第二話「訓練開始」

この世界にきてから3年が経った。


会話もできるようになったし、文字も家にあった本をエレナに何度も呼んでもらい、読むことができるようになった。書くこともある程度はできる。


あの日から強くなろうと決意し、まずはこの世界の言葉を扱えるところからだろうと考えたのだ。


アランとエレナは俺が3歳にして読み書きができるようになったのを見て、天才だと騒いでいた。

まぁ俺は年齢は3歳だが、中身は38になっているのだ。読み書きくらいできないと困る。


今は読み書きができるようになったので次は何をしようかと悩んでいる。

アランは剣を扱うのが上手いようだし、剣を習おうか?それとも使えると色々と便利そうな魔法に挑戦してみようか?


2階のいつもの空き部屋で、俺の語学の教科書である『英雄王エデンの冒険』という本をパラパラとめくりながらそう考えていた。


う~ん、どっちもやってみたいけど、いったいどちらからやればいいんだろうか?語学のように明確な優先順位が無いと困るな。


俺がしばらくそうしていると、エレナがドアを開け部屋に入ってきた。


「ギル、夕飯ができたわよ」


おっと、もうそんな時間か。


窓を見ると空は暗くなっていて、本を読み始めてから結構な時間がたっていたことに気が付いた。


この本はもう何度も読んでいるのだが、結構面白くてつい熟読してしまう。

内容もエデンという少年が英雄王と呼ばれるまでの冒険を描いたもので、前世でいう少年漫画のような王道の熱い展開が良いのだ。


二人にはもっと赤ちゃん向けの本は無かったのかと思ったが、俺はこちらの方が精神年齢的に楽しめるのでありがたく読ませてもらっている。


俺は本をがらがらの本棚に戻し、エレナと食卓へ向かった。


その時に、エレナが階段をよちよちと下りる俺を応援して自分が転んだのは、彼女のドジエピソードとして俺の心のノートにしっかりメモされた。


_______


「なぁギル、やるとしたら剣術と魔術どっちがやりたい?」


アランが俺にそう聞いてきたのは、その後家族で食卓を囲んでいるときだった。


「剣術と魔術?」


あまりに突然なのでオウム返しで聞いてしまった。

アランは俺の言葉に頷いて、言葉を続ける。


「そうだ。エレナとは前から話していたんだが、お前にはどちらかをやらせようと思っていてな。どちらも生きていくには役に立つものだ。父さんは剣術ができるし、エレナは魔術が使える。お前のやりたい方を選んでいいから決めてくれないか?」


突然のことにびっくりしてしまったが、この申し出は願ったりかなったりだ。

ただ問題はやはりどちらを選ぶかということで、それは先ほどまで俺がずっと悩んでいたことである。


剣士になるのもいいし、魔術師になってかっこよく詠唱とかもしてみたい。


あーもう!決められるかこんなもん!


「両方できたらいいのになぁ……」


俺のどちらを選ぶかの葛藤から、ついポロっと出た言葉を二人は聞き逃さなかった。


「両方!?確かにその発想はなかったわ!あなた、もちろんいいわよね!?」


エレナがやや食い気味にアランに同意を求める。それに対してアランはやや押され気味に答える。


「あ、ああ確かにギルがやりたいってならそっちの方がいいが、大丈夫か?かなりきついぞ?」


俺の一言で思わぬ方向へと進んだが、どちらもやれるなら俺も願ったりかなったりだ。

そもそも強くなると決めた日から覚悟はしてきた。どれだけきつくてもへっちゃらだ。


「うん。大丈夫!僕がんばるよ!」


こうして次の日から午前は剣術、午後からは魔術の訓練が始まった。


_______


朝も早い時間からアランの声が庭に響く。


「まずは土台になる体作りから!ほらがんばれ!」


剣術というから剣のことだけをやるのかと思っていたが最初は筋トレで、当分は剣には触らせてもらえないようだ。


アランの体もがっしりしていて、服の上からも筋肉が見て取れた。マッチョというやつだ。


その日は軽くスクワットや、腕立て伏せをしただけだったが、まだ3歳の体には相当ハードだ。

アランはやっていればきつくなくなると言っていたが、その時はいつ来るのだろうか。

なるべく早くがいいな。


_______


午後からはエレナによる魔術の授業だ。


こちらは座学が中心のようで食卓のテーブルに対面して座った。


「じゃあまずは魔術の基本的な原理から教えるわね」


エレナの話を要約すると魔術とは、自分の体にある魔力というエネルギー的なものを利用するものだそうだ。

魔力のことを分かりやすく言うと、MPだな。


どう利用するかというと、魔力に具体的な指向を与えることで魔術にするらしい。簡単な例だと、魔力に燃えろと指向を与えると火の魔術になるとかだ。


ただ、何でもできるって訳じゃなく、与える指向が難しくなればなるほど必要な魔力の量は増える。

1ℓの水を作り出すのと、1ℓの水を作って射出するのとでは必要な魔力の量は違うということだ。


そしてその魔力の総量の差は人によってピンキリだそうだ。


エレナも行っていた詠唱は、魔力に与える指向性を口にすることで決まった現象を起こすことができる魔術に欠かせない工程だ。


詠唱による魔術は、第一位階から第十位階までランク付けされている。数字が上がるほど強くなるらしい。


自分の魔力を使い切り、魔力切れを起こすと、最悪の場合なんらかの後遺症が残るようで、決してやってはいけないとくぎを刺された。


俺も過去に無茶をした人がどうなったかを聞いて、決して無理はしないと心に決めた。

目が見えなくなったり、喉がつぶれたりはごめんだ。


_______


次の日からさっそく魔術を使ってみることになった。


最初に使うのは基本的な火、水、風、土、の中から自分で選んでみてと言われ、俺は火を選んだ。他にも色々と種類はあるらしいが、とりあえず基礎的なことからだそうだ。


火を選んだ理由は一番かっこよさそうだからだ。いつまでたっても童心を忘れないのが俺の魅力なのだ。


右手を上げ、詠唱を唱える。


「我起こすは煌めく灯り!灯火ライト!」


すると、俺の体の何かが手のひらに集まっていく感じがした。


これが魔力だろうか?慣れないからか、変な感じだ。


そして手のひらに光が集まったかと思うと、それが一点に集中し、小さな炎となった。


「やった!」


魔術の成功に喜ぶ。前世だと夢物語だったものが今使えているのだ、正直めちゃくちゃうれしい。

エレナも一度でできるなんて天才だとか言って喜んでいた。


_______


一か月後。俺の訓練の日々も順調だ。


剣術の方はまだ剣は握らせて貰えていないが、なんとなく体力がついてきたと感じる。


魔術の方は全属性を第2位階まで使えるようになった。エレナが


「この子の才能は本物よ!」


とべた褒めするもんだから。つい俺の頬も緩んでしまう。

だが、ここは謙虚でいなければならない。天狗になるとろくなことにならないからな。


「母さんの教え方のおかげだよ」


俺が無邪気なスマイルで返すとアランも頷く。


「エレナは昔から人に物を教えるのが上手だったからな。王立学校から教師にならないかって誘いも来てたんだぞ?すごいだろう」


「もうあなたったら!」


そこから夕飯の席で二人はいちゃつきだした。

終始俺は苦笑いだったが。


それにしても王立学校か、ファンタジー世界の学校はどんな感じなんだろう。

校舎は城だったりするのだろうか?敷地内に森や湖があって、組み分けは喋る帽子がやってたりなんてな。


一度ファンタジー世界の学校と考えると、俺の脳内ではホ〇ワーツが完璧に再現されていた。


その日の夜、俺の部屋としてもらった元空き部屋で寝ていたところ、エレナの悩ましい声が聞こえてきた。


一応お隣さんはいないとはいえ結構な大声だ。


近いうちに俺の妹か弟に会えるかもしれない。

そんなことを考え、エレナの声が聞こえないよう枕で耳に蓋をして俺は眠りに落ちた。


次の日アランは妙にスッキリした顔をしていた。なぜだろう。

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