第八話「授業開始」

ノアが俺の家庭教師として我が家に就職することになった。


あの直後にアランが帰ってきて、泣いているエレナと俺とノアの姿を見て状況が呑み込めず、しばらくぽかーんとしていた。


しかし、ナタリアから話を聞いて俺たちと同じような反応をしていた。やはりノアの知名度は絶大らしい。


その後全員で話し合った結果、ノアには空いていた部屋を一つ使ってもらうことになった。

しかし、これで我が家の人口は6人だ。結構な大所帯である。アランとエレナが家を大きく作ってくれていてよかった。


魔術の授業の時間は、エレナが受け持っていた時間をそのまま引き継ぐようだ。


他のみんなが夜ごはんの準備をしている間、アランと俺でノアを部屋まで案内する。


「この部屋を使ってください」


アランがドアを開けるとノアが「おぉ……」と声を漏らした。


なんでもここ一年間野宿しかしていなかったらしく、久しぶりに屋根の下で寝れると考えるとこみ上げるものがあったそうだ。


ベテランの俺から言わせると一年で音を上げるようではまだまだである。


ノアは部屋に入ると、ベッドや机、その他の家具に目を輝かせていた。


しかし俺はそこである事に気が付いた。ノアは荷物が一つもないのだ。普通旅をするなら色々持っているものなのではないだろうか。

着替えもないし、ずっとあのローブを着ているのだろうか。

いや、でもそんなに汚い感じはしないしな……なぜなんだろうか?


そんな俺の疑問も次の瞬間解消された。


ノアがおもむろにポケットから巾着のようなものを取り出すと、その中からどう見ても巾着より大きい箱を取り出した。


「ここにするか……よいしょっと」


その箱を机の横に置くと、袋から本を次々と取り出し、箱の中にしまっていった。


俺は目の前で行われている明らかにおかしい光景に、驚きで固まってしまった。


アランも驚いてはいたが、俺のそれとは少しばかりベクトルが違うようだった。


「それは……マジックアイテムですか?」


アランが質問をする。


マジックアイテム。エレナから聞いたことがある。たしか、魔術的な効果がある道具だっけか?見たことはないが、迷宮という場所からしか入手できないかなり高価な物のはずだ。

マジックアイテムの他にも魔道具というものがあるが、こちらは道具に魔法陣を組み込むことで、魔力を注ぐと特定の効果を発揮できるようになるもので、人工的なものだ。


ノアが持っているからだろうか、それともアランの口調から伝わってくるのか、これはその中でもすごそうだ。というか今日は驚いてばかりだな。


「気づいてしまったか……」


どうやら気づいてほしかったらしく、「クックック……」と意味のありそうで、たぶん意味は無い笑いをしている。


そりゃ気付くだろ……という俺とアランの視線がノアを捉えている。だが、ノアはまったく意に介さない。


「聞いて驚け!これは『無限の小袋』!この中は圧縮された空間になっていて、多くの物が入るのだ!ようするに、これは持ち運び型倉庫!どうだ?すごいだろう?ん?」


得意げな顔をして解説をしてくれた。

つまり4次元〇ケットってことか。解説の仕方が少し腹立つが、やはりすごいものだったようだ。


「す、すごいです。ハハハ……」


ノアのどや顔にアランが苦笑いしながら答える。


ノアも望んでいた言葉をもらったようで、満足げな顔をしていた。



しかしそうなると気になることがある。


「……これほどの物、いったいどこで手に入れたのですか?やはり物語の、『氷の迷宮』ですか?」


今度は俺が質問した。


アランも気になっているようで興味津々だ。やはり、男の子は冒険話が好きなのだ。


ちなみに氷の迷宮とは名前通り、迷宮の内部が常に凍っている迷宮だ。攻略不能とまで言われていた高難度の迷宮だが、ノアはここを一人で踏破した。


そこならあの4次元〇ケットもどきがあってもおかしくはない。


「あぁ、これはな……」


ゴクリ……


俺とアランは言葉の続きを固唾をのんで待つ。


「妹が持ってたから今回の旅に出る前にぶんどってきた!いや~、これがあると無いとでは快適さが段違いだったぞ!」


ズコーー!!


_______



ノアを部屋に案内した後、ちょうどご飯の用意ができていた。


今日はノアの歓迎会ということで、いつもより机の上に載っている食べ物は豪華だ。

そんな豪華な食卓を皆で囲む。



「それじゃあ、ノア様我が家にようこそってことで!乾杯!」



『乾杯!』


アランが音頭をとり、皆それに合わせて食べ始める。



俺は垂れそうになっているよだれを拭き、真っ先ににローストチキンに手を出す。


うっま!


どうやらエレナとナタリアは相当気合を入れたようだ。今日はなかなかの戦いになりそうだな。

持ってくれよ……俺の胃袋……!!


しばらく皆がそれぞれ食事と会話を楽しんだ。もちろん一番騒がしかったのはノアで、自分の昔の冒険譚を話していた。


自慢話ばかりだったが、ノアの話はどれも面白く、俺たちはそんなノアの面白おかしい話を聞いて笑っていた。


酒に酔ったアランが「ギルちゃん~」とか言って頬をずりずりしてきたのはあれだったが、それ以外はとても楽しかった。


そうこうして、宴も終盤といったころに、酔って顔の赤いアランがノアに喋りかけた。


「そういえば、ノア様はいったいどうやってギルと知り合ったんです?」


あ、まてまて、その質問はまずい。俺が無断で森に行ったのがばれてしまう。


すっかり忘れていたが、俺はまだ生死の境にいたのだ。


「私も気になっていました。ギル様は今日留守番をしていたはずでしたよね?」


ナタリアも興味津々といった様子だ。


「そういえばそうよね……」


エレナも変に思ったらしく俺の方をじろっと見る。


「え、えっと」


アリスは気づいているようで、どうしようと慌てていた。


答えを求めて皆の視線が、話を語り終えて満足そうにしているノアに集まる。


「あーそのことか。すまんすまん忘れていた。」


ノアが思い出したという風に喋りだした。


「なに、あの森で迷ってな、うろついていたところでギルに出会ったんだ。それでここまで案内してもらっただけだぞ。いや、しかしこの料理はうまいな。手が止まらんぞ」


ノアはそういうと何事もなかったかのように残っていたパンに手を出した。


だが、そんなのんきなノアと対照的に今この場は静寂に包まれ、これから落ちるであろう雷の気配が徐々に近づいていた。


「ギル?」


「はひっ!」


声のした方を見ると冷たい微笑を浮かべたエレナがいた。


「後で部屋まで来なさい?」


こうして俺はしっかりとエレナに説教を食らったのだった。


_______


「ではこれより授業を始める!」


「はいっ!」


「は、はい!」


昼下がりの、のどかな空気の我が家の庭に3人分の声が響く。


今日からノアの授業が始まる。


生徒は俺とアリスの二人だ。

なぜアリスもいるかというと、俺がノアと授業をしに行こうとしたところ、寂しそうな顔をしてこっちを見ていたのをノアが発見し、「ついでにお前も教えてやろう」と言って連れてきたのだ。


ノアほどの知名度がある人物がそんなポンポン弟子をとっていいのかと思ったが、アリスと一緒というのは俺も嬉しいので考えないようにした。


「ではまずギル。例のモノは持ってきているな?」


「はい。ここにあります」


俺はノアに持ってこいと言われた、遺跡で手に入れた杖をポケットから取り出す。いったいこれを何に使うのだろうか。


「よし!では早速いまからお前の魔力量を上げるために、特殊な術を施す。ただしその間、決してその杖を手放さぬようにな」


魔力量を上げる魔術なんてものがあるのか。すごいな。

しかし、なぜこの杖を持っていなければいけないのだろうか。言っちゃ悪いがボロボロで、杖というより枝みたいだ。


疑問に思った俺はノアに聞いてみる。


「ノア様、なぜこの杖が必要なのですか?」


だが、ノアは胸の前で腕を組むと


「教えん!あと私のことは師匠と呼べ」


と言って教えてくれなかった。企業秘密というやつだろうか。


「早く終わらせるぞ。ギル、杖を胸においてそこに仰向けになれ」


俺は言われるがまま、仰向けになる。


目をつぶると、ノアがぶつぶつと詠唱を始めた。

すると俺の周りに魔法陣が浮き上がり、青白く発光し始める。

視界の端でアリスが心配そうに見ているのが映った。


え、俺これ大丈夫だよね?爆発とかしないよね?


「我は紡ぐもの。太古の神代に眠る神々よ、刮目しろ。悠久の時を超え、今こそ盟約を果たさん。選定の時は今ここに。錆びついた杖は今、目覚める!!」


ひゃあっ!

な、何だこの感じ!?


ノアがそう唱えると胸の上にある杖から、何かが体に伝わってきた。

感覚としては、糸のようなものが杖から体に入ってきて、神経とつながるようだった。


「よし、終わりだ。もういいぞ」


俺はむくりと起き上がり、自分の体に異常がないか確かめる。一通り体を動かしたり触ったが、特にこれといった異常はなかった。

てかもう終わりなの?何にも変わった感じしないけど。爆発落ちは?


「もう終わりなんですか?」


「うむ。終わったぞ」


魔力量の上限を上げるなんてことをするのだから何か派手なことでもするのかと思ったが、そんなことは無かったようだ。正直かなり拍子抜けした気分である。


ただ、あの詠唱は気になる。選定とか盟約だとか中二病心がくすぐられる言葉だった。


「あのー、ノアさ……師匠」


「なんだ?」


「気になったのですがあの詠唱はどういった意味なんですか?」


俺がそう聞くとノアはどや顔で


「カッコいいだろう?私が昨日徹夜で考えたのだ。なかなか力作だぞ」


俺は聞いたことを後悔した。そういえばこいつはこいうやつだった。


「とりあえず今できることは終わった。今日はお前に課題を出して終了とする」


「今日から毎日そうだな……『微風ウィンド』でいいか。杖を使って限界まで『微風』を使い続けろ。一か月後には変化があるだろ」


「は、はぁ」


「よってそれまで魔術の授業は無しとする。今のお前の魔力量では授業にならないからな」


「分かりましたけど……師匠はその間どうするんですか?」


「私はその間アリスを第一位階が全て使えるようにする」


一か月で!?


エレナによると第一位階が全て使えるようになるまで、普通はこの年で覚えるにはだいたい1年以上かかるらしいが……俺は前世の知力と、ちょっとセンスがあったため例外として、そんなことが可能なのだろうか?


「何だギル私を疑っているのか?」


顔に出ていたらしい。ちょっと睨まれた。


「言っておくが私は魔術の第一人者だ。つまり、だれよりも魔術を上手く教えることができるということでもある。」


「エレナも優秀な魔術師だが、私と比べて経験が浅い。私がお前に最初から教えていたら、1か月で第四位階まで使えるようになっていたはずだ」


ノアのマジ顔の説得力ある言葉に、俺は黙ってうなずくしかなかった。


というかノアに優秀と言われたのをエレナが聞いたら泣きながら喜ぶだろうな……


「よし!では解散!キツくても音を上げるなよ!」


「はい!」


俺はノリでビシッと敬礼をしたが、ノアに伝わるはずもなく不思議な顔をされ、恥ずかしくなってその場から逃げた。


くそう……お前もこんな感じだろ……


ノアのいたところから少し離れる。


とりあえずノアから言われた通り『微風』を限界まで使うとするか。


だが、これで俺の魔力量は上がるのだろうか。もし魔術を使い続けることで限界が上がるのなら、これまでに何か変化があるはずだが……ここでさっきの魔術が関係してくるのだろうか?



いや、考えても意味がないな。今は目の前の課題を片付けていこう。

そういや杖を使うのは初めてだな。なんだか魔法使いっぽくなってきたじゃないか。


俺は杖をかざして詠唱を開始する。


「我起こすは駆け抜ける風!『微風』!!」


俺が唱え終わると風が起こり、草原の草を揺らしながら駆けて行った。


_______


『微風』!!


20回目の詠唱を終え、くたくたになった体を地面に投げ出す。


「はぁ~……」


首を動かしてアリスの方を見ると、ちょうど詠唱をしていた。


「わ、我起こすは駆け抜ける風!『微風』!!」


目をぎゅっとつぶって右手に力を込めている。なんか出ろー!!という心の声が聞こえてくるようだ。


が、結果は何もなし。世の中そんなに甘くないのだ。


だが、アリスはめげずに繰り返す。

あらやだきゅんと来ちゃう。


なんだか子を見守る親の気分だ。がんばれアリス!!


_______


三日目


「疲れた~……」


今日の分の課題を終え、地面に倒れる。

なんと今日『微風』を使った回数は22回。


そう、俺の魔力量が上がっているのだ。


2日目にこのことを実感したときは、驚いた。ほんとうにいったい、どういうからくりなのか。


とにかく、これで諦めかけていた魔術の道が切り開かれたのだ。


これからがんばるぞ!!おー!


_______


五日目


俺の今日の記録は26回。着実に結果が出てきている。

やはり人は努力が数字に出ると嬉しいものだ。


課題を終え、寝ころびながらそう考えていたその時、一陣の風が駆け抜けた。

まさかと思って風の来た方を見ると、アリスが嬉しそうに跳ねていた。


「やった!やりました師匠!」


「うむ!よくできたぞ!」


そのアリスの頭をノアがなでていた。


いいなぁ……じゃなくて。


どうやらアリスが『微風』を習得したらしい。


ノアのあの言葉には半信半疑だったが、本当だったようだ。

もちろんアリスの努力とセンスもあるが、ノアの指導力は本物のようだ。


_______


20日目


今日の記録は60回。初日の3倍まで伸びた。


しかし60回も詠唱をするのは骨が折れる。そこでノアに相談したところ、明日から第二位階魔術『風破ウィンドブレイク』を使うことになった。


アリスの方は風の他に、火・水の第一位階を習得した。ノア曰く、アリスもまた天才とのこと。


アリスも魔術が好きなようで、ノアに教わるのが毎日楽しそうだ。少し妬けるなぁ......


_______


そこから11日後~


「では授業を始める!」


「「はーい」」


「うむ。元気な返事で結構!」


初日から一か月が経った。


結局俺は『風破』を18回、第一位階に換算すると70回分くらい使えるようになった。結構頑張ったのではないだろうか。


だが、がんばったというのならアリスの方だろう。彼女は本当に1か月で第一位階を全てマスターしたのだから。


昨日ギリギリで土魔術を習得したのだが、その時のアリスは俺が見た中で一番うれしそうだった。


俺もその表情でとてもホクホクしたが、ノアのどうだ。という俺に向けられたドヤ顔でプラマイゼロだ。


「さて、一か月準備期間を置いたがそれも終わりだ。ここから本格的に授業に入っていく!」


ノアのその言葉に俺とアリスは表情を引き締める。いったい何をするのだろうか。


「記念すべき最初の授業は、ズバリ!『無詠唱魔術』の習得だ!」


無詠唱魔術。俺たちの最初に覚えるそれは、この世界で使えるものが数えるほどしかいない超超超高等技術と言われるものだった。

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