第四話「夢」
グッモーニング諸君。
人生どん底路上生活から転生して、メイドさんのいる夢のような生活に大逆転。
ギル・アイデールです。
生まれながらの性格の悪さで社会に適応できず、ホームレス生活を送っていた頃が嘘のよう。
ナタリアとアリスが我が家にきてから2か月が経った。
二人も今の生活に慣れてきたようで、今ではすっかり我が家の一員だ。
家事も素早くテキパキとするので、エレナの負担が減って助かっている。
「ん~~~~!!」
ベッドの上で伸びをしてから跳ね起き、パジャマから着替えたら、下の階へ下りていく。
二度寝したい気分だがそれをしたら朝ごはんが冷めてしまう。
階段を下りると食卓に5人分の朝ごはんが用意されていた。
ナタリアが自分たちはメイドなので俺たちが食べ終わった後に、自分たちの部屋で食べると言っていたのだが、エレナとアランが半ば強引に、一緒に食べるようにしたのだ。
もともと三人だとこの食卓は大きすぎたし、にぎやかになって前よりも食事も楽しくなった。
二人が来てくれて他にも助かったことがある。
俺の魔力量が分かったころから魔術の訓練の時間が減ってきていたのだが、最近はほぼ自主練習といった形になっている。
理由はエレナが妊婦だから魔術の訓練の時に、事故が起きたら危ないということだ。
決してエレナが教育を放棄したとかではない。
彼女も、俺がこの少ない魔力量でどう魔術を扱っていくかを考えてくれている。
まぁ今は授業の教材を整えている段階だと考えておこう。
そんなこんなで俺は午後の間、ほぼ暇になったのだ。
最近はそんな時間を潰すべく、アリスと遊んでいる。
これが二人が来てくれて俺が助かったことの一つ。
俺も毎日毎日どうやって過ごすかを考えるのにも辟易していたのだ。
どうしてそうなったかというと、結構短くなる。
エレナたちが来てから1週間たった頃。
暇すぎる俺は悟りを開くべく、いつもの庭の木の下で座禅をしていた。
それをアリスが庭の花に水をあげながらちらちら見ていた。
しばらくそのままでいたのだが、いつまでも見てくるので声をかけてみることにした。
見られているとなんだか落ち着かないのだ。
「アリス。見ていないで一緒にやってみない?楽しくはないけど、ためにはなるかもしれないよ」
俺に気づかれていないと思っていたのか、フランクに声をかけてみてもビクッと驚いていた。
見ていたのがばれて何か言われると思っているのか、怯えた様子でその場で下を向いてもじもじしている。
彼女は前のところで酷く扱われていたらしいので、エレナ以外の人に対していつも怯えている様子なのだ。
一つ屋根の下に暮らすものとして、アリスとは仲良くなっておきたい。
いつまでも怯えられているというのも嫌だしな。
「来なよ。叱ったりしないから」
俺は笑顔で自分の隣をポンポンと叩いた。
するとアリスもおずおずと近づいてきて、ちょこんと俺の隣に座った。
俺はアリスに座禅のやり方を教え、自分の修業に戻った。俺は空へと至るのだ。
しかし、隣が気になって仕方がない。
なにしろ先ほどからずっとこっちを見つめてきているのだ。
しばらく耐えていたらなんと、アリスの方から声をかけてきた。
どうやらこの行為に疑問を持ったようだ。
そりゃそうだろうな、俺も俺が何したいのか分からないもん。
「ギル様……これはなんですか?」
まさに恐る恐るといった感じだったが、向こうから声をかけてきたのだ。このチャンスを逃す手はない。
なるべく優しく知性的に、答える。
「これは座禅と言って、心を安定させ真理を悟るためにする修行なんだ。こうやって過ごしていると心が洗われていくらしいぞ?」
この答えにアリスは頭に?マークを3つくらい浮かべていた。
しまった。言葉が難しすぎたか。変なことを言うやつだと引かれただろうか?
だがアリスはぎこちない仕草で座禅を始めた。
何をしているのかはよくわからなくても、とりあえず真似してみることにしたらしい。
しばらく見ていたが、彼女の慣れない姿勢に苦戦しながらも、俺の真似をする姿はなんだかとても可愛らしかった。
なんだか年の離れた妹を見ている気分だ。
俺はそんなアリスを見てフッと笑うと
「アリス、僕のことはギルって呼んでくれていいよ。そんな固い呼び方だとなんだか肩がこるんだ」
と喋りかけた。
「で、ですが……」
アリスは俺の唐突な言葉に困惑していた。ナタリアに敬語を徹底するように言われたのだろう。
だが、俺は同年代の子供に敬語を使われるのはなんだかむず痒いのだ。
なるべく親しみやすくいたいしな。
「いいからいいから。あ、あと敬語もやめて欲しいな。アリスも疲れるだろ?」
「うん。わ、わかったよギル様……あ、ギル!」
どうするべきか迷っていたが、分かってくれたようだ。
これまたぎこちないが、敬語をやめてくれた。
うんうん。やはりこのフランクな感じじゃないとな。
まぁアリスが慣れるまで時間はかかりそうだが……
その日から俺とアリスはこの暇な時間に遊ぶようになったのだった。
_______
湿った土のにおい、ひんやりとした空気。
気づいたら俺は森にいた。なぜだかは分からないが森にいたのだ。
辺りを見渡してそこが激臭の木の近くだと気が付く。
辺りは暗く夜のようで、早く帰らなければと思うのだが、なぜだかある方向に向いて足が動いてしまう。
頭もぼんやりしていて、変な感覚だ。
そのまま歩き続けたが、開けた場所に出て足が止まった。
そこは古びた遺跡だった。石で作られていて、苔と植物が古びた感じを演出している。
そしてなぜか手前には石の柱が乱立していた。
ここにも何かあったのだろうか?
全体的にボロボロだが、どことなく威厳のようなものを感じて、少し気圧される。
俺はなんだかこの遺跡に大事なものがあるような気がして、それを取りに行かなきゃいけないと、思った。
石造りの階段を上っていき、重そうな扉の前まで来る。
間違いなくこの奥には何かがある。直感がそう告げていた。
俺は意を決して扉を押して開ける。
中は真っ暗だった。だが、部屋の中央に何かがある。
それは薄く光っていて、何かは分からなかったが、直感であれは俺を待っていると分かった。
もっと近くで見たい。そう思い足を踏み出す。
その瞬間床が無くなり、俺は真っ暗な奈落の底へと落ちていく。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺はベッドから跳ね起きる。辺りを見渡すと、そこは見慣れた俺の部屋で、窓から見える空が白んでいた。
全身汗びっしょりで、息はハァハァと上がっているが、怪我も何もない。
「またあの夢か……」
ここ数日同じ夢ばかりを見る。いったい何なんだろうか。
ただ、どれだけ考えても夢のことなんて分かりはしない。俺は諦めて二度寝の体勢に入った。
_______
同じ夢を見るようになってから10日経った。
「はぁ~~~」
庭で蝶を追いかけているアリスを見ながら俺は深いため息をつく。
なぜ俺が春も訪れ、ほのぼのとした空気の漂う時にこんな死んだ目をしているか。
そんなもの決まっている。あの夢のせいだ!毎日毎日変わらん光景を繰り返しやがって!おかげで最近はばっちり寝不足気味だこの野郎!
「ギルどうしたの?元気ない?」
「あ、いや大丈夫だよ。ちょっと寝不足気味なだけ」
蝶に逃げられたアリスがどんよりしている俺に気づき、心配して声をかけてきた。
いかんいかん。仮にも前世と合わせて、38になる男が子供に心配されてどうする。元気にいこう。
「それよりアリス。今日は何をしようか」
「メ、メイドさんごっこ……やりたいな」
アリスは俺の問いに、腕をもじもじさせながら答えた。
説明しようメイドさんごっことは!
ずばり!名前の通りメイドさんと主人になりきるごっこ遊びのことだ!
メイドさん役はもちろんアリス!主人である俺はムフフな命令を次々と……
冗談だ。俺はロリコンではない。
要するにおままごとの一種だ。
アリスがやったらそれはただのガチメイドなのだが、そこは気にしないことにしておこう。
どうもナタリアの姿を見て真似したくなったらしい。
この少し恥ずかしそうに上目遣いしてくる感じも含めて、なんとも可愛らしい。
その日はそのままアリスと一日遊んで過ごした。
_______
夢を見るようになってから20日目。
あれからも毎日毎日あの夢を見た。俺の機嫌は最低で、常にどんよりオーラを放っている。
いかん、このままだとストレスで禿げてしまう。この年で禿げるのだけは嫌だぞ。
だが、解決しようにもどうしたらいいのかが分からない。
病気だとしてもこんな症状は聞いたことがない。
どうしようかと悩んでいるところに、アリスが話しかけてきた。
「……ギル大丈夫?最近元気ないよ」
「実は最近嫌がらせを受けててさぁ……」
俺は前みたいに元気を装うこともせずに、返事をした。嫌がらせなのか病気なのかは分らないけど。
「え!?」
嫌がらせと聞いてアリスの顔が曇る。
「しかも誰がやっているのかが分からないから解決ができないんだ」
まさか自分の夢から嫌がらせを受けているとは言えない。そんなことを言ったら異常者扱いだ。
また、ため息をつく。
そのまま何にも考えずにぼーっとしていると、不意にアリスが俺の手を握ってきた。
「だ、大丈夫だよギル!ここにはアランさんやエレナさん、ママもいるし私もいる。だからそんなに落ち込まないで。一緒に嫌がらせをしている人を捜そう?」
「う、うん」
普段のアリスからは想像できない勢いだ。そんなに俺のことを心配してくれて……
ん、まてよ?捜す……捜す……
「そうか!捜すのか!」
勢い良く立ち上がる。あまりの急変ぶりにアリスは驚いていた。
俺はなんで気づかなかったのか。解決方法が分からないのなら現地に行ってみればいいのだ。
幸い、今家には俺とアリスしかいない。
アランは仕事、エレナとナタリアは月に一度の日用品の買い出しに出かけている。
いつもは一緒に行くのだが、今日は俺の体調が悪いので辞退した。
二人とも心配そうにしていたが、アリスが「任せて!」と言うので「早く帰るから」と言って、出かけた。
「ギ、ギルどこに行くの!?」
「ごめんアリス!用事ができたから留守番頼むよ!」
俺はそのまま森へと向かった。
_______
俺は勢いのまま激臭の木のところまで到着した。
夢で進んだ道を思い出そうとする。
「う~んあっちだっけ?いやこっちか?」
しばらく立ち往生していると、
「~~~~~~」
遠くから謎の声が聞こえてきた。頭に直接響くような声だ。
こっちに来いと言っているのだろうか?
このタイミングでアクションがあったということは、やはりここにはあの夢に関わる何かがあるということだ。
それが分かって少しテンションが上がる。
やっとあの迷惑な夢の解決に踏み出すことができた。
どんな奴か知らないけど待ってろよ!俺の安眠を邪魔しやがって!絶対に許さないからな!
そのまま声の通りに進む。やはり夢の中で見た道と同じだ。
しばらく歩いていると声も聞こえなくなり、開けた場所に出た。
「あった……」
思わず声を漏らす。
そこには夢の中で見た遺跡がそっくりそのままあった。
やはり古ぼけた感じは変わらないが、圧のようなものを感じる。
その圧に少し気圧されたが、勇気を出して歩き出す。
ここまで来たのだ、手ぶらで帰るなんてことはできない。
階段を登り切り、扉の前で立ち止まる。
夢は毎回この中をよく見ずに終わっている。気を引き締めていこう。
石の扉は重かったが、体を鍛えているおかげだろう。
ゴゴゴ……といかにもな音を立てながら開いた。
中は相変わらず真っ暗だったが、崩れた天井から光が一筋中央に差している。
目を凝らしてそこを見てみると、そこには台座のようなものがあり、その上には古ぼけた小さな杖が載っていた。
俺は少し拍子抜けした。
あれがカッコいい剣とかだったらとても幻想的な雰囲気が出ていたのに、あんな古ぼけた杖ではむしろ滑稽に見える。
だが、そのまま見ているだけというわけにもいかないだろう。台座のところまで行ってみよう。
最初の一歩は床がなくならないだろうかと怖かった。
しかし、片足でそろりと中の床を踏んでみてそんな気配はないので安心した。
暗いので足元に気を付けながら台座のところまで歩く。
台座にはよくわからない文字のようなものが書かれていた。この世界の言葉でもないし何なんだろうか?
杖を見てみても、やはり古ぼけている以外の感想は出てこなかった。
ただ材質は何なのかよくわからず、何でできているのかは気になった。
こういう類のものは大抵、手に取った瞬間扉が閉まってトラップ発動!というのがお約束だが、なんだかこの杖があの夢の原因な気がして思わず手に取ってしまった。
ごくり、とつばを飲み込んでしばらく辺りを見渡していたが、とくに変わった様子はなく、すこしほっとした。
「なんもないのかよ……」
拍子抜けしたまま遺跡を出て、階段を下りていく。
そのまま歩きながら杖を観察していると
「やっと来たな」
突然柱の陰から声がした。
「誰だ!」
俺は杖を側にあった石の上に置き、臨戦態勢を構え、声がした柱の方を見る。
クソッ!!やっぱりなんもなしじゃいかないか!
声の主は俺が魔法を放とうと構えているのに、悠々と柱から出てきた。
俺はその姿に一瞬目を奪われる。
スラっとした手足に腰まで伸ばした銀髪、整った顔に吸い込まれるような紫の瞳。
黒いローブを着ていて不審者ぽかったが、それも気にならないくらいに彼女は綺麗だった。
しかし、その次の一言で俺は一気に現実に引き戻される。
「ふむ……少し幼いが問題はないか」
「おい待て!何なんだお前は!」
「では、これより試練を始める」
銀髪の女は俺の言葉を完全に無視して、パン!と手を合わせた。
次の瞬間、女の前に赤い玉のようなものが現れ、石の柱がそれに吸い寄せられたかと思うと、あっという間に2mくらいの人型の形をとった。
「第一の試練ゴーレム討伐。始め!」
ゴーレムが現れた!
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