第三話「森の中にて」

俺がこの世界に生まれてから3年と5か月が経った。

この世界にも四季はあるようで今は秋も終わるだろうかというところだ。


「はぁ~」


昼過ぎに、庭に生えている一本の木の陰で、エレナが焼いてくれたクッキーを食べながらため息をつく。


このため息は決して落ちていく葉を見てセンチメンタルな気分になったとかではない。

俺は風景を見て何かを感じ取ろうとする高尚な趣味はないからな。


このため息の原因はズバリ訓練の成果にある。


剣術は順調で、アラン師範からもお褒めの言葉を頂いているくらいなのでいいんだが、問題は魔術なのだ。


最初のころは天才だのなんだのもてはやされて俺も得意な気持ちになっていた。


しかし、最近になってショックな事が発覚した。

_______


それは庭で初めて四位階の魔術暴風ストームを使った時のことだった。


空に向かって名前の通り暴風を生み出す魔術を使った瞬間、体がだるくなった。


何が起こったか分からず突然のことに慌てたが、結論から言うと原因は魔力切れによる一時的な体の不調だった。


このことから分かったのは、俺の魔力量が絶望的に少なかったこと。


三位階の魔術を4回使うのが精一杯で、四位階なんて一回だけしか使えないのだ。


これにはエレナも驚いたようだが


「ギ、ギルはまだ成長途中だから大丈夫よ!きっと四位階なんてすぐ使えるようになるわ!」


と励ましてくれた。


だがエレナよ、俺は覚えている。最初に個人の魔力量は一生変わらないと説明してくれたことを。


エレナもそのことを思い出したのか苦笑いをしていた。


「お、おやつの時間にしましょう!今日は力作よ!持ってくるわね!」


空気が重くなっていくのが耐えられなくなったのか、エレナはパン!と手を鳴らして家の中へ向かった。


「俺の魔力量少なすぎだろ......」


一般的な魔術師の魔力量は、第5位階の魔術を3回は使えるくらいで、三位階なんて10回は使える。


つまり俺は大幅に平均以下ということだ。


俺は魔術を覚える速度が異常に早かった。

四位階の魔術なんて普通は5年以上習得に時間がかかる。

それを5か月で覚えたのだから、魔術の才能が無いというわけではないと思う。


ただ生まれ持った魔力量が少なかったのだ。


こうなったら魔術師は諦めて剣士に絞るべきだろう。


魔術はけっこう面白くて好きだし、諦めたい訳ではないが現実は残酷だ。


俺が庭先で落ち込んでいると、家の中から何かが落ちる音と、エレナの悲鳴が聞こえてきた。


どうせまたつまずいておやつを落としたのだろう。まったく……我が母のドジはいつになったら治るのだろうか。


俺は落ち込むのを後回しにして、エレナと今日のおやつの救出に向かった。


_______


といったことがあったのだ。


努力では超えられない壁があるとは思っていはいたが、こんなにも早くぶつかるとは思わなかった。


あれから魔術の訓練の時間は1~3位階の魔術の練度を高めることに集中している。


決して魔術が使えないわけではないし、位階が低いといえど上手く使えるようになればなかなか便利だろう。


とにかく今は前向きにとらえることが大事だ。剣術を極めてかっこいい二つ名とかもらいたいし。


聖剣とか剣帝とかどうだろう。元の世界だと中二病全開の痛々しい名前もこの世界では、誰もが憧れる対象に早変わりだ。


≪聖剣≫ギル・アイデール。なんて少年心をくすぐられる響きだろうか。実に良い。ヌフフ。


ちなみにネーミングセンスの苦情は受け付けないものとする。


そんなことを考えていたらなんだか体を動かしたくなってきた。


今日はエレナが村の人の怪我を直しに行くとかで午後が暇なのだ。


「何をしようか」


剣術の型の練習をしてもいいのだが、せっかく自由な時間ができたのだ、そこらへんの探索でもしてみようか。


思えば生まれてから家の外というのはあまり出たことはない。思い立ったが吉日と言うし、行ってみよう。


どこへ行こうかと迷ったが、近くの森が目に入ったのでそこに決めた。

迷わないように奥まで行かなければ大丈夫だろう。


_______


・???視点


走る。とにかくできるだけ遠くへ行こうと走る。


裸足の足は皮が向けて血だらけだが構わない。

追手に見つからない場所へ、急いで行かないと。


「お母さん、大丈夫なの?」


背中に背負っている娘の心配そうな声が聞こえる。


「大丈夫よ。それより舌を噛むかもしれないから喋っちゃダメよ」


息を切らしながらできるだけ優しく言い聞かせる。


「うん……」


娘も分かってくれたのかそれっきり口を閉じた。その代わりに、首に回している幼い手にぎゅっと力がこもるのが分かった。


まだ3歳の娘が震えているのが背中から伝わってくる。


人さらいにさらわれた私たちは、奴隷として売られるところだったのだ。

私も怖かったし娘が震えるのも無理はない。


少し離れた茂みが揺れた。


近くの岩に反射的に身を隠す。


追手が来たのかと思ったが、少し違った。


しかし、出てきた生物に比べたら追手の方がまだ良かっただろう。


茂みから出てきたのは荒猪だった。


鼻も聞くうえに気性も荒く、誰彼構わず襲い掛かるこの生物に見つかれば命はないだろう。


(お願い!早くどこかに行って!)


今私にできることは娘と共に、見つからないよう祈ることだけだった。

_______


「うわ!くっせぇ!」


森に入った俺は、この世界の動植物たちに夢中になっていた。


今俺が激臭にやられたこの木の実の他に、角の生えたウサギのような生き物や、バラのようなとげの生えている百合もどきなど、前の世界では見たことのないものばかりだ。


そこら辺をうろうろしていると、ふと一本の木が目に入った。


「ほうほう、この激臭の実はこの木から落ちてきたのか」


一見普通の木に見えるが、近寄ってみるとすごいにおいがしたので間違いないだろう。

う~んすごい匂いだ。ナイススメル。


「それにしてもすいぶん深くまで来ちまったな……」


森を夢中で探検しているうちに、ずいぶん奥まで来てしまった。幸い道は覚えているので、遭難することはないのが救いだ。


改めて周りを見回すと、木漏れ日が少しあるだけでずいぶん暗かった。なんだか不気味だ。


幽霊の一つでも出そうな雰囲気なのでさっさと帰ることにする。


なかなか興味深い事も多かったし、森にはまた今度来るとしよう。


俺が回れ右をして帰路に就こうとしたその時


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


俺のいたところよりも少し奥の方から悲鳴が聞こえてきた。


かなり切羽詰まった声で、俺はその声を聞いた瞬間、反射的に声の方向に走っていた。


茂みをかき分けて、声がしたところに行くと、そこには同い年くらいの女の子とエレナと同じくらいの女性がいた。


親子なのだろうか?長い黒髪と、深紅の瞳がおそろいで見た目も似ている。


ただ、その親子?と対峙している生き物が問題だ。


突き出た二本の牙と、その荒々しい見た目通りに狂暴な性格の動物。荒猪がいたのだ。


荒猪は今にも二人に襲い掛かりそうな勢い。

二人は怯えているからなのか、抱き合って座り込んでしまっていた。


森の奥で荒猪と遭遇、しかもよく見たら親の方は足を怪我している。もう走れもしないだろう。


……前世のあるトラウマがあって人助けはやりたくないが、このまま見捨てて逃げるわけにはいかないだろう。


だが、この荒猪をどうするかだ。


しかし俺は魔法もあまりぽんぽん使えないし、剣術に至っては剣を持ってすらいない。


なかなか厳しい状況だがやるしかない。


とりあえず荒猪の注意をこちらに向けなければ。


俺は一位階魔法、水弾ウォーターボールを使用する。


ここで強力な魔法を使うと二人を巻き込んでしまう。注意を向けるならこの程度で十分だ。


「我起こすは穏やかな流れ!水弾!」


俺の手のひらから水の圧縮された弾が荒猪目掛けて発射される。


「プギィィィィ!!」


見事に的中したそれは、荒猪をすこしよろけさせる程度の威力だったが、それで十分だ。


俺の目論見通りに荒猪は標的を俺に変え、追ってきた。


突然の俺の登場に親子は驚いていたが、気にしている暇はない。


追いつかれる前にあの場所に行かなければ。


俺の作戦はこうだ。

荒猪は気性が荒く、攻撃されたら激怒して追いかけてくるだろう。

おまけに奴らは鼻も利くから隠れることもできない。


まさに絶体絶命になるわけだ。


しかし、俺はそれを逆手に取ることにした。

なに、簡単な話だ。鼻が利くということは確かに長所だが、それは弱点にもなりうる。


幸い先ほどピッタリなものも見つけた。


俺はなんとか追いつかれずに、激臭の実のあったところまでたどり着き、落ちている実を一つ荒猪に投げつけた。


「プギィィィィ!?」


荒猪は突然の悪臭に驚いたのか、一瞬立ち止まる。

俺はそのチャンスを見逃さなかった。


「我起こすは木々をもなぎ倒す暴風!風刃ウィンドカッター!」


三位階魔法風刃ウィンドカッターを使用する。俺の詠唱によって生まれた風の刃は、悪臭に驚いて怯んだ荒猪の体を両断し、そのまま後ろに生えていた木を一本切り倒した。


俺のこの世界で初めての実戦は、真っ二つになった荒猪の体と、巻き込まれた木の倒れる音で幕を閉じた。


「はぁ……はぁ……や、やった……!」


緊張感と全力で走ったことで息は上がっていたが、怪我は一つもしていない。


これは完璧と言ってもいいんじゃないだろうか?さすが俺、やればできる子YDKだ。


「ふぅー……あ、あの人たちのところに行かないと」


なんだか足も怪我しているようだったし、恐らくあの場所からは動けないだろう。


俺が元の場所に戻ると親子二人は、まだ抱き合ったままでいた。


親の方が俺に気づくと警戒しているのか、子供を守るように自分の背後に隠した。


おいおい、こっちは助けてやったってのにひどいじゃないか。


まぁこんなところにこんな格好でいるくらいだ、なにか事情があるのだろう。ここは紳士的に接するのが吉と見た。


「荒猪は倒しました。もう安全ですよ!」


とりあえず、荒猪を倒したことと、にっこりスマイルで危害を加える気はないことを示す。


すると余計に警戒の色が濃くなった。なぜだろうか?こんな可愛い子供が笑いかけているというのに。


「私たちは奴隷になんてならないぞ!来るなら舌を噛み切って死んでやる!それ以上近づくなこの薄汚れた小人め!」


なんと第一声はお礼ではなく、その美しい顔からは想像できない罵声だった。え、俺そんなに怪しく見えるの?


とりあえず誤解を解こう。あの形相だとこのまま本当に舌を噛み切りかねない。


「ちょ、ちょっと待ってください!僕は偶然通りがかっただけなんです!危害を加えるつもりはありません!」


誤解を解くために純粋な少年モードで、必死に弁解をする。


「嘘をつけ!ただの子供がこんなところに一人でいるものか!ましてや荒猪を倒すなんてありえない!」


誤解は解けず、母親は怒鳴り声で威嚇することをやめてくれない。


どうやら俺が一人でこんなところにいることと、荒猪を倒したことで俺を小人とやらに間違えているっぽい。


それに奴隷という単語も出てきた。この世界は奴隷制があるのか?なんとも旧時代的だ。


しかしこれは困ったな。俺はここからどうすればこの親子が警戒を解いてくれるか分からない。


しかもあまり時間をかけすぎると日が暮れてしまう。


今の俺に夜の森はさすがに危険すぎる。

どうしたものか......


「お母さん、この人耳尖ってないよ。たぶん小人じゃないと思う。」


母親の背後からおずおずと子供が顔を出して一言言ってくれた。


小人というのは耳が尖っているものなのか。


俺が見るとすぐに隠れてしまったが、思わぬところから助け船がやってきた。


子供の一言に母親がハッとした表情で俺の耳を凝視する。


ちょっとちょっと、そんな熱烈な視線を向けられたら照れるよ奥さん。


「まさか本当に?いやそんなわけ......ありえないわ……」


母親は信じられないとばかりにぶつぶつとなにかを呟いている。


チャンス!ここが攻め時だ。


「本当です!僕は小人じゃなくて、ちょっと魔法の使える子供です!信じてください!」


俺の必死さに母親の方も警戒を少し解いてくれたのか


「変なことをしたらすぐに舌を噛むから」


と近づくことを許してくれた。ただ、まだ警戒は解いていないようで、俺を見る目が怖い。


近くまで来ると、二人が傷だらけなのが分かった。


とりあえず誤解を解くためにも、母親の足を治療ヒールで治す。


足の裏はボロボロで、裸足のままで相当走ったのが見て取れた。


「っ!?回復魔術!?」


母親はめちゃめちゃ驚いていた。やはりこの世界では3歳で魔術を使えるのは珍しいのだろうか?


「どうですか?治せたかとは思うんですが、他に怪我をしているところとかはありませんか?」


俺が尋ねると、母親は一瞬考えるような表情をしていたが、次の瞬間にそれはそれは綺麗な土下座をしていた。


この世界にもDOGEZAは存在するらしい。実際にやられてみると、なんともいえない気持ちになる。


「助けてもらったのに疑ってごめんなさい。私、この子を守らなくちゃって気持ちでいっぱいで……」


先ほどの感情むき出しの激しい声と打って変わって、弱弱しい口調で謝罪をしてきた。

子供の方も真似して一緒に頭を下げている。


「いやいや!やめてくださいよ謝罪なんて!」


俺も慌ててやめてくれと言う。やめてくれよびっくりしたから。いやほんと。


「でも!」


母親が首をあげて何かを言おうとする。それを俺は片手で制止した。


「お子さんを守ろうとしたんですよね?僕だってこんな森の中で魔法が使えるとかいう子供がピンチにちょうど現れたら警戒します。あなたのしたことは当たり前のことです」


俺が諭すように言ってもまだ何か言いたげだったが、俺が少年スマイルで笑いかけると何も言ってこなかった。


よし!誤解も解けたようだし、まずはこの二人を連れて家に帰ろう。


アランとエレナにはちゃんと説明をしなきゃな。


二人は人情味がある人なので、きっとこの人たちを助けてくれるだろう。


あ、でも勝手に森に入ったことを怒られるだろうか?


エレナが怒ると怖いんだよなぁ……


この前アランが、エレナの育てている花を間違えて踏んでしまい、エレナに怒られていたアランは一周間ほどエレナにびくびくしていた出来事が脳裏によぎる。


なんか帰りたくなくなってきたな。もう野宿でもしてしまおうか。俺元ホームレスだし、森の中でもいけそうな気がしてきた。


……いやでもこの二人がいるしダメだな。家に帰って閻魔の断罪をおとなしく受け入れるとしよう。


「とりあえず僕の家まで行きましょうか」


そう言って俺たちは帰り道を歩き出した。

_______


二人と森を歩いている途中で、事情を聴いた。


母親の名前はナタリアで娘の名前はアリスというらしい。


どうやらナタリアはとある国の貴族のメイドで、アリスはナタリアが貴族にお手付きされたときにできた子供なんだそう。


祖国が戦争に負けてから治安が悪くなり、街に少し出たところを人さらいにさらわれたそうな。


そこから奴隷として売られる前に逃げだしてきて今に至るってわけだ。


なんとも可哀想な話だ。


聞いていたかぎり、この世界では人さらいがかなり活発なようで、治安の悪いところに行く際は、俺も注意をしなければいけなさそうだ。


そこからは追手や、危険な獣とエンカウントすることもなく無事、家にたどり着いた。


辺りは既に暗くなっており、だいぶ帰るのが遅くなってしまったようだ。


そのまま扉の前まで行く。

なんだか今日の我が家の扉は一回りでかくなった気がする。


もちろんそんなはずはないので、これは俺がビビっていることの証明だった。

少しの間、扉の前で心を落ち着かせる。


「どうしたの?」


アリスが怪訝な顔で声をかけてきた。


何をビビってるんだ俺は!男なら覚悟を決めろ!よし、行くぞ!


「何でもないですよ」


そうアリスに返事をするとドアをノックし、元気よく声を上げる。


「ただいま!」


扉の向こうからドタドタと走る音が聞こえて、勢いよく扉が開いた。


「ギル!こんな時間までどこに行っていたの!?」


エレナが勢いよく出てきて、心配そうに俺の体に怪我がないか色々なところを確認してきた。

あ、そこは触っちゃだめだよママ!


エレナは俺が無事なのを確認し終わると、やっと俺の後ろの二人に気が付いたようで


「あなた達は?」


と不審そうに聞いていた。まぁそりゃこんなボロボロな恰好だったら警戒するよな。


「母さん、実は……」


_______


とりあえずエレナには今日起きたことを説明した。

終始心配そうに話を聞いていたが、俺が荒猪を倒したところは目を丸くしていた。


アランは俺を探しに外に出たようで、あと少ししたら戻ってくるそうだ。


俺が家にいなかったので、人さらいにでもあったのかと焦ったらしい。

心配かけてすいませんほんとに。


ナタリアとアリスを家の中に入れ、細かいけがの手当てをしていると、アランが息を切らしながら帰ってきた。相当走って探し回ったようだ。


暖炉の前で座っている俺を見ると、


「ギル!」


と駆け寄って抱きついてきた。しばらくそうしていた後、アランにも今日のことを説明した。


アランとエレナで話し合った結果、ナタリアとアリスは今日はとりあえず泊まらせて、また明日話し合ってどうするか決めるとのことだった。


これでいったん落ち着くことができるとほっとしたが、そんなことはなかった。


なぜなら、エレナによる説教が俺を待っていたのだから。


2時間以上の説教の末、俺が得た答えは


『荒猪なんかよりもエレナの方が何倍も怖い』


だった。


_______


次の日、これから二人をどうするかの会議が開かれた。

出席者は俺、エレナ、アラン、ナタリア、アリスで会場は我が家の食卓だ。


まずアランが、二人の元居たところに帰ろうにも、冬が近づく今、村の外に出るのは危険だと忠告した。


そして、冬が終わるまでの間、我が家に居候してもらってもいいと言った。


2人はその話を聞いて、申し訳なさそうにお願いしますと頭を下げた。


しかしその後、ナタリアは


「ご主人様のところには帰らないつもりです」


ときっぱり言った。


なんでもナタリアたちは元居たところで酷い扱いをされていたようで、戻っても知らないと言われて門前払いだろうとのことだ。


理由は貴族の子を産んでしまったことで、夫人の恨みを買ったことらしい。


これからどうするのかを聞いたら、どこかの屋敷に雇ってもらえるように売り込みに行くと言った。


しかし、子連れが紹介状も何も無しで行って、雇ってくれるところはあるのだろうか。


きっとナタリア本人もそれは分かっているのだろう。話しているときはずっと暗い顔をしていた。


おそらくこのままだと2人は死ぬか、ナタリアが体を売るとかをしなければならなくなるだろう。


さすがに可哀想すぎる。う~んなんとかならないものか。


俺が、何かできることはないか頭をひねっていると、それまで黙って話を聞いていたエレナが口を開いた。


「それなら二人ともこのままうちにいたらどうかしら?」


思ってもいなかった話にナタリアは驚いていた。


「い、いえそんな!ずっとお世話になるだなんてできません!助けて頂いた上にそんなことまで!」


慌てて断ろうとしている。だがエレナは気にせず話を続ける。


「もちろんただでなんて言わないわ。あなたたちは雇ってくれるところを探しているんでしょう?それだったら私たちに雇われてみない?」


エレナはニッコリとそう提案した。


「雇って頂けるのは嬉しいのですが……なぜでしょうか?みたところ、今のままでも家事の方は大丈夫だと思うのですが?」


ナタリアは不思議そうに尋ねる。そりゃそうだ。俺も、エレナは忙しそうだが、家事に手が回らないという程ではないと思う。


その答えはすぐに出てきたが、それはとても衝撃的なものだった。


「それはね……フフフ。ギルに弟か妹ができるからよ。」


エレナは笑顔でそう言いながら、お腹をさすっていた。


えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!聞いてないんですけど!マジか!!おいアラン本当なのか!?


アランを見るとポカンとしていて、彼も今初めて知らされたようだった。


「私が動けない間とか、この子が生まれた後も、人手が欲しくなることがたくさんあると思うの」


たしかにエレナが妊娠中で動けなくなると、どうしてもうちの家事は回らなくなる。


ナタリアだったら家事も慣れているだろうから、いてくれたら助かるはずだ。


「どう?あなた達にとって悪い話じゃないと思うのだけれど」


ナタリアは少しの間考えていたが、答えを決めたのか姿勢を正した。


「是非お願いします。不肖ながら誠心誠意お仕えさせていただきます」


ナタリアはそう言うと、立ち上がり、着ている服の裾をつまんでまさにメイドといったポーズをとった。


ほぼ蚊帳の外だったアランが、先ほどまでの間抜け顔からいつもの顔に戻ってコホンと咳ばらいをし、笑いながら


「まぁなんだ。色々あって驚いたが、よろしくナタリアさん」


と握手を求めた。ナタリアがその手を握って、契約成立。


その日、うちに新たな住人が二人増えた。

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