよりましだろう。
ノアはつまらなそうな顔をしていた。しまった、お辞儀ではだめだっただろうか?
「はぁ~……お前、堅苦しい奴だな」
違った。どうやら俺の自己紹介のしかたが、琴線に触れなかっただけっぽい。
「まぁいい。ギルとやら、お前その杖のことをしっているか?」
ノアは石の上に置いてある杖を指さした。
「杖ですか?いえ……この遺跡で見つけたばかりなのでなにも」
「じゃあ最近変な夢を見たことは?」
……!!なぜ夢のことを知っているんだ?もしかしてノアはこの杖のことについて知っているのだろうか。
どうしよう、正直に言ってもよいのか?
いや、嘘をつくより本当のことを言った方がなにか知れるかもしれない。
というか嘘を言う理由なんてないか。夢のことを知っているなら、異常者と思われることもないだろう。
よし、正直にいこう。
「最近というか、ずっとですね」
「そうか……」
ノアはそう言うと腕を組み、「こんなチビがか?」とか「いやしかし、あの魔術は……」とかよくわからないことを呟いて、何かに悩んでいるようだった。
しかしすぐに腕組みを解くと、俺に指をさしてこう一言。
「よしギル、私をお前の家まで連れていけ!」
えぇ~……
てか夢のことは!?あの杖のことは!?教えてくれないのかよ!何で聞いたんだあれ!
それにこのままではまずい、ノアを連れ帰ったら無断で森まで行ったのがエレナにばれる……
ここは命に代えてもお断りせねばなるまい。
俺は確固たる決意をもってお断りしようとする。
「いえ、しかし……」
「連れていけ」
「いやぁ、でも……」
「連れていけ」
「……はい」
ノアの圧に押され、俺の決意と抵抗は空しく散った。
そうして俺はエレナのお説教が待っていることにビビりながら、ノアを家に連れて帰るのだった。
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